38 11日目:岩山の魔物の始まり
38 『11日目:岩山の魔物の始まり』
―<ナンベグ荒野>の寛人たち―
岩山からの妨害を切り抜けながら、寛人たちは南のルートを進んでいた。
落ちた岩を退かしていると、岩からはほんのり枯草の匂いがした。
「結構長いが、大した敵はいないな。」
「中央で軍と合流するまでは、油断出来ない。」
道は緩やかに右方向へ曲がっていった。
道の先からはほのかに熱気を感じた。
すると、出口の前で道を塞ぐほど大きく真っ赤な3つ目の鴉が寝ているのが見えた。
寛人たちは止まって様子を見た。
「このまま寝ててくれないかな?」
「普通は起きるだろうな。」
「なら先制しかないな。」
聖也はそう言って鴉の頭にあるコアをスキルで狙った。
鴉は目を覚ますと、当たる寸前の矢は鴉をすり抜けていった。
そのまま鴉は再び眠りについた。
「矢がすり抜けた…。鴉の能力か?」
「たぶんな。幻覚か何かだろう。」
今度は試しに地面の石を投げたが、これもカラスには当たらず、地面に落ちる音だけ聞こえた。
「それにしても暑いな。」
「この辺りだけ異常な暑さだ。」
角を曲がったあたりから、暑さを感じていたが、とうとう耐えられず体調を崩すメンバーが出てきた。
「寛人、このままだとまずい。一旦下がって。」
後ろで体調不良になったメンバーを介護していた千佳が、寛人に声を掛けた。
そのまま全員で曲がり角の手前まで戻ってきた。
短い時間であったが、鴉の熱に晒され、みんな大なり小なりのぼせていた。
症状が酷い者は目眩がしてちゃんと立てなかった。
「まるでサウナだな。」
「素早く倒したいが、あれ以上の接近は危険だ。」
「攻撃が当たらない仕組みが分かれば…。」
鴉は周りに100℃以上の熱を放出しているため、接近しての攻撃はとてもでは無いが無理であった。
遠距離も悉く外れてしまうため、寛人と聖也は頭を抱えていた。
「陽炎とか蜃気楼なんだと思うけど、それでもこんなに歪むものかなぁ。」
悩んでいる二人の後ろから千佳が話しかけてきた。
千佳の言う通りそういう熱現象で間違いはないが、それでもここまで見誤ることがあるのかが疑問だった。
「そう言えば、寛人は最初幻覚って言ったけど。」
「言ったな。」
「そういう現象プラス幻覚だったら。」
「だとしたら、幻覚を見るきっかけがあったはずだ。」
三人は考えた。幻覚を見るきっかけは何だったのかを。
「俺の勘違いかもしれないが、落ちてきた岩から匂いがしなかったか?」
「やっぱりしたか。気のせいだと思ってた。」
「それなら今もするけど…。」
岩を退かしていた手には匂いが染みついていた。
だが、それは嫌でもなく些細なものだったため、誰も気を留めなかった。
寛人と聖也はすぐに鼻栓をして、鴉の方へ行った。
「どうだ、変わったか?」
「いや、あまり変わっていない。」
「こっちもあんまり…。」
「もしかして口からもか?」
二人は息を止めてみた。
初めの数秒は何も変わらなかったが、次第に鴉の姿が小さくなってきた。
だが息を止めるのも限界になり、みんなの所へ戻った。
「あいつのサイズ。」
「あぁ、見えている半分もなかった。」
「上から落としてきたやつは、俺らを倒すだけではなく、幻覚を見せるための罠だったんだな。」
「とりあえずこのことをみんなに伝えよう。」
二人はみんなの下に付くと、周りに流れている幻覚を見せる作用のある気体について話した。
それでも暑い中で息を止めて動ける時間は限られるため、後一手が欲しかった。
「あの熱が少しでも下がってくれたら。」
「それなら俺たちに考えがある。」
彰と秀吉が二人に作戦を話した。
「やってみる価値はあると思う。」
「だろ?」
「時間はない。早速行くぞ。」
寛人はみんなに彰たちの作戦を伝えると、みんなマスクをして鴉との決着に備えた。
鴉が見えてくると、彰はスキルで鴉手前を狙って凍らせた
さらに秀吉は<Mボール>をスキルで打ちまくると、辺り一帯は毒の霧に包まれた。
熱で蒸発する分もあったが、それでも体感的に夏の暑さぐらいに下がった。
「あいつ飛び上がるぞ。」
「毒の量に耐えきれなかったのかもな。」
鴉は眼を覚ますと、すぐさま翼を広げて宙を舞った。
その周りは熱で歪んで見えたが、地面にいた時ほどではなかった。
寛人と聖也はすぐに息を止めて、スキルで鴉を狙った。
聖也の矢は頭のコアを直撃し、寛人の斬撃は少し狙いからそれたが、左翼を破壊した。
鴉はそのまま岩山に落下していった。
「上に落ちたぞ。」
「出てくるのを待つしかない。」
全員で鴉が顔を出すのを待ち構えていた。
暫くすると鴉は顔を出し、その3つ目の目が開眼していた。
その姿を見た半数の者が全身が燃えるように熱くなるのを感じた。
「熱い、熱い!」
「寛人、しっかりしろ!どうしたんだ!」
熱いと叫ぶ者は、まるで自分に降りかかった火の粉を払うように地面に転げジタバタしていた。
聖也は寛人を押さえつけたが、暴れるのを止めなかった。
体からは多少の熱を感じたが、それは以上何のではなく、ごく普通だったが、汗の量は尋常ではなかった。
「みんなあの目を見るな!」
幻覚に掛かっていないものに対して聖也が叫んだ。
あの目を何とかしないといけないが、それにはあの目を見つめるしかなかった。
鴉は第三の目を開いたまま岩山で休息を始めた。
「(落ち着け、一瞬だ。一瞬だけ我慢すれば。)」
聖也は息を整えて、矢を握った。
そして目を閉じたまま弓をゆっくり引き、息を止めて鴉を見た。
その瞬間全身を燃えるような熱が広がったが、聖也は引いた矢を目に向けて放った。
矢は無事鴉の目を潰したが、聖也も熱で倒れた。
鴉は岩山の上で暴れ回り、遂には下に落ちてきた。
「みんな、ここまでの努力を無駄にしないように、最後の一頑張りだよ!」
菊池が最後みんなに喝を入れると、歯を食いしばって、落ちた鴉に突っ込んだ。
冷めたとはいえ、鴉の周りはまだ80度近くあった。
それに耐えながら菊池を先頭に幻覚を逃れたメンバーは鴉に詰め寄り、とどめを刺した。
菊池は最後は鼻血を出しながら、鴉の消滅と共に意識を失った。
「先生!」
そばにいた菫は菊池を連れて、みんなのもとに戻った。
そこには熱や幻覚で2/3のメンバーが横たわっていた。
「水が足りない!どうすればいいの!?」
「私に聞かれても分かんないよ。」
リーダー格のメンバーは全員倒れ、いつも指示に従っていたメンバーだけで看病をしていた。
熱で全身の水分を奪われたものは、脱水症状を起こし、唇はカサカサになっていた。
そのための水分は持ち合わせていなかったため、統率になれていないメンバーは慌てふためいた。
「私、洞窟に戻って水を持ってくる。」
「転移使っても30分は掛かるよ。」
「それでも持ってこないよりは。」
「合流地点に行って、軍の助けを借りようよ。」
菫が水を取ってこようとしていたが、玲奈がそれを引き留めた。
玲奈は自分で王国軍の手助けをと言ったが、寛人の話を聞いた後なので、かなり抵抗はあった。
それでも合流地点はすぐそこなので、全員が無事助かる可能性はそちらの方が高かった。
二人は馬で合流地点まで行くと、先にアレクサンドラ部隊が到着していた。
「すみません。みんなが、熱で…。」
「分かった。」
玲奈は拙い言葉でアレクサンドラに話を掛けた。
アレクサンドラは察したようにすぐに救護班と大量の水を<ウィザラー>のルートへ向かわせた。
その甲斐あって、みんななんとか持ちこたえることができた。
症状が軽かったものは、そのまま自分の足で立ち上がって合流地点へ行き、意識を保つのがやっとの者は人の力を借りて合流地点へ向かった。
「どうしたのだい、<ウィザラー>諸君。」
「新たな火の<イーボ>にやられたらしい。」
「それは大変だ。」
<ウィザラー>全員が合流地点に着くころには、アンドリュー部隊も到着していた。
その様子を見ていたアンドリューはアレクサンドラに話を掛けた。
「そう言えば今日寝込んで参加できない者がいるっていってたね。
みんな疲れが祟ったのかな。」
「後は我々で何とかする。お前たちは先に戻れ。」
「相変わらず言い方が厳しいな。疲れただろ?早く休みな。」
「ありがとうございます。」
千佳はアンドリューとアレクサンドラに感謝し、勧められたまま洞窟へ戻った。
洞窟に戻ると症状のひどいメンバーをベッドの上まで連れて行き、残りは休憩所で消耗した水分をティーで補充していた。
いつもより2時間も早く帰ってきたため、まだ目が冴えていたのだ。
「軍の人優しかったね。」
「アンドリューさん、優しくてかっこいいよね。」
「今でもあの中に私たちを狙っている人がいるなんて信じられない。」
「でも寛人が言うから本当なんだと思う。」
千佳と玲奈と美郷と晴花が紅茶を飲みながら会話をしていた。
「晴花、だいぶ咲田くんとの距離が縮まったね。」
「そんなことないよ。美郷と千佳に比べたら。」
「私はそんな、こっちでは。」
「千佳の所は乾くんのラブコールが凄いからね。」
話はいつの間にか恋バナになった。
千佳と晴花を美郷と玲奈がいじるような体制になった。
千佳と晴花は恥ずかしそうに耳を赤くした。
「みんないいなぁ。」
「先輩に会いたい?」
「当然だよ。修学旅行だけでも長いと思っていたのに、これだから。」
玲奈が三人を羨ましそうに見ていると、美郷が玲奈に尋ねた。
玲奈は遠い目をしながら、会いたい思いが募っていることを答えた。
「そう言えば、玲奈の彼氏ってどんな人なの?」
「どんなって、乾くんよりは落ち着いてカッコいいよ。」
「あいつのことは良いの。それにあいつもたまには…。」
「たまには何なのかな?」
千佳が玲奈に彼氏について尋ねたが、反対にいじられる結果となった。
「はぁ、会いたいなぁ。」
「絶対みんなで戻って、会いに行こ。」
「そうだね。」
「戻ったらみんなでデートでもしようよ。」
「一人だけ先輩だけど大丈夫かな。」
「聖也たちは気にしないよ。」
玲奈はすごくセンチメンタルになり、泣きそうになったが、みんなで元気付けた。
そして今まで以上に結束力が高まった気がした。
四人はその後も紅茶を飲みながら、雑談をしていた。
「そろそろ寝ようか。」
「もう戦いも終わるころだね。」
美郷がそう言うと同時に遠くから笛の音が聞こえた。
すると洞窟の復活ポイントの部屋から竜輝たちがちょうど出てきた。
「傳馬くんたち戻ったんだね。無事で良かった。」
「お前らか。早いんだな。」
「今日は激しい戦いだったから、早めに戻してもらった。」
「そうか。」
竜輝たちに気付いた晴花が声を掛けた。
素っ気なく返す竜輝の手には色々な石があった。
「稀少石採れたんだね。」
「それがすぐに軍が来ちゃったから、あんまり採れなかったんだよね。」
美郷が手に持った稀少石に気付いて聞くと、実久がギリギリだったと答えた。
「バレなかった?」
「姿は見られる前に引き返したから、問題ないだろ。」
「まぁまぁ、無事で何よりだよ。それよりも寝ようね。」
千佳と竜輝の話が長くなりそうな気がしたので、玲奈は千佳の手を引っ張って部屋に行った。
他のメンバーも漸く一日が終わることに安堵し、休息に入った。
〔寛人RP6〕
〔聖也・彰RP12〕
〔将文・菊池・楓RP13〕
〔秀吉・巧太・千佳・梓紗RP15〕
〔竜輝・省吾・純・勇樹・翠・深琴・美郷・晴花・胡桃・玲奈RP16〕
〔大輔・翔太・菫・寿葉RP17〕
〔灰島・実久RP18〕
〔中島・伊丹RP20〕




