第十話 ラジオ・ドラマ4
天の川銀河太陽系第三惑星管理補佐官、パーシー・ローウェルは後にこう語る。
『こんな話、聞かなきゃよかった』――と。
そんな言葉を呟いたパーシー・ローウェルの上司――グレイ・アダムスキーは、強行派モノリスの暴挙を止める為に奔走していた。
それは地球時間1938年10月30日午後9時半過ぎである。つまり強行派モノリスが地球に侵入してから約1時間後であり、すでにモノリスの集団はこの基地に帰還している。
捕まった地球人類は全部で19人。そのうちの18人は救出済みであり、グレイの懸命な洗……説得により、地球人類は宇宙人の事を忘れている事に納得してくれている。
「くっ! あと一人だと!? 誰だ?」
強行派モノリスのメンバーリストを見ながら、グレイは銀色のメタリックな廊下を走り抜ける。走りながらでは手に持っているリストも見づらいだろうに、彼は酷く混乱しているせいか、その事に気づかない。
「リストに載ってるメンバーは18人。時間稼ぎの為にも自分だけリストから削除してる奴がいる……いったい誰だ? ノイエは先ほど営倉にぶち込んだから違う。アイルはさっきほどトイレに頭から突っ込ませたから除外……あ!」
そこでようやくグレイは、あるべきであろう彼女の名前がないことに気づく。彼女は地球人類を心の底から愛しており、強行派の中でも特別な人間だ。グレイやパーシーを除けば、この基地でかなりの影響力がある。
「くそっ、イヌマール君か! 自分だけリストに載らないように細工をしていたな? 奴は今頃、お楽しみタイムって事か!?」
このままではグレイたちの将来の友人とも言える地球人類は、イヌマール・カントルの手によって毒牙に掛かってしまうだろう。そうなれば地球人類として大事な何かを失ってしまった存在を自分達が作ってしまうかもしれない――グレイはそうなる未来に恐怖しながら、移民船ツッキーの中を走り周る。
「よし! イヌマール君の部屋はここか!?」
そうして辿り着くのはイヌマール・カントルの私室。この移民船ツッキーの端の方に用意され、走って向かうだけでもかなりの時間が掛かる。
グレイは普段なら紳士的にデジタル呼び鈴を鳴らし、ちゃんとノックをしてから他人の部屋に入る。だが今は緊急事態。グレイは天の川銀河太陽(以下略)の権限を使って、イヌマール・カントルの私室に侵入する。そしてグレイは、とうとう彼女――イヌマール・カントルの毒牙に掛かった地球人類を目撃してしまう。
「くそっ! 遅かったか…………無念」
地球から連れてこられた地球人類は、イヌマールの膝枕で気持ち良さそうに眠っている。その表情は非常にだらしなく、目尻は無様に垂れ下がり緩み切った表情だ。まるでその姿は野生を忘れた猫のようで、見ている方が思わず微笑んでしまうような無邪気さだ。グレイは思わず――。
(くっ……僕も混ぜて欲しい)
――などと口に出しそうになるが、それを何とか押しとどめ、目の前に言るイヌマールを糾弾する。
「イヌマール君! きみの暴挙もここまでだ、直ちにその地球人類を可愛がるのを止め給え!」
「あら、お久しぶりですね主任。もうここまで来てしまいましたか」
「君は何を暢気な事を言っているんだ! いいから、さっさとその地球人類をこちらへ寄こすんだ! それは僕が保護する地球人類だぞ!」
グレイはイヌマールの言い分など聞く気もないのか、一方的に自分の要求を彼女にぶつける。グレイの本音が多少漏れてはいるが、この移民船ツッキーにおいてそれは常識なので、イヌマールは特にその言動を気にしたりはしない。
「むぅ、仕方がありません。主任に逆らって左遷でもさせられたら、可愛い人類を愛でる事も出来なくなりますから」
イヌマールはそう言って、惜しむようにしながら、膝枕をしていた地球人類の頭を優しく床に降ろす。その姿を見たグレイはあっけに取られ、彼女と会話の続きをする。
「……随分と物分かりがいいんだな? 僕は最悪、君との戦闘になるかと思っていたんだが……」
「まさか、そんな事はしませんよ……だってそれこそ大問題でしょう? 私たち強行派は、友好関係を出来るだけ早く強行したい集団ですよ。グレイに主任にも反意は持っていても、敵意は無いですららね」
「それはそれで問題があるんだがな。今も実際、君はこうして問題を起こしている訳だし」
「それは、まぁ……グレイ主任の権利は羨ましいですからね。グレイ主任に嫉妬はしても、私たちは地球人類に害を及ぼすことは絶対にしませんから。もしそんな考えを持っているとしたら、何でアンタはここに居るんだよ? ――って基地の人たちから、指を差されちゃいますからね」
確かに強行派はに頭の痛い存在ではあるが、決してグレイの敵対派閥ではないのだ。彼らはちょっと困った存在ではあるが、グレイ以上に地球人類を愛している宇宙人なのだ。ただしその方向性がグレイとズレており、強行派……特にモノリスの集団は、地球人類をひたすら甘やかそうとするのである。
「……そうか。ではその地球人類は僕が預かるが、それでいいのだな?」
「はい。十分に可愛がることは出来ましたし、今はこれで我慢する事にいましますよ」
「……まぁ、いいか。取り敢えず、以後は派手な行動は慎むようにしてくれ。せめて地球人類との触接な接触は避けて、せめて通信とかで君たちも出来るだけ関われるようにしよう。もちろん今日の事もあるので、減俸は免れないが」
「了解いたしました、グレイ主任」
その言い分にイヌマールは納得の返事を返す。こうしてグレイは最後の一人を奪還し、19人の地球人類を無事に元の場所へと返す。
「………………え? 強行派――いえモノリスって、そういう集団だったんですか?」
グレイの口から強行派『モノリス』の真実が語られる。パーシーはモノリスと、あのイヌマール・カントルの真の姿を知り、開いた口が塞がらない気持ちになる。
「ん? そうだよ。強行派は基本的に、出来るだけ早く地球人類と仲良く成りたい集団だ。その中でもモノリスは言わば過激派になり、地球人類により深い愛情を抱いている。つまり彼らは地球人類が可愛すぎて友人というよりは……ペット? の感覚に近いのだ」
「……グレイ主任も似たようなものでは?」
パーシーは思わずグレイに『あなたも同じ穴の狢ですよね?』的な事を言ってしまう。最近はまともになってきたグレイではあるが、その部下が昔の上司のようになっていたのだ。しかもそれが少数とは言え量産されているのである。
一瞬ではあるがパーシーの精神的な臨界を超えてしまい、言わなくてもいい事をポロっと口に出してしまっていた。
「はっはっは、それは違うよパーシー君。確かに僕も地球人類を深く愛してはいる。だが、その性質はモノリスと全く別物だ。例えば、そうだね……僕は野生動物がいたら、それを見守って、出来るだけ自然な形で生活できるように助けるタイプだと思う」
グレイは人差し指を立て、自分の地球人類に対する愛情の示し方の例を出す。そして次に中指も立てて、指先で2の数字を表した。
「だけどモノリスは、そんなまどろっこしい事はしないだろう。彼らは可愛いと理由だけで野生動物を捕獲し、思わずお持ち帰りしてしまう集団だ。それは確かに種の保存としては有効だし、愛のある行動ではあるんだろう。だが僕たちの目標の事を考えると、それはちょっと問題だろう?」
「確かに、そうですね。それにグレイ主任は、イブを助ける時でもギリギリまで手を出しませんでした」
口はやたらと出していましたけど――そんな言葉をパーシーは飲み込む。
だがグレイは確かに滅多の事でない限り、地球人類を直接助けようとはしない。以前もイブというお気に入り個体も飢えで苦しんでいるのに、彼もアタフタと慌てながら、結局はギリギリまで手を出さなかった。しかもその方法は『チエーの実』を僅かに与えるだけの、出来るだけ迂遠な方法をグレイは取っている。
「パーシー君、僕はね地球人類の友人になりたいんだ。だってこの広大な宇宙で、ほとんど会える筈もない別の人類が育っているんだよ。これは奇跡――なんて言葉でも決して足りないくらいなんだ。だからこそ僕は地球人類が、この場所に来るまで待ってるって決めたんだよ。ビルとの約束もあるしね」
「……グレイ主任」
そう言って笑うグレイの表情は非常に朗らかだ。その笑みは子供の成長を見守る父親のような、いつか訪れる友人を家で待つような――そんな不思議な笑みだ。
「……そうですね。グレイ主任がそう言うなら、それが正しいのでしょう。ですが――」
「何か問題でもあるかね?」
「ですが――モノリスの人たちが、そんなに悠長に待ってくれるでしょうか? 百年もしないうちに、また地球へ行ってしまいそうでは?」
パーシーのその言葉にグレイは顎に手を当て考え込む。そして自分の考えが纏まったのか首を振りながら、パーシーの言葉を否定した。
「いや、大丈夫だろう。イヌマール君も過度の洗……説得は地球人類に負担になる事を知っている。しかも今回はその人数が二桁だ。あと百年もして地球人類が世代交代しな限り、モノリスが直接地球に出向く様な真似はしないだろう」
「そうですか、それだったら当分は安心ですね。正直、事後処理が大変そうなので、これ以上の揉め事は勘弁して欲しいところです……ナヨさんにも本格的に現場に戻って頂かないと」
「そうだな。今回モノリスが騒ぎを起こさなければ、もう少し彼女もゆっくり出来たんだろうが」
グレイとパーシーは話し合いながら、同時に肩を竦める――だが二人は知らない。
地球時間1938年、これから約44年後。再び強行派は脈絡もなく、とある行動を開始する。それはモノリスによる、地球人類と文通をする目的の為に送られたメッセージ『(*´Д`)ハァハァ人類ちゃん可愛い。飼いたいよ~☆彡』という文が地上に送られ、それが問題となるのだが……それはまた別の話である。