第十話 1940年前後 ニコラ・テスラ
天の川銀河太陽系第三惑星管轄監査管理士官――グレイ・アダムスキーは日々の過酷な業務によりストレスが溜まっていた。
母星であるケプラーに送る地球人類の情報の管理と選定。暴走する強行派とのせめぎ合いと、その後始末。役得とは言え単独で地球に降り立ち、現地での精密調査。自分の副官や技術士官長と、これからの方針を決める会議。
そして普段の業務や超宇宙的技術移民船ツッキーの運営と管理など、その仕事は多岐に渡り多忙を極めている。
グレイ・アダムスキーがどんなに優秀な存在であろうと、その肉体と精神は披露していく――いや、肉体的な疲れなら適度な休息を取れば問題ない。だが精神的な疲れは如何ともし難く、その摩耗具合は肉体以上に判り辛い。
そしてそんな彼は現在――その摩耗した精神を癒す為に、とある試みをしている。それは古来から伝わるもので、誰にでも出来る方法だ。グレイは自分の不満を吐き出す様に口を開き、真っ暗なディスプレイの先に居る人物に向って話し掛けていた。
「はぁ……本当にさぁ、大変なんだよ。僕はいつだって正しい事をやっているつもりなのに、周囲の人間はそれを否定するんだ。天才は孤独って言うけれど、上司もまた孤独な存在だよ……いや、上司、部下ってのはあまり関係ないか。要するに優秀な存在は、妬みや嫉みの対象になり易いって事だろうね」
『分かる、分かる。俺も若い時は分別の分からない糞野郎が居たよ。自分の駄目さ加減を分からないからこそ、自分の間違いを認められないんだ。アイツもそういう奴で、そういう奴は大概、周囲の人間を攻撃し始めるのさ』
――要するに愚痴である。グレイは一人で仕事部屋の自分の席に座り、テレビ電話の様な通信を使用して、ディスプレイの先に居る人物と会話をしていたのである。
ただそのディスプレイには何も映っておらず、真っ暗な画面があるだけだ。しかしこれは決して通信機器に故障や問題が起きたのではなく、これが現状の仕様となっている。何故ならそれはグレイの方の設備ではなく、相手側の設備にその機能が備わっていないからだ。だがそんな相手の顔も分からない状態でも会話は続き、二人は楽しそうに愚痴を言い合っている。
「なるほど、なるほど。君も若い頃は、本当に苦労したんだね。でも当初はその会社にも望んで入社したんだろう?」
『まぁね、最初は本当に彼に憧れて入社したんだけどねぇ? 直流じゃなく交流電流で工場を稼働させたら5万ドルくれるって言ったのに、実際に稼働させたら『冗談でした、m9(^Д^)プギャー』だぞ? 利用するだけ利用して、テメェ何かに金なんか出せるかよって感じだったな。あれで怒りを感じない方がおかしいだろう?』
その言葉の節々から恨み辛みの怨念が垣間見える様だ。グレイと会話をしている謎の人物は、さらに吐き出す様にして、何処かの誰かを罵っていく。
『しかも交流は危険なものだからって、死刑の電気椅子に採用して宣伝するくらいだぞ? 何で奴は、ああも陰湿でガメツイ奴なんだよ!?』
「まぁ、それはそうかもしれないな」
グレイは謎の人物に少し苦笑いする。今通信しているこの人物と、その言葉にある『陰湿でガメツイ』人物は何かと相性が悪かった。
ディスプレイ先の人物が100番目の理論を正しいと感じれば100番目の理論を試すのに対し、『陰湿でガメツイ』人物はどれだけ100番目の理論が正しくとも、必ず1~99番目の理論を試さないと気の済まない性格をしていたらしい。
謎の人物からすれば、その『陰湿でガメツイ』人物の才能には一目置いていても、無駄な事を沢山していると思っている訳だ。
だがそれでも謎の人物が『陰湿でガメツイ』に苦手意識を持ったのは、その交流電流に纏わるプロパガンダのせいなのだろう。彼の言葉からは、その片鱗が所々に窺える。
『……とは言っても、どうせ昔の事だ。今でも腹が煮えたぎる様な気持ちにはなるが、過ぎた過去に腹を立てていてもしょうがない』
「はっは、そうかもしれないな。僕も部下たちの後始末の事を考えると、今でもモヤっとするよ」
『ふむ。その辺りは『何処でも』一緒だという事だろう。土地や場所、或いは国が変わろうと、人の営みというものは、大して違いが無いのかもしれん。それに――』
そこで謎の人物は一度言葉を区切り、噛みしめる様に言う。
『――私はこうして君と話ている事実の方が、愉快で堪らん。例えあの発明王も、こんな事態を夢見ておらんだろうさ。この事は、私に非常に高い優越感を与えてくれるよ』
そうして嬉しそうに笑う声が、真っ黒のディスプレイの先から聞こえてくる。
『ああ、そうだ。それよりもこの前、とある場所で不思議な事件が起きたと聞いたのだが、よもや君たちの仕業では――』
グレイは時折こうやってディスプレイ先の隣人と、お互いの不満や過去の出来事を話しながら過ごす事がある。天の川銀河太陽系第三惑星管轄監査管理士官である彼にとって、言いたい事を言いたい様に、愚痴を零せる相手は意外にも少ない。
これがパーシーが相手なら理論的に窘められ、ナヨが相手なら優しく慰められる。それはそれで悪くないと言う意見もあるが、グレイとしてはただ単に言いたい事を吐き出したいだけだ。
真面目に付き合ってくれる部下たちには悪いが、こうやって何の気兼ねも無く言い合える仲の方が、楽な場合もあるという事だ。
「――という訳でね。一部の強行派による地球人類が拉致される事件だった訳だ。僕はその首魁であるイヌマール・カントルと一騎打ちし、何とか地球人類の自由を確保する事が出来たよ。今までの中でもかなり危険度の高い任務で、命の危険を感じる程だった。まさか彼女が宇宙CQCの使い手とは、流石の僕も思わなかったな」
『はっはっは、それは凄いな。私も一度は宇宙人に拉致されて、そちらにぜひ行ってみたかったよ』
「くっくっく、それは光栄だな……だが地球人類が宇宙に出るには、未だ暫しの時間がいるだろう――それまでの辛抱さ」
『…………そうだな、その時まで楽しみにしてるさ』
その願いは、きっと叶わないだろう事を二人は知っている。だがそれでも二人は適当に話を合わせ、お気楽な調子を崩さず話し続ける。そして謎の人物は、ふと思い出したようにグレイに疑問を投げ掛けた。
『そう言えば、この通信の内容の記録は残してもいいのだろうか? 君は特に気にしていない様だが、こういうのは規則や規律みたいなものがあるんじゃないか?』
「いや、別に構わない。何なら言い触らしてみても、こちらとしては構わない」
『ん? いいのかい? 君の事情を考えると、出来るだけ秘密にした方が良いのだろう?』
「まぁ、こう言っては何だが……君が記録を残したとしても、それを真っ正直に信じる地球人類は居ないだろう。むしろ君が残した情報だけで我々の存在に気づけたらな、その人物は君並みの天才か、地球人類が躍進した証拠と言えるだろうさ」
『くっくっく、あははははは、確かにそれは君の言う通りだ。だったら私は、この胡散臭い文章をそのまま残す事にしよう。もしかしたら、この記録は軍に回収されるかもしれんが……それはそれで面白そうだ』
そう言って謎の人物は笑い、それに釣られるようにグレイも笑う。
「ふふ。では僕は、そろそろ仕事の時間だ。今日はこれで通信を切るよ――二コラ・テスラ」
『ああ。君も私の暇つぶしに付き合ってくれて有難う――グレイ・アダムスキー』
その言葉と共にディスプレイの電源は切られ、空間に映っていた真っ黒の映像は、空気に吸い込まれるように見えなくなる。
地球人類との私的な交信。それは彼らを保護する為に、グレイたちが行っている情報収集の一部だ。それをストレスの解消の為に使っているのは、公私混同とも言えなくはないが、必要な事ではあるのだろう。天の川銀河太陽系第三惑星管轄監査管理士官――グレイ・アダムスキーの日常は、こうやって廻っているのである。




