第一話 赴任
カツカツと音を響かせながら、銀色に輝く廊下を一人の男が歩いている。
肌と髪の色は同じ銀色、その輝きは冷たくとも美しい。本人もその銀色の髪に自信を持っているのか、女性の様に長く伸ばしていた。
わざと鳴らすように響かせていた足音が止み、その男は無機質な感じのするドアの前に立つ。ドアの色は周囲の壁と同じで銀色だが、淵を赤色で囲む様にマーキングされている。そのおかげでドアと壁を混同するような事にはならない。
男はドアの横にあるパネル部分をおもむろに撫で、姿勢を整える
ピー
無機質な機械音と同時に、男の前に現れるのは透明なディスプレイだ。これはドアの前に立っている人の網膜に直接映すもので、この惑星ではごく普通にありふれた技術だ。
「タベント・タケノカグヤ大佐。グレイ・アダムスキー上級士官ただいま参りました」
そう言って銀色の肌と髪を持つ男――グレイが敬礼をすると、ディスプレイが一瞬で切り替わり、一人の壮年の男の顔が映し出される。
「うむ、ご苦労。とうとう君の配属先が決まったよ。中に入り給え」
渋みかかった低い声と共にドアが開き、グレイの目に部屋の光景が映る。それは廊下の様な無機質な銀色ではく、誰の目にも優しいカラフルな色合いだ。特に部屋の隅に配置されている観葉植物の深緑が、グレイの心を落ち着かせてくれた。
グレイは一度だけ軽く瞬きをしてから、失礼が無いようにと背筋を伸ばして部屋の中に入る。
「そんなに緊張しなくてもよいよ、グレイ」
部屋の中に入ると中央のソファーに座りながら、グレイに声を掛けてくる人物がいる。その人物はグレイの直属の上司で、名をタベント・タケノカグヤと言う。
「さて……いきなりではあるが仕事の話を始めよう、そこのソファーに座ってくれ」
タベント・タケノカグヤは、部屋の中に入ってきたグレイに、ソファーに座るように促す。そして何の前置きもなく仕事の話を始めようとする。
グレイは内心『お茶ぐらい出してくれてもいいのに』――と、思いながら大人しくソファーに座る。それは見事な革張りで出来たソファーで、誰が見てもかなりの高級品と分かる逸品だ。
この惑星において何でも合成で作れてしまう金属よりも、生物の皮や朽ちてしまう木材で出来た家具の方が価値は高い。特に金持ちの好事家からは『滅びがあるからこそ美しい』などと囁かれている。
タベント・タケノカグヤが金持ちしか買えないソファーに深く腰掛け、勿体ぶるようにして喋り出した。
「早速だが君の配属先について話そう。グレイ上級士官……君は天の川銀河と言う、辺境の宇宙について聞いた事はあるかね?」
上司の質問にグレイは首を傾げる。どこかで聞いたことはある様な気はするが、ハッキリとは思い出せない。頭の中にモヤが懸かったような、そんな奇妙な気分になる。
グレイは『ここで嘘を言ってもしょうがないだろう』――そう思い、上司であるタベントの質問に正直に答えた。
「天の川銀河ですか? 私の記憶には少なくともありません……ですが、どこかで聞いた事がある様な気もします」
正直に答えたのが功を奏したのか、タベントは笑みを少し浮かべて話の続きをする。
「うむ、そうだろうね。もうだいぶ昔の話になるが、子供の悪戯のせいで社会問題になった事のある宇宙だ」
「あっ!」
グレイは上司の前だというのに大きな声で叫んでしまう。そうして思わず取り乱した自分を恥じながら、グレイは落ち着きを取り戻す。
「君も話ぐらいは聞いた事があるだろう? 今は色々あって規制されているが」
グレイはタベントのその言葉で昔に流行ったと言われる、とある玩具を思い出す。それはシューティングスターという名前のおもちゃで、小さな隕石などを飛ばすことが出来る玩具だ。
それは僅かなエネルギーで隕石をバリアの様に包み、子供でも簡単に精密射撃が行える優れものだ。当時の子供の間では、惑星に目掛けてダーツを飛ばすようにして遊んでいたのである。
だがそれは例え宇宙産の凄い玩具であっても、所詮は玩具だ。超宇宙的技術を有しているこの惑星を傷つける事など、勿論出来ない。だがそれが未発達――もしくは未開発な惑星なら別であった。
正式名称『精密射撃玩具シューティングスター』
当時の子供たちはその玩具を使って、とある惑星にいくつもの隕石を落としてしまう。それは一つの惑星を的にしたビーダマンの様なもので、大量に落ちてきた隕石は惑星の環境が激変させてしまった。しかも当時、栄華を極めていたある種族の生物を根こそぎ滅ぼしてしまったのである。
これはグレイがまだ生まれる前の話ではあるが、当然の如く社会問題となり、世間を賑わせる事になる。そして暫くして『精密射撃玩具シューティングスター』は一般に売られる事は無くなってしまったのである。
――ある意味、当然の結果である。
今では一定の信頼がある通信販売会社が配達の為や、プロが競技で使う分が作られているだけであった。
当時の新聞にも詳しい内容が載ってはいるのだろうが、生憎と彼はその記事を読んだことは無い。だがグレイは、そんな話をどこかで聞いたを思い出した。
「そんな事件が昔あった……という話は、人伝で聞いた事があります」
グレイは自分が勉強不足である事を正直に告げる。
「うむ。あれは社会的に問題にもなったから、君も聞いた事はあるだろうと思っていた。だが……まぁ、銀河の名前までは君も知らなかったようだね?」
「はい、勉強不足で申し訳ありません」
「いや、いいんだ。今のは一応の確認でしかない――本題はここからだ」
タベントはグレイに覚悟を問うように双眸を強め、目の前の優秀な部下を睨み付ける。だがグレイは、そんなタベントの鬼気迫る様な視線を物ともせず、同じように見つめ返す。
――合格だ。
タベントはそう思い、自分の直感を信じ口を開く。きっとこの優秀な部下なら、この難しい任務を必ずやり遂げるだろう――そう、信じて。
「銀河系……または天の川銀河。その辺境宇宙の太陽系第三惑星に、新たな知的生命体が生まれる可能性がある。明日よりグレイ・アダムスキー上級士官は、天の川銀河太陽系管轄監査管理士官となる。君の任務は仮呼称『地球』に生まれる知的生命体の保護と管理――そして調査だ」
辺境の宇宙の、辺境の星に生まれた一つの可能性。その可能性の保護と調査が彼――グレイ・アダムスキーの任務だ。グレイはその責務の重さと、期待されているという実感を感じながら返答を返す。
「はっ! グレイ・アダムスキー上級士官、謹んでその任務をお受けします」
こうして銀色の肌と髪をした宇宙人――グレイ・アダムスキーは、地球を調査する為に天の川銀河にある太陽系へと向かうのだった。