第十九話 ナヨ・タケノカグヤ6
ナヨ・タケノカグヤがこの地球に降りてから様々な求婚者が現れた。しかし彼女がそれらを受け入れる事はなく、結局は今も独り身のままである。
最後までナヨに求婚していた五人の貴公子たちも、彼女が出した無理難題を解決する事は出来きなかった。つまりナヨは五人の熱烈なアピールを無視し、袖にした形となってしまった。
この事実に多少の違いはあれど、五人の貴公子たちの求婚が叶えられなかった事は事実だ。それ故にナヨは、男を寄せ付けぬ気位の高い女性だと噂になってしまう。
しかしそれが『さぬき御殿』の高嶺の花。天上より舞い降りた可憐な細君。その姿は誰もが焦がれる理想の姫――などと持て囃されるのだから、人の世とは不思議なものだ。
そんなナヨの噂は、とうとうこの国の全てを治める帝の耳へと入る事となった。そしてそんな帝からナヨの下へと使者が送られ、彼女への求婚の言葉が伝えられる。
「カグヤ姫、どうか僕の所へカムヒアです。僕はあなたのビューティーフルな姿にラブしました。もしユーが僕の下へと来てくれれば、あなたのゴッドファーザーを出世させる事もオーケーです。どうか一回だけでもカムして頂けませんか?」
「――っ」
そうして伝えられた帝の言葉に、ナヨは今までの貴公子たちとは違うものを感じ取る。それは彼女にとって理知的で誠心誠意な言葉であり、その事で思わず心を揺らしてしまう。
しかしナヨとて月での苦い経験と、ここでの貴公子たちの態度。そして今の生活に満足している事もあり、ナヨは結婚に対して積極的な気持ちにはなれない。かと言って無下に断るのも、この国を治める帝に対して失礼極まりないものだろう。
そんな理由もありナヨは次善の方策として、次のように帝の使者へを返事を返す。
「いきなり会うのは怖いので、まずはお手紙のやり取りから始めてみませんか? 私は嘘をついたり、急に意味も分からず怒り出しだり、あまりにも頼りがいのない人だったり……あとはその逆で、乱暴すぎる男性を夫に迎えたいとは思いません。もし私をミカドの下へと無理やり連れて行くのなら、この心は逆に離れてしまうでしょう」
その返事を使者から聞いた帝は、ナヨの言い分に納得し、まずは手紙の交換から始める事にした。そしてそれはナヨに向けた帝からの優しさであり、彼女に対する誠実な思いだ。
この国の全てを治める帝ならば、ナヨを無理やり連れて行く事も出来ただろう。それこそ力づくで『さぬき』の老夫婦を人質に取る事で、ナヨに無理やり娶る事も、聞かせる事も可能だろう。
しかし優しい心の持ち主である帝は、ナヨの気持ちを無視してまで、彼女を妻に迎えようとは決してしなかったのである。
こうして始まったナヨと帝の手紙の交換。つまり二人の間で文通のようなものが始まるが、ナヨには一つ困った事が出てきてしまう。
「……字が半分くらい読めない」
月で使っていた宇宙言語ならともかく、ナヨが地上に降りて来てまだ一年程度。この土地独自の言語を勉強しているとはいえ、さすがにまだ完璧にマスターしてるとは言い難い。
そんなナヨが頼るのは『さぬき』老夫婦。お爺さん……に教わるのは気恥ずかしいので、ナヨはお婆さんに頬を赤くしながらも、この土地の文字を教えて貰い手紙の内容を確認する。
「…………」
そしてそれを一人寂しく眺めるお爺さん。妻と娘がキャッキャウフフと仲良くしている姿を見て、様子を窺がいながらも悔しそうに話し掛ける。
「妻YO、娘YO、ワシは寂しいYO! 後生だからワシも仲間に入れてくれ」
そうして叫ぶ老爺を見て、女二人は顔を見合わせクスクスと笑い出す。
「駄目ですYO、お爺SAN。これは帝様から送られたLove Letter。男が見る者ではありませんYO!」
「うん。やっぱり、お爺さんに見せるのは恥ずかしいから……ダメ」
お婆さんが勝ち誇ったように笑い、ナヨは頬を紅くして老爺の願いを断ってしまう。どうやらいつの時代でもガールズトークは女の聖域で、そこに男が入るのは許されないらしい。
その様子を見た老爺は次第に無言になっていき、果てには屋敷の部屋の隅の方でいじけてしまうのであった。
さて――こうした微笑ましい家族の語らいがありつつ、ナヨが帝との文通を始めてから三年ほどが経った。
それは他愛のない話だったり、家族の事だったり、自分の事だったり、又は何でもない日常の話しを二人は手紙に記していく。
帝の方はともかく、ナヨにとってはそれが逆に良かったのだろう。月に居る時には問答無用で縁談を断られ、地上に降りてからは背中がむず痒くなる様な褒め言葉ばかり。
むしろ月と地球での落差と手の平返しに、ナヨが男性不信に陥らなかった事自体が幸運かもしれない。それ故にナヨは帝との何気ないやり取りこそが、心に染み入るように響くのである。
「……もう、三年か。ミカド君なら、私の事やお爺さんとお婆さんの事も大事にしてくれるかな」
この国の全てを治める帝は、少し頑なになっていたナヨの心を見事に溶かしだした。つまり帝は彼女に異性として認識されるようになっており、僅かではあるが好意を抱き始めていたのである。
ナヨも最近ではこの土地の文字も習得し、手紙も自分だけでやり取り出来るようになっている。そうしてナヨが帝の誠実な態度と、自分の事を想ってくれる事実に、満更でもない気持ちになってきた。もし地球人類と宇宙人類の恋が許されるならば、それはここから始まっていたのだろう。
「ミカド君となら、結婚してもいいかな?」
だがそれは敵わない――ナヨが自分の気持ちに気づき、それはそんな言葉を紡いだ時だった。
「あーあー、こちら天の川銀河太陽系第三惑星管轄管理士官グレイ・アダムスキーだ。ナヨ君、聞こえているな? ナヨ・タケノカグヤ技術士官、それ以上の原始惑星への滞在は僕の権限により許す事は出来ない。これより地球時間で約二か月後、君をその場所まで迎えに行く。詳しい日取りは迎えに行く日の何日か前に通達するので、それまでに身辺の整理をしておくように――以上だ」
無情にもそんな声が、ナヨの持っている翻訳機から聞こえてくるのだった。