2話
「俺気づいたんだけど」
「また気づいたか。あと”私”だ」
この巨乳のエルフに転生して間も無く。
喋るイヤリング(封印された魔王らしい)で耳元から説教を受けたり魔王軍がそこまで強くないという情報を仕入れた。
そのあとは、話し方や情勢のことを教わったのだが。
やはり俺はすでに知っているような気がする。
もともと俺は察しが良い人間だと自負している。
……けど今の俺はそんなレベルじゃないんだよな。
「弓をどこからともなく取り出せる気がする」
「理解の度を超えてるぞそれ」
「確かにできる」とイヤリングが呟いたあと、ため息のあとコホンと咳をして説明を始める。
喉も口もないのに。
「アマーナはニシエルフ族でも随一の召喚術士であり弓術士でもある。
術の発動や弓を引く姿は思わず見惚れてしまうほど美しい」
「魔王の敗因がわかってきたな」
最初から妙に感じていることではあるが、この自称魔王のイヤリング。
俺がアマーナというこのエルフの体に意識が入ってることを最初から知っているようだったし。
別の世界から来ていることもわかっているようだ。
「お前のいた世界では魔法は一般的ではないようだが、さて……。
この世界に来て、そしてその体になって何か気づいたことはないか?」
「肩が凝る」
「やはりか、いや。胸の話じゃない。それはその、また後で」
捨てきれない話題らしい。
「そうだなー、言われてみれば何か五感とはまた別に漂ってる何かは感じるけど」
「それが魔力よ。空間に漂う魔力に意識を向けて自身と繋げる」
そこまで言われるとあとは体が動いた。弓が欲しいと考えるとスッと自分の腕が頭上へ向かう。
手のひらが光り出して、ゴテゴテ装飾のついた神秘的な弓が現れた。
なるほど、わかってきた。これは、俺が知ってるんじゃない。
「どうだ。カッコイイ弓だろう。軽くて引きやすいのに威力は凄まじい破魔の弓である」
「詳しすぎるし、なんで自慢気なんだよ」
「俺が作ったのだから当然だ。特注品だぞ。アマーナのために幹部の宝箱に入れておいた」
「魔王が破魔の弓作っちゃダメだろう」
「でも似合うから良いのだ」
「幹部倒される前提でプレゼント準備しておいて、それ通すのヤバくない?」
遠回しな自殺行為で、魔王軍が可哀想に思えてきた。
ともかく、理解した。”理解できること”を理解した。
「なるほどな……」
俺は眼前に弓を構え、弓は光に包まれて消えた。
正しくは”消した”だ。
「ほう」
イヤリングは感心したような声を上げる、様子を見るようだ。
なら見せてやろう。
俺は立つと森を歩いていく。
「どこに向かうというんだ?」
「この先にある、川だ」
「さすがエルフ。ここからでもせせらぎが聞こえるというのか」
「……」
聞こえはしない。しかしわかる。
何分くらい歩いたろうか、陽の当たる川にでた。
水面に近づき、手のひらをかざす。
手のひらから魔法陣が浮かび上がり、川の水をバケツ一杯分程度の量を魔法で持ち上げる。
球体のその水は俺の前で静止している。
「ほほう、教えるまでもない、ということだな」
結論から言うと、俺はアマーナの記憶を持っている。
全部が全部というわけではなく、うっすらと漠然とした「あ〜、そういうのもあったっけなぁ」程度の記憶でその場その時に浮き上がってきている。
考えてみればそりゃそうだ。
魂というべきか、俺という意識はこの体にあるのだが
アマーナの頭の中、つまり脳みそをすげ替えたわけじゃない。
はっきりと思い出さなくても体というのは不思議なもので
『手続き記憶』という、”体が覚えた記憶”というのも存在する。
今までの察しの良さは全て、この体が記憶していたことなんだ。
となると、魂、俺の意識という”俺の記憶”が追加したものとして。
この体の持ち主、アマーナの意識はどこへ行ったのか。
上書きしたのか、別の場所に行ったのか。
「ところで、水浴び、しても良いんだぞ?」
このイヤリングオブドスケベは知っているんだろうか。
というか、どこまで知ってるんだ。
俺は球体の水を川に戻す。
「質問いいか?」
「アマーナの事ならなんでも聞いてくれ、スリーサイズでもこれまでの可愛い寝言ベスト3でも」
「魔王が勤まってたのか心配になるくらいストーカー」
「頑張った方だぞ」
高い自己評価。
「いや、そうじゃなくて。
……俺がアマーナの体にいるのはなぜだ?
乗っ取ってる今、アマーナ本人の意識はどうなったんだ?」
少しの間。
返事がないと不安になる。なまじリアクションが声しか無いからなおさらだ。
「し、知らんな」
下手くそか。
「イヤリングつけたまま水浴びする」
「実はな……」
ダメだこの魔王。