第十一話 アームストロング
銀河太陽系第三地球時間、1969年7月15日。
超宇宙的技術で作られた移民船ツッキーの中にある会議室では、とある議題で基地に居る全ての住人が集まり、重要な話し合いが行われていた。
それは天の川銀河太陽系第三惑星管理士官――グレイ・アダムスキーにとっても最大級の懸案事項であり、彼らの生活を一変させる可能性があるからだ。
「グレイ主任、私は基本的に放置するのが良いと思います」
話し合っている内容を要約し大別すると、それは二つの意見に分けられる。それは今パーシー・ローウェルが言ったように、静観する方向で事態を見守るのを旨とする方針が一つ。
天の川銀河太陽系第三惑星管理補佐官――パーシー・ローウェルは仕事中の事もあり、いつもの砕けたような態度ではなく、グレイの部下として自らの上官に進言する。それを見た何人かの宇宙人類が、腕を組みながら大きく頷くような仕草をした。
「私はそれに反対です! やっと私の……私たちの地球人類が会いに来てくれたのですよ!? 私たちは基地にいる住人総出で歓迎し、飲めや歌えやの宴会を開くべきだと思うのです! それこそニポーンにある竜宮城のようにです!」
地球の日本に竜宮城はないが、先ほどのパーシーの意見に猛反発するのは、強行派モノリスの議長であるイヌマール・カントルだ。
彼女は普段の穏やかな口調が乱れ、今は語気を強めた言葉遣いでパーシーに食って掛かっている。そしてそんなイヌマールの周囲には、彼女の言葉に賛同するかのように、パーシーに野次を飛ばす宇宙人類が集まっていた。
「うーむ……」
そんな状況を一人傍観しながら唸っているのは、ここ移民船ツッキーの実質的ナンバーワン。天の川銀河太陽系第三惑星管理士官――グレイ・アダムスキーである。
今グレイが悩んでいるこの状況を簡単に説明するなら、それは単純に派閥の対立である。パーシーを含む周囲にいる人物たちの考えは、現状を出来るだけ維持しようとする保守派の意見であり、イヌマールの周りに集まってる人物たちの考えは、逆にどんどん積極的に地球人類に係ろうとする強行派の意見である。
グレイにとって両派閥の意見は一定の正しさを有しており、このままどちらかだけの意見を採用する事は出来ない。優柔不断とも言える心境ではあるが、グレイとしてはどちらの気持ちも分かる為、最終的な判断を決めかねている。
それ故にグレイは両派閥の意見をより詳しく聞くために、そして自分の意志と判断を決定する材料を得る得る為に、その口を静かに開いた。
「パーシー君の言い分も理解するが、それは消極的過ぎる意見ではないだろうか? 超宇宙的技術の迷彩能力によって、この基地が見つかる事はまずないだろう。だがそれだと僕たちは、いつまで経っても、地球人類と出会う事が出来なくなってしまう……今回の事は一つの切っ掛けと捉えても良いのではないなかね?」
そんなグレイの言葉にパーシーは自論を持って、真っ向か反対の意見を出す。普段ならグレイの意思を出来るだけ尊重するパーシーではあるが、今日は保守派の代表としてこの場に立っている。そうした責任感からか、パーシーは臆する事無く目の前に上官に意見を述べる。
「お言葉ですが、グレイ主任。私たち保守派は彼らを……地球人類を友人として迎えいたいのです。グレイ主任なら知ってるでしょうが、あの幼かった地球人類が、ようやくここまで来たのです。もし今、私たち宇宙人類の存在が公になってしまったら、地球人類が育んだ独自の文化や文明は、私たちの技術によって飲み込まれてしまうでしょう」
「う……確かにそれはそうかもしれないが」
パーシーの意見にグレイは思わず唸ってしまう。グレイとしても、今の地球人類の文明を失くす様な行動を取る気にはなれない。出来れば地球人類独自の文化を保持したまま、宇宙に進出して欲しいと思っている。
そんなグレイの感情を理解しているパーシーは、更に彼を説得するべく言葉を吐き出していく。
「もし私たちの技術が地球人類に渡り、それに染まってしまえば、そこに居るのは私たちの文明を持った地球人類でしかありません。地球人類の友たるグレイ・アダムスキー主任がそんな決断をした場合、それは友人の事を裏切る結果になるのではないでしょうか?」
「むむむ、確かに……それは、そうだな」
パーシーの理論整然として意見に、グレイは思わず頷いてしまう。グレイは過去、地球に降りて友と呼べる人物に出会い、約束を交わしてある。
それが全て守られている――という訳でもないが、グレイにとってそれは大切な約束で自ら率先して、それを破るつもりはない。
『天上の住人はただ見てればよい。我らはいつか、この大地の楔を引きちぎり貴様の元へときっと辿りつく。その時こそ我らを友と呼べばいい。人類はお前らに育てられる家畜ではないのだからな。いまこそ天上――神との離別の時だろうさ』
実際はここまで格好良い事を言ってはいないのだが、グレイの中にある思い出は美化され、似たような事は言っていた筈だと思い込む。そして、そんな事を得意気なドヤ顔で話す友人の事をグレイは思い出した。
(地球人類が、とうとう自分たちの力でこの宇宙――月まで、やって来た)
グレイはその意味を考え、今こそ彼――昔に出会った友との約束を果たすべきだと考えていたが、どうやらそれは自分の勘違いだったとパーシーの言葉で気づく。
「……そうだな。ではパーシー君の意見を採用し、今回の月面着陸で、もし――」
「異議あり!!」
グレイが最終的な決定を下そうとした時、その意見を翻す様に鋭い声が会議室に響く。その声を発したのは勿論、強行派モノリスの議長――イヌマール・カントルだ。
最早グレイの意思は、先ほどの様子から決まっている様なものだ。だが地球人類をこの基地に迎えたいと思っているイヌマールは、例えこれが無駄な足掻きだとしても、自分の意見を述べられずにはいられない。
グレイもそんなイヌマールの気持ちが分かるのか、最終的な決定を覆さないとしても、彼女ら――強行派を納得させる為には、その意見だけは聞くべきだろうと、イヌマールの発言に許可を出す。
「……どんな意見かは分からないが、君たちの言い分も僕は聞くべきだろう。言ってみ給え、イヌマール君」
「ありがとうございます、グレイ主任」
イヌマールはそう言って頭を深く下げ、グレイではなくパーシーの方に体の向きを変え、自分の意見を述べていく。
「私はここに来てから暫くして、地球人類のあらゆる資料を読み込んできました。そしてその資料にはグレイ主任が個体名『イブ』を助けた事や、個人的に親交を結んだ相手がいました」
そこでイヌマールは意図的に言葉を止め、周囲を見回し、一度視線を集めてからその口を開いた。
「そんなグレイ主任が敬愛する地球人類が、危機的な状況に落ちる可能性があるのです。今現在、地球での争いは鎮静化しています。ですがいつ三十年前の様な事が起こるか、私は心配でなりません! ならば、ここに自らの力で辿り着いた地球人類だけでも確……保護すべきではないでしょうか?」
最後の最後に彼女の本音が漏れた様な気はしたが、イヌマールは地球人類の危機を訴えて、最低限の保護はすべきだと主張する。
そしてそれを聞いたパーシーは、一定の理解を示しながらイヌマールの意見に反論する。
「なるほど……確かに、その理屈は一理あるでしょう」
「では!?」
嬉しそうに目を輝かせて、思わず体を前のめりにするイヌマール。パーシーはそんな彼女に多少たじろぎながらも、自分の中にある考えをイヌマールに話していく。
「しかしもし今回の切っ掛けをイヌマールさんの言う言葉通りにしたら、月に来た地球人類はここで行方不明に……と、地球人類は捉えてしまうでしょう。それは地球人類にとって宇宙探索、もしくは月面への着陸が失敗した事になります」
パーシーもイヌマールのした事を真似る様に一度言葉を止め、周囲も見回してから再び喋り始める。
「そして今度、この月にやって来る地球人類にも家族や故郷があるのです。イヌマールさん……あなたは地球人類を保護する為に、ここまでやって来た彼らに汚名を被せ、さらに家族や故郷を奪う事を強要する――と、いう事でよろしんですね? もしここで保護された地球人類が、その事を知ったら果たしてどう思うでしょうか?」
パーシーは周囲を見回して視線をイヌマールに固定し、これが止めだと言わんばかりに言い放つ。
「そしてそれを強要したあなたは――どう思われるでしょうね?」
「ぐっ……そ、それは、その……」
パーシーの正論にイヌマールは口籠り、強行派のメンバーはその話を聞いて顔を青褪めさせる。グレイ主任以下、この基地に住む住人は地球人類と仲良くしたいし、して欲しいのだ。こちらからだけの、一方的な愛情は望んでいないし、望んでいない。
それは当たり前の話であり、仲良くするから仲良くして欲しいと思うのは当然であり、派閥に関係なく、この基地の住民全ての統一意見だ。そんな至極真っ当な感情にパーシーは訴える。
「イヌマールさん。他に何も意見が無ければ、私の言っている事が正しいものとして、グレイ主任に判断して貰います。それで、よろしいでしょうか?」
「…………………………………………………………はい」
その様子からイヌマールは、かなり悔しそうだ。何故なら、その瞳には溢れんばかりの涙を溜めているからだ。仕舞いには彼女の眦からポロポロと涙の粒が落ちてゆき、床の上に染みとなって広がっていく。
「あー」
誰が漏らした言葉か分からないが、会議室に気まずい空気が流れる。パーシーも涙を溜めながら耐えているイヌマールに、若干バツの悪そうな表情をしている。
しかしパーシーも自分の言った事が間違っているとは思わず、どんなに会議室の空気が悪くなろうと、その意見を翻す気は無いようだ。
「あー、そもそも――」
そんなちょっと重くなった空気を何とかしようと、グレイは先ほど言った事を翻す。
「そもそも地球人類が明日以降、ちゃんとこの月にやって来るだろうか? 僕たちの先走りというか、狸の皮算用をしてるって事もあるだろう。何故なら今までも、こんな事はたまにはあっただろう?」
地球人類が本格的に月を目指す様になってから約十年。地球人類は各国が競うように月を目指してはいるが、その計画は未だ成功していない。
地球人類の科学技術が年々凄まじい発展を遂げているのは事実であるが、グレイたち宇宙人類から見れば、その技術は拙く危うい所がたくさんある。
「でもグレイ主任が調査した結果、地球人類は約十年で、この月に来ると予想していませんでしたか?」
雰囲気の重くなった会議室を何とかしようと喋っていたグレイに、パーシーが横から疑問を挟む。確かにグレイは、以前に月に来ようと計画している地球人類を調べたことがある。
その時グレイは現地調査と称して地球に降り立ち、その結果――地球人類は最低で10年、最長で30年ほどで月に来るだろうと、パーシーに嬉しそうに語った事がある。
「うん、まぁ、そうなんだけど……僕はあの時ちょっとしたミスをしてね。地球に降りた際の任務の途中で、とある地球人類の御夫妻が運転する車に轢かれてしまったのだよ。しかも慌てて痕跡を消したおかげで、その御夫妻の記憶に齟齬が生じてしまって大変だったんだ」
「えっと、それがどうしたんですか? もしかして、その話は自慢話か何かでしょうか? だったら……その、場を弁えて喋って欲しいといいますか」
そう言ってパーシーは視線を横にずらす。そしてその視線の先には、イヌマールがグレイを羨ましそうにしながら睨んでいる。
彼女たち強硬派からすると地球人類のの車に轢かれるのは、飼い猫に頭突きを食らう様な、ちょっと微笑ましい出来事なのだ。そんな憧憬と羨望、嫉妬と怨嗟の籠った瞳を向けられたグレイは、慌てて言い訳をしながら説明する。
「え? あぁ、いや、そういう訳じゃないんだ。ただ、その時は焦っていてね。車に轢かれた事もあって、地球人類の科学技術の精査があまり出来なかったんだ。いちおうそれでも十年、もしくは最長で30年だろうと予測したんだよ」
「なるほど、そういう事でしたか」
グレイの言葉にパーシーは納得して頷く。グレイが地球に降りた際に一番注意しなければならない事は、彼の存在がバレない事――正確には公にならない様にする事だ。
例えそのせいで調査や他の任務が中途半端になっても、それは仕方が無いと許される理由になる。パーシーはそのグレイの言い分に納得するが、強行派は逆にイヌマールも含めて悲しみに襲われてしまう。
「そ、そんなぁ……それでは私は、私のアームストロングちゃんは、この月に来ないかもしれませんの?」
そう言って今度は憚ること無く、泣き始めるイヌマール。今まで泣いていたカラスが怒り始め、そして再び泣いている。
女心と秋の空――という言葉もあるが、グレイは何とも忙しい情緒不安定な女性だと思う。だがそんな彼女の心情も分からなくないグレイは、パーシーの顔色を窺がいつつ折衷案を出してしまう。
「はぁ……分かったよ、イヌマール君。もし今回の月面着陸が上手く行き、地球人類がある一定の場所まで――この移民船ツッキーの近くまで来た時、彼らを迎える事としよう」
「「グレイ主任」」
グレイの名前を呼ぶ声が重なるが、その響き込められた意味は勿論違う。パーシーからは非難の声が、イヌマールからは歓喜の声だ。
「まぁ、それでも僕たちの存在を公にするかどうかの話は別問題だ。その為にやりたくもない洗……説得もしなくてはいけなくなる。先ほどのパーシー君の言葉を翻すようで悪いが、これが僕――グレイ・アダムスキーの最終決定だ」
グレイの言葉に「先ほどまでの私の努力は……」と頭を抱えるパーシーと、この世の絶頂が来たように「ひゃっほー!」と浮かれているイヌマールの姿が対照的だ。他の保守派と強行派のメンバーも、この結果を聞いて互いに話し合っている。
グレイはそんな落ち着きのない会議室を見回し、未だざわざわしているメンバーに、演説を始めるかの如く宣言する。
「明日、地球時間1969年7月16日より始まる月面着陸作戦。アポロ11号による月面着陸の成功と、地球人類がこの基地に一定距離近づいた時のみ『地球人類の歓迎会』を開催することをここに改めて宣言する!」
こうして超宇宙的技術移民船ツッキーの中では、地球人類を迎える為の歓迎会の準備が催されるのであった。




