3話
わかりやすく言えば、原因はイジメだった。
かつて魔王を封印した英雄の一人であろうともイジメを受ける、俺には考えられなかった。
世の中何が待ち構えているかわからないものだ。
「同郷のエルフ。つまりニシエルフ族の胸は基本、平坦なのだ」
「そうか……」
「ああ、男女ともにな」
「……男はそうだろうよ」
付け足す必要あった?
「なるほど、アマーナちゃんはニシエルフ族にしては体つきが良いんだな。
別の血が入っているとか……?」
「いいや、混血で体型が変わるなどと珍しくもない。
アマーナの場合は純血だから問題なんだ」
「ああ、純血なのに体型が他と違うから、ってだけでいじめを受けるものなのか」
元いた世界の基準で測れるものではないだろうが。
大人はともかく子供の世界は確かに体型体格など身体的特徴一つで対象になりうるものである。
美意識の強い民族や種族であるなら、中にはそういう厳しい一面もあるのかも知れないが。
「その体型はな、ことごとく男にモテたんだ」
「…………うん?」
「誤解を恐れずに言うなら、貧乳たちによる顰蹙を買ったんだ」
「恐れて。言い方かなり悪いわ」
「嫌な思い出も多かろう。記憶を辿れはしないか?
無理してみるべきではないとは思うが」
目を瞑り、里の記憶を掘り起こす。
浮かび上がる情景は男の俺が体験したことのない世界だった。
まず男たちの態度と視線の向き。日常的に言い寄られるというのはきっぱりと断れない性分には辛い。
そしてそれを見ている女たちの態度と視線の鋭さは。回想といえ直視しづらいものがある。
対して、アマーナ本人の心情的にも優越感、とくに「見返してやった」という達成感みたいなものもある。
もっと過去に何かあったんだろう。
その内心というのは態度に出てしまうものだ……。
仮に出さなくても。いや、思ってすらいなくても邪推されてしまうものでもあるのだが。
「だいたい納得した、かな……」
「里から出れれば済む話なのだが、英雄というのは種族のシンボルでもあるのでな。
外交のカードとしては必要不可欠で、自由に動くことはできないわけだ」
「シンボルにそういう仕打ちは無くない?」
「有名人なら必ず好かれる訳でもあるまい」
「理由になるか!」
「俺もそうだった」
「納得した」
こいつの場合、トップのくせに反逆行為してるもんな。
なんにせよ胸糞悪い話だ。
ただ、ものはついでだ、仕打ちの内容も知っておこう。
光景が浮かぶ。
どれどれ。
やってもいない男遊びの噂を立てられたり……。
旦那の奥さんへの態度がちょっと変わっただけで執拗に疑われたり……。
共用物を勝手に持ち去ったと根も葉もない噂を立てられたと思えば
逆に共用保存庫に置いてあった楽しみにしていたお昼のデザートを盗まれていたり……。
食事の際は見えないところでスープに雑巾の絞り汁を入れられたり……。
陰湿な……!
というか、やってる事が一昔前のOLみたいなエピソードばっかりなのはなんなんだ!?
「辛かろう」
「まぁ。辛いけども」
なんか、むかっ腹が立つというか、バカバカしくなるというか。
「心を痛めたアマーナちゃんは俺と入れ替わったと」
「入れ替わったと言ってもアマーナの意識はお前のかつての体に移ったわけではないがな。
霊を召喚し、体を貸し与えている」
うーん。トラックに轢かれて死んだという記憶があるのでわかっていたことだったが。
心のどこかで、元の体が復活しているのではないかと期待していた。
だからあっさりと霊と言われるとショッキングだ。
「召喚か、それで。霊の俺を呼び込んで、俺がアマーナちゃんの体を乗っ取ったってわけか」
アマーナちゃん自身が俺を呼び出した。じゃあ……?
「アマーナちゃんの意識、魂はどうなったんだよ」
「この世にはいないな……」
「そんな……」
「そう彼女は彼女で異世界転生した」
「”この世”ってところに語弊を感じましたが?」
自分の体を別の人間の魂に憑依させるなんて、それこそ自殺行為だと思えるが。
それでも、彼女は彼女で生きていると分かっただけでなんだか安心した。
まだ情報は乏しいが、もしかしたらこの体を返す時が来るのかもしれない。
「アマーナちゃんは戻ってこれるのか?」
「さぁてなぁ」
「流石に魔王でもわからないか」
「飽きるまでは戻ってこないだろうなぁ」
「結構自由なんだな」
なんか、自殺というより。他人に留守番を任せた家出みたいな感覚なんじゃないか?
ったくファンタジーはやる事が違うぜ!
「待てよ、異世界に行ったってなぜわかるんだ?」
「言ってたのだ」
「魔王に?」
「独り言で”もう今の生活がしんどいから異世界で無双してくる!”って」
「アマーナちゃんの清楚な設定ってまだ生きてる?」
なんか、そこまで深刻な問題じゃない気がしてきた。
「お前が憑依したことによって俺の封印が緩んだのだ。それまで俺はしゃべることすらできなかった」
「アマーナちゃんの危機管理どうなってんの」
「俺としては生アマーナちゃんと会話をしたかったのだが、まぁ声が同じだからこれはこれで」
「俺思うんだけど、貴方は魔族云々とは違うベクトルで危険な存在だと思う」
「もっと蔑むように言ってみてくれ」
「話の内容をきちんと聞いてくれ」
で、だ。
「アマーナちゃんは俺のいた世界に行ったのか?」
「ふうむ、そこまでは知らなんだが。そうだイヤリングに魔力を送り込んでみろ」
「封印が解けたりしないだろうな?」
「そんな簡単に解けたりはしない。知りたいんだろう、探査の魔法を使ってやる」
「信じていいんだな?」
「何を言っておる。今、アマーナを一番心配しているのはこの俺なのだぞ!」
「そうか……。それもおかしいけどな!」
手を添えて、魔力を送り込む。水流のような煙のような、不思議な感覚が流れ込んでいくのを感じる。
ポゥと光るイヤリング。
「ふふふ、これで使えるぞ。探査魔法!」
ヴォンと、俺の前に魔法陣が現れる。
そこから光が浮かび上がり、立体映像が映し出される。
アマーナちゃんの行方をこれで知る事ができるのか。
そこには大きく『ケンダマ・バトラー 甘菜健』と映し出された。
ビートの激しいBGMとふちを尖らせたカラフルな題字。
……嫌な予感がした。
次回「ケンダマバトラー・甘菜健」ご期待ください