第九話 ラジオ・ドラマ3
天の川銀河太陽系第三惑星管理士官、グレイ・アダムスキーの仕事は多岐に渡る。その仕事の内容は地球人類の保護と管理から始まり、超宇宙的技術移民船ツッキーの運営と維持。更には母星ケプラーに送る報告書の作成。そして何よりこの基地に居る部下たちの後始末など、グレイの生活は多忙を極めている。
勿論それら全部の仕事をグレイ一人で行っている訳ではない。だが簡単な書類の作成や、地球人類の画像や動画の編集など、それ以外の仕事ではグレイ自らが携わっている事が多い。そして現在、グレイの頭を悩ます事件が一つ起きていた。
それは今までにない、グレイが現在の役職に着いてから一番大きな大事件である。グレイは今その対応に追われ、しっちゃかめったかな気分になっていた。
「何で、アイツら地球人類を捕獲しに行ってるわけ!? いちおう地球人類に正体がバレない様にしてはいるけど、話がデカくなり過ぎだろう! 最近ようやくナヨ君が落ち着いたと思ったら、今度は集団で暴走だ! しかも地球人類を拉致してくるなんて――アホの極みだろう!」
グレイが喚きながら部下たちの後始末をしてる。それを見たパーシー・ローウェルは、そんな彼に労いの言葉を掛ける。
「……お疲れ様です、グレイ主任」
パーシーはグレイがある意味で、唯一信頼する部下だ。それは彼女が地球人類をフラットな感情で見ており、今回の様に暴走する存在ではないからだ。
それは地球人類を見守る事を前提とするならば、とても重要な資質だとグレイは考えている。そして、そんなパーシーから疑問の声が上げられる。
「ところでグレイ主任、今回のこの出来事はやはり強行派の暴走ですか」
グレイはその言葉で憤っていた心を静め、彼女の質問に答え始める。そもそもパーシーは強行派の暴走の話を聞き、事後処理の為にグレイに呼ばれたばかりだ。それ故に今回の事件に関しての情報をパーシーは殆ど知らない。グレイはそんなパーシーに今回の経緯を説明する。
「うむ、確かに今回のこの事件は強行派――というより、その一部である『モノリス』による暴走なのだ」
「えっと、モノリス……ですか?」
パーシーは聞き覚えの無い名前に首を傾げる。そもそも強行派とは、グレイの運営や地球人類との接し方に対して、不満がある人物地たちが集まった集団だ。
もしこれを政治的に例えるなら、グレイは政策や方向性を打ち出す与党となり、それに不満や反対意見を抱く強行派は野党の立場になる。
そして今回の事件を起こした集団――モノリスはグレイの反対勢力ではあるのだが、その派閥の中では規模が小さい。それに加えモノリスは、今まで特に問題を起こしておらず、そのおかげかパーシーの記憶には残っていない。
「ああ、地球言語で『一枚の岩』とか『ひと塊』を表す言葉だよ。そしてそのモノリスは、ある目的の為にメンバー全員が一丸となって……とか何とか、みたいな意味で名前をつけたらしい」
「……由来だけは立派ですね。その目的が、コレなのは最悪ですが」
名前の由来は立派ではあるが、その目的次第では随分と違う意味の集団になってしまうだろう。その証拠が今回の事件である。
「うむ、最悪だな……なんせ自分たちの欲求を叶える為に、地球人類を拉致するんだからな。奴らはアホな密猟者かと罵りたくなってくる」
「ですが、グレイ主任には一応……そして地球人類には、きちんとした配慮はしているようですか?」
「うむ、そのせいで余計に腹が立つ。加えてその理由もあり、彼らを表立って処分する事が出来なくなった。まさに奴らの計画は完璧だったよ。まさかゴミを捨てに行く途中で、地球に寄り道するとは頭の隅すら無かった。しかもどのように細工したのか、故障を原因にして地球に降り立つとは……思わず『僕とした事がっ!』って叫んでしまったよ」
だがそれは仕方が無いだろうと、パーシーは思う。誰がゴミを捨てに行ったついでに、進入禁止の区域に入ろうとする者がいると思うのだ。
例えるなら早朝にゴミ捨てに行った旦那が、いつの間にか他の家に不法侵入する様なものだ。しかもその家の奥さんを攫って自宅へ連れてくるのだ。常識的観点からすれば、とんでもない暴挙である。
「そう言えば私がこの事を知ったの時は、もう既にグレイ主任が事件を解決してからでした……やっぱり大変だったんですか?」
パーシーが今からする事は単なる事後処理である為、必要な情報ではないのだが、興味本位に彼女は尋ねてみる。そしてそれに答えるグレイの顔は苦虫を噛み潰したようになり、額に皺が寄っていく。
「ああ、もちろん大変だった。特にモノリスの議長――イヌマール君との会話は羨……熾烈を極めたよ」
「えぇぇ!? あのイヌマールさんが、今回の主犯だったのですか?」
パーシーは、その事実に驚く。そもそも事件を起こしたであろう、モノリスに対する知識もなかった彼女だ。その主犯とも言える議長の存在にについても、聞き及んでいなかった。
何よりモノリスの議長――イヌマール・カントルは容姿端麗で品行方正な人物だ。独身男性からは嫁にしたい女性ナンバーワンと呼ばれ、彼女が移民船ツッキーに異動する際は、反対運動が起こったくらいである。
それは同じ女性の目から見ても納得できる事実であり、パーシーもイヌマールの事を素敵な女性だと思っている。そんなイヌマールが地球人類の拉致計画を企んでいたとは、パーシーには俄かに信じる事が出来ない。
「確かに最初の頃のイヌマールさんは、あまり褒められた態度ではありませんでした……ですが今では深い愛情を地球人類に抱いていた筈です。そんな彼女が、何故……」
パーシーはイヌマールが初めてこの移民船ツッキーに来た時の事を思いだす。ここに赴任したばかりの頃のイヌマールは確かに、同じ種族で争っている地球人類を見て酷く憤慨していた。
『野蛮な種族ですね』とか『下品で下種な生き物ですね』など、とても同じ宇宙に住む生命体として、共感を得られない様だったのである。
それが変わったのは今から約2000年くらい前だろうか? イヌマールが実地研修として一人の男性の生涯を見守るように言われた事があったのだ。
これはこの基地に来た新人が、実地研修の最後に行われる最終試験な様なものだ。この試験で地球人類への愛情が有無や、任務の重要性を理解できるかどうかを試す為に行われる。
もしイヌマールが、あのまま地球人類に悪感情の様なものしか感じられない存在のままであったら、彼女は母星ケプラーに送り返される事になっていただろう。
だがそれは杞憂に終わり、イヌマールは一人の地球人類の生涯を見終えた後、その瞳から涙を零しながら呟いたのだ。
『あぁ……球人類は、なんと愛しい。確かに地球人類は、グレイ主任が言うように保護すべき存在です。私は地球人類たちがこの宇宙――いえ、私の所へ来てくれるの事をいつまでも願うでしょう』
イヌマールが、そんな宣言――決意表明みたいな事を言っていたのをグレイとパーシーは思いだす。
「イヌマールさんが事件を起こしたのは本当なんですか? 地球人類に涙を流し、彼らが宇宙に出る事を望んでいた彼女は……本当に地球人類に愛らしきものを抱いていた筈です」
そんな印象のあるイヌマールが、無理矢理に地球人類を拉致したのだ。パーシーの視点からすれば、あの時の宣言や涙は一体何だったのか? という気持ちになる。しかしグレイはパーシーの発言に同意しながらも、反論の言葉を彼女に告げる。
「……だからだろうな。イヌマール君――いやイヌマール・カントルは、それ故に今回の様な事件を起こしたのだろう」
「えっ……そうなんですか?」
グレイの言葉にパーシーは僅かに驚き、少しだけ目が見開く様に大きくなる。そしてグレイの口からは、今回の事件の詳細が語られ始めた。
その内容はいとも簡単にパーシーの心をグラグラと、屋台骨を揺らすように不安にさせる事だったのだ。