07 2日目:芽生えの始まり
07 『2日目:芽生えの始まり』
第17番隊は昨日と同じように、<フェルベル丘>を越え、<ハンデウィーズ森林>へ向かっていた。
その道中で、聖也は近くにいた兵士に、日中は進行しないのかと尋ねた。
「魔王の陣地には何層もの結界が張られていて、その中は常に闇で覆われている。
その中に突っ込むのはいくつ命があっても足りねぇ。」
「夜は大丈夫なんですか?」
「あぁ、その中は<シアタ>の日は通さねぇが、<ラテラ>の日は通すから、
夜間は結界の中と外との違いがない。それはあいつらにも同じだがな。」
「結界はどうやって壊すんですか?」
「結界の中には封印石があって、それを破壊すればいいんだが、
不思議なことに、それは<ラテラ>の日の下ではないと見えないらしい。
だから、日中に進行しても無駄足なんだ。
昨日はアンドリュー様が<ハンデウィーズ森林>の封印石を一つ破壊したから、
更に奥に進むことができる。」
兵士の言う通り、昨日の戦線よりだいぶ森の奥まで進攻し、
<ハンデウィーズ森林>の中間あたりまでやってきた。
「<ハンデウィーズ森林>にはもう一つ封印石があるらしいから、
それを破壊できると、<アイグネル草原>への進行が可能になる。」
最後に兵士はそう教えてくれた。
前線に着いて早々、寛人たちに隊長が話しかけた。
「お前たちには指令がある。昨日と同じ<ペラ>の討伐だ。
<ウィザラー>には敵を見つけ出す特別な力があると知られている。
事実お前たち二人は、昨日<ペラ>4体の討伐を成し遂げた。
今日は何体いるか分からないが、期待している。」
「分かりました。」
寛人たちは隊長の指令を承諾し、隠密行動を行うため隊列から離れた。
「四人の役割だが、基本的に俺と聖也が攻撃を行う。
千佳は回復と戦闘中の敵増援の確認を頼む。
将文は基本は千佳の護衛を行い、こっちが押されている時は援護を頼む。」
「了解。」「従うわ。」「分かった。」
三人は寛人の案を承諾し、寛人・聖也・千佳・将文の順で列を作り、
<ペラ>の探索を開始した。
―<ウィザの洞窟>の菊池―
「(教師として、生徒に全て委ねていいのだろうか。
咲田くんは諦めないという強い気持ちを持っていたけど、私は簡単に…。)」
伊丹は相変わらず中島の看護をしていた。
グローブや薬はこっちの世界で発症したものは対応しているが、
元の世界の病気はカバーされてなかった。
そのため伊丹は寝るとき以外中島に付きっきりだったので、
菊池は部屋で一人っきり、今の状況について悩んでいた。
「…あぁぁん、悩んでても全然答えは出ない。
(いっそ誰かが戦場へ行こうと誘ってくれたら…。
あぁぁん、また大事な決断を誰かに委ねようとしている。)」
菊池はベッドに転がって、遠くを見つめていた。
「(いつからだろう。気持ちに素直になれなくなったのは。
昔はもっと正直だったんだけどなぁ…。)
…決めた!」
少し考えてから、菊池は何かを決心した。
その足で灰島がいるモニタールームへ向かった。
「灰島先生、私もう一度だけ戦場に行ってきます。
(そこでまた足を引っ張って邪魔になるようなら、生活の基盤作りに専念しよう。)」
モニターをぼーっと見つめていた灰島は、ゆっくりと振り返り菊池を見つめた。
「菊池先生。今はもう上司ではありません。先生の好きにすればいい。」
灰島は相変わらず生気が抜けたようだった。
「いいえ、灰島先生はずっと私の上司です。生き抜くために先生の力がきっと必要になる時が来ます。」
菊池は灰島を励ますように力強く伝えた。
灰島は再びモニターの方を向き、手だけを振った。
菊池はお辞儀をして、<ハンデウィーズ森林>へ転移した。
―<ウィザの洞窟>の彰と秀吉―
「なぁ、今の俺ってダサいよなぁ。」
たき火の前で寛いでいた彰は、唐突に秀吉に聞いた。
「そんなことはないと思う。この状況でもお前は頑張ってるよ。」
秀吉は彰の言葉を否定した。
「でも、運命を他人に委ねて、死ぬのが怖くて試練から逃げている。」
「誰だって死ぬのわ怖いさ。蘇生するとわかっていても。」
それからしばらく沈黙が続き、二人は火を眺めていた。
「…やっぱり俺は格好いい男でありたい!」
「行くのか?戦場に。」
「あぁ。あいつらだけにヒーロー役をやらせるわけにはいかない。
秀吉、お前も来るか?」
「俺はお前に付いていくと決めている。当然だ。」
彰と秀吉は拳をカチンと合わせた。
「彰と秀吉くん?」
二人が振り向くと、美郷が後ろに立っていた。
「どうしたんだ美郷。」
「千佳ちゃんを見て、私も同じ女子高生として頑張らないとなぁと思って。
それに元の世界に戻りたいという気持ちを諦めたくなかった。
だから二人を誘って行こうと探してたの。」
「俺たちも今、戦場に行こうと決めたところだ。」
「やっぱり私たちって気が合うんだね。」
美郷は少し照れながら彰に告げた。
それから三人は準備をして、<ハンデウィーズ森林>へ転移した。
「<ハンデウィーズ森林>へ来たは良いものの、どっちに向かえば。」
「千佳ちゃんたちに連絡とってみよう。」
美郷が画面を立ち上げて、千佳に連絡とろうとした時だった。
「きゃー!」
前方から女性の悲鳴が聞こえた。
「さっきの声菊池先生じゃないか。」
「彰、急ごう。」
三人は駆け足で声がした方へ向かうと、菊池がゾンビに襲われていた。
菊池は必至で剣を振り回していたが、ゾンビにはかすりもしていなかった。
「先生から離れろ!」
彰は勢いよくジャンプし、菊池を掴もうとした手を槍で打ち下ろした。
その後秀吉が鎚で頭を打ちぬくとゾンビの動きが止まった。
最後に止まったゾンビの肩に美郷が矢を射抜き、
無事ゾンビはコアを破壊され、消滅した。
「美郷すごいな。一発で打ち抜くなんて。」
「弓道部だから、止まった的なら絶対外さないって。」
感心した彰に美郷は微笑んで返したが、まだ少し肩は震えていた。
「三人ともありがとう。」
菊池は泣きながら感謝を伝えた。
「いいよ先生。俺も今ので少し自信が湧いた。やればできるって。」
言葉通り、彰は昨日は全く対抗できなかった敵を倒せたことに手応えを感じていた。
「それより先生は一人でここに?」
美郷が尋ねた。
「もう一回戦場に出てみて、ダメなら諦めようと思って。」
「ダメじゃないよ先生。少なくても昨日の恐怖を克服して、
ここまで来れたことが凄いって、私は思います。」
「先生、俺たちと一緒に行きませんか?俺たち今先に言った四人と合流しようと思ってるんです。」
彰が菊池を誘った。
「でもさっき見た通り、私は戦場では全く役に立ちません。」
菊池は誘われたことは嬉しかったが、やはり足手纏いになることに戸惑った。
「そんなことないよ、体育教師だから戦闘に慣れればきっと大活躍するだろうし、
先生が頑張る姿が、一番生徒たちを勇気づけてくれると思います。」
彰は少し菊池を乗せるように言ったが、本心ではあった。
「僕からもお願いします。」「私からも。」
三人とも先生にお願いすると、菊池も折れた。
「そうだよね。このまま生徒だけを行かせて、先生だけ逃げ帰っても、
みんなの手本にはならないわ。」
「じゃあ先生。」
「私、みんなと一緒に行くわ。」
菊池がグッと手に力を入れ気合を入れ直し、三人も少し落ち着いてきた。
「そろそろ千佳ちゃんに連絡するね。」
美郷はそう言って千佳に連絡を入れた。
―<ハンデウィーズ森林>の寛人たち―
寛人たちは順調に<ペラ>を討伐していき、一時休憩中だった。
「戦闘にもだいぶ慣れてきたな。」
「あぁ、そうだな。」
「敵が近づいてるよ。しかも三方向から。」
休憩も束の間、千佳がこちらに向かってくる3体の点滅に気づいた。
敵はじわじわと近づいているが、姿が全く見えない。
「どこにいるんだ。」
「もう目の前にいるはずなんだけど。」
聖也と千佳が言葉を交わしていると、木の葉っぱがカサカサっと鳴った。
「上かっ!」
すぐさま聖也は音がした方に矢を放った。
するとモジャモジャした塊が木から落ちて、消滅した。
「なんだ今の?」
「寛人後ろ!」
千佳の叫びを聞いて、寛人はすぐさま振り返り、
飛び付こうとしていたモジャモジャを切り伏せた。
「いてっ。」
最後の1体は聖也を引っ掻いて、また暗い森に逃げてしまった。
「逃げたか…。聖也、大丈夫か。」
「あぁただの掠り傷だ。それよりあんな魔物今まで見たことないぞ。」
「聖也、傷口見せて、治療するから。」
千佳が聖也の腕の傷口を見ると、紫色に変色していた。
聖也も少し顔色が悪くなってきた。
「きゃっ、傷口が変色してる。」
「今ライブラリ見たけど、さっきの魔物は<トゥマス>といって、毒攻撃をするらしい。
しかも治療しないと約10分で死に至るって。」
聖也はますます顔色が悪くなり、その場に倒れこんだ。
「千佳、治療はできないのか。」
「ダメージを回復することはできても、毒を除くことはできない。」
「そう言えば、純くんが合成装置の前で最初に作ったのは解毒剤だった。」
将文が合成装置の説明のことを咄嗟に思い出した。
「それだ!一旦洞窟まで戻るぞ!」
「待って、敵がまた近づいてきてる。」
「多分弱った敵のとどめを刺しに来たんだろう。すぐに転移するぞ!」
寛人の言葉を聞いて、みんな急いで転移を選択したが、キャンセルされた。
「どうした。転移しないぞ。」
「もしかしたら、敵が近くにいると使えないのかもしれない。」
敵複数体がすぐそこまで近づいていた。
「くそっ、…将文、走って転移できるとこまで行って、解毒剤を取ってきてくれ。
千佳は少しでも聖也の状態が悪くならないように治療を続けてくれ、
俺が敵の相手をする。」
「分かった!」
将文は急いで敵がいない方へ走っていった。
「来たか。」
寛人の前にはゾンビ3体が現れた。
その後ろからも別の魔物が近づいていた。
経験値が上がった寛人には問題ない数だったが、二人を守りながらの戦いは、苦戦を強いられた。
聖也が攻撃を受けてから、9分に差し掛かろうとしていた。
紫色の変色は首元まで達し、心臓に届くのも時間の問題だった。
「折角みんなのサポートができると思って、頑張ったのに。
(…いいや、絶対私が聖也を助ける!)」
千佳が涙目で治療に専念していると千佳に通知が届いた。
『おめでとうございます。後藤千佳。あなたは覚醒しました。
覚醒に伴い、覚醒スキルが解除されました。
あなたの覚醒スキル名は<マイデン・ハイル・セレニテ>です。』
その瞬間、聖也の体は透明なベールに包まれた。
程なくして、寛人がボロボロになって千佳に話しかけた。
「聖也はまだ死んでないか。」
「うん。不思議な力で毒の侵攻が遅くなった。」
「良かった。すまんがこっちの治療も頼む。」
寛人は木に寄り掛かり座り込んだ。
千佳が寛人の治療をしていると、将文が走って戻ってきた。
「ごめん。材料集め直して作ったから、遅くなった。」
将文は必死に謝った。
「野上くん、大丈夫だよ。それより解毒剤を。」
「良かった~。」
将文は安心し、千佳に解毒剤を渡した。
千佳は渡された解毒剤を聖也に飲ませると、紫色はじわじわと消えていった。
引き続き千佳は寛人の治療に専念してたが、前方からまた敵が2体近づいていた。
寛人と聖也が武器を構えようとしたが、二人ともフラフラだった。
「まだ二人とも動ける状態じゃないよ。」
「…僕が引き留める。その間に後藤さんは二人の回復を。」
将文は向かってきたゾンビをタックルした。敵は怯んだものの、すぐに将文を攻め始めた。
敵の攻撃を盾で防ぎつつ、敵を後ろの三人から引き離そうと押していた。
「(昨日だって、いじめられていた時だって、僕は助けられるのをただ見ていただけだ。
今度こそ僕が寛人くんたちを助けるんだ。)」
将文は踏ん張って耐えていたが、1体が狙いを変え、寛人たちの方へ向かっていった。
将文は必死で捉えて、その敵を裏投げで投げ飛ばした。
「絶対に守る。絶対に守る…。」
将文はそう呟きながら、また2体の猛攻を防いでいった。
千佳の方からは将文が黒いオーラを出し、攻撃してるゾンビたちの動きが鈍くなっていることが分かった。
その瞬間、右側の敵のコアを矢が破壊し、後ろから走ってくる音が聞こえた。
「将文、しゃがめ!」
声が聞こえて、すぐに将文はその場にかかんだ。
すると将文を飛び越え、寛人がもう1体の敵を切り払った。
「遅くなったな。」
「大丈夫。体力には自信があるから。」
将文は真っすぐ立ち、息を整えながら答えた。
その後千佳が今度は将文の治療を始めたが、
ほとんどの攻撃を防いだため、軽い打ち身程度だけだった。
「お前本当に頑丈だな。」
聖也は笑いながら将文の肩を叩いた。
「もう馬鹿にされないように、必死で鍛えたからね。
そう言えば僕にも例の通知が届いたよ。」
そう言って将文が三人に覚醒の通知を見せていると、
千佳に連絡が入った。
「もしもし、千佳ちゃん。」
「美郷さん、どうしたの?」
「今、彰と秀吉くんと菊池先生の四人で千佳ちゃんたちと合流しようと思ってるのだけど、
今どの辺にいる?」
「うそっ、先生もいるの?」
「成り行きでね。」
「そうなんだ。私たちは今地図上の…Qの…16辺りにいるよ。きゃっ…」
連絡を取っていた千佳たちの背後から、突風は発生し、千佳は吹き飛ばされ意識を失った。
辛うじて耐えた三人が振り向くと、そこには先ほどまで戦っていたゾンビの2倍以上ある大きさの魔物がいた。
「なんだこいつは…。」
「宝飾品があるから<ペラ>のようだが、今までとはサイズが全然違う…」