37 11日目:密使の始まり
37 『11日目:密使の始まり』
―<ナンベグ荒野>北の竜輝たち―
竜輝たちは<セイルザツ川>に沿って北上して行った。
「なんで俺の後ろがお前なんだよ。」
「照れるなよ、一応付き合ってんだし。
深琴か翠が良かったか?」
「そうは言ってねぇけど。」
竜輝は実久とペアになって馬に乗っていた。
あとは深琴と翠、勇樹と巧太がペアになっていた。
「どこまで行くの?もう軍は見えないよ。」
「そろそろ鉱山方面に向かうか。」
竜輝は北西に進路を切りかえて、<ペテルス鉱山>を目指した。
魔物は荒野の中央に集められていたため、竜輝たちが進む道は、かなり手薄だった。
そのため巨大な一枚岩の前にすぐに辿り着くことが出来た。
「これをどうやって登るの?」
「それを今から考えんだよ。」
目の前に20メートル以上の高さがある岩山だった。
持ち合わせの<Rボール>では全く数が足りない。
「もっと北に行って、馬でも上がれるところを探すか。」
「そんな所があったら軍もそこから攻めてるでしょ。」
「じゃあ此処をよじ登って行くか?」
「無理無理。」
どうやってこの岩山を超えていくか考えていたが、全くいい案は浮かばなかった。
「あぁ、何も思い付かねぇ。馬を走らせるぞ。」
「ちょっと、いきなりはしりはじめないでよ。」
竜輝は岩山に沿って北に走り出した。
慌てて残りのメンバーも竜輝の後を追った。
20分ほど移動すると、人1人がやっと通れるほどの坂があった。
「坂あんじゃん。」
「軍が見逃すわけないって、全体なんかあるよ。」
「何とかなるって。」
実久の心配を他所に、その坂を馬で駆け上がった。
後ろも竜輝に付いて行くしかなかった。
上がりきったところで、岩山の上に砂で固められた何かの巣が目に入った。
しかもそれはいくつも横に並んでいた。
竜輝は馬を降りて巣に近づいた。
「虫の巣か?」
「危ないよ。戻って。」
「確認しないと先に進めんぞ。」
竜輝が巣の穴に鎚を突っ込むと、そこから蛇が顔を出した。
驚いた竜輝は尻もちをついた。
「調べたけど、この蛇はリーカーっていって、王国では神聖視されているらしいです。
それと強い毒を持っていて、高い確率で死ぬらしいです。」
巧太がライブラリで蛇のことを調べた。
巣で隠れていたが、奥の方を見ると白骨化した死体がいくつもあった。
ここは王国軍の刑執行の場で、罪人の血肉を蛇に捧げていたようだった。
その場所は王国軍にとっては神聖な場所でもあったため、無闇に近づこうとはしていなかった。
「気持ちワル。」
「もう行こうよ。早くここから離れたい。」
「そうだな。」
竜輝たちは巣を素通りし、骨を飛び越えて先に進もうとしたら、馬が嘶いてその場に止まった。
「いきなりどうしたんだ。」
「竜輝、横に変なのが…。」
実久が怯えたように竜輝に伝えると、横では地面の骨が一か所に集まって、大蛇の生首のようになった。
竜輝は馬から降りて、戦闘態勢になった。
大蛇は竜輝をにらみつけると、大きな口を開けて、竜輝に向かってきた。
その口は竜輝を丸ごと齧り付くぐらいの大きさだった。
実久が竜輝の前に壁を作り、大蛇の勢いを殺すと、竜輝は壁を土台に飛び上がり、大蛇を殴打した。
大蛇の生首に穴が開いたが、すぐに再生していった。
「すぐに戻るのかよ。」
「コアの位置が分かれば、僕が破壊します。」
巧太はそう言って、スキルで寛人のコピーを出現させた。
「あの骨全部剥がすか。お前らもぼさっとすんなよ。」
竜輝と翠と深琴で寛人のコピーと共に大蛇を攻撃した。
すると大蛇が口から液体を吐き出したので、みんな避けた。
それは強力な酸で、地面の骨がドンドン溶けていった。
「あの液体ヤバいな。」
「リーカーと同じ毒かもしれません。」
「毒でやられた亡霊の仕返しか。上等だよ。」
大蛇は一旦後ろで振りを付けると、勢いよく転がってきた。
寛人のコピーがそれを剣で受け止めようとしたが、飛ばされてしまった。
その後ろで竜輝と翠と深琴が三人掛で武器で抑えると、回転は漸く止まった。
そこで今度は竜輝がスキルで頭を殴打すると、大蛇の生首はバラバラになった。
その中からコアが飛び出した。
それを中心に再び骨が集まろうとしていた。
「そうはさせません。」
巧太が骨が集まる前にコアを破壊した。
集まっていた骨は全て地面に落ち、元の散乱とした状態に戻った。
「もう大丈夫だろう。行くぞ。」
馬を呼んで<ペテルス鉱山>に向かって一直線に進んだ。
暫く馬を走らせると、岩山の端付近に魔物が岩を抱えて待機しているのが見えた。
「待ち伏せしてんのか。」
「まだ岩を持っているってことは、ここまで王国軍が来ていないということかもしれません。」
「さっさと倒して先に行くぞ。」
まず遠くで巧太が1体を狙い撃つと、それに気づいた他の魔物がこちらに向かってきた。
魔物は岩を投げることしかできなかったが、戦闘時は皮膚を硬直させていたため、一撃必殺とはならなかった。
それでも難なく敵を倒すと、下の方から音が聞こえた。
「ヤバい、王国軍が追いついてきた。」
王国軍を足止めするはずの敵を倒してしまったので、王国軍はスイスイと進行していった。
竜輝たちは慌てて馬に乗り、王国軍の後を上から追った。
すると下の道の出口付近で、王国軍が立ち止まった。
その前方には三頭のワニがいたため、その相手をしていた。
「チャンスだ。俺たちはこの先で降りて鉱山に行くぞ。」
竜輝たちは王国軍と魔物の死角から下に降りると、魔物の後ろを横切って、<ペテルス鉱山>へと続く街道を走っていった。
道中大した敵は出てこなかったので、サクサクと進んでいき、<ペテルス鉱山>の前まで辿り着いた。
鉱山の前は鬼のような角が生えた牛の門番が構えていた。
「これは倒すしかないだろうな。」
「今までの魔物と雰囲気が違う。」
「あぁ、強そうだな。」
門番から放たれる威圧は半端ではなく、今まで様々な試練を越えてきたメンバーも多少足が震えた。
門番は竜輝たちに気付くと落ちていた石を拾い投げてきた。
それは弾丸並みの速さで、咄嗟にガードした実久の盾を貫き、太ももに当たった。
実久はあまりの痛みにその場に倒れ、転げ回った。
「足の骨が折れているかもしれません。治療には時間がかかりそうです。」
「石を投げただけでこの威力かよ。」
竜輝はその威力に呆れてしまった。
すぐに勇樹が駆けつけて治療を開始し、実久は何とか力を振り絞って、前に壁を作った。
門番は更に石を拾い上げていたので、残りの四人は互いに離れて、狙いを付けられないように動き回った。
巧太は囮も兼ねて、スキルで寛人・聖也・彰・秀吉のコピーを出した。
そして遠くから、門番の手を狙っていったが、矢はいとも簡単につかみ取られた。
「矢では気を逸らすことしかできません。」
「近づくしかねぇか。」
竜輝よりも先に寛人と彰と秀吉のコピーが接近していた。
すると門番は石を落とし、前傾姿勢で構えると、向かってきたコピーにタックルした。
三人のコピーは武器で抑えようとしたが、弾き飛ばされた。
「おいおい、三人掛で止まらないのか。」
「あの三人で無理なら、私たちでは無理。」
「どうすんのこれ。」
その様子を間近で見ていた竜輝と深琴と翠は、あまりの力の差に呆然としていた。
しかしそんな暇もなく、門番は竜輝に向かって前傾姿勢を取ると、タックルしてきた。
竜輝は武器で抑え込もうとしたが、当然綺麗に吹き飛ばされた。
倒れた竜輝は力を振り絞り、掴んだ<Tボール>を門番に投げた。
それを門番は手で弾き返そうとしたが、<Tボール>は手に張り付いて作動し、門番の左腕で電流を発生させた。
門番は少し苦痛の表情を見せたが、すぐに体勢を立て直した。
「効いてないのか。」
「いいえ、少しマヒしているようです。」
巧太が左腕を狙うと門番の反応が遅れ、矢が手に刺さった。
<Tボール>が効いたと分かると、今度は深琴が<Tボール>を右腕目掛けて投げた。
すると門番はマヒした左腕を引き千切り、棒のように振り回した。
深琴の<Tボール>はその左腕に当たり、追加でダメージを与えることは出来なかった。
吹き飛ばされていた三人のコピーは起き上がると再び門番に向かっていった。
また門番は前傾姿勢になったが、今度は巧太と聖也のコピーが矢で援護し、門番は前傾を解いた。
三人のコピーは武器で門番を攻撃しようとしたが、左腕で対応してきた。
その腕は寛人の剣でも骨を断てなかった。
「どんだけ硬い骨なんだよ。俺たちも行くぞ。」
漸く竜輝も立ち上がった。
竜輝と深琴と翠もコピー三人に加わり、六人体制で門番を攻め立てた。
骨もそうだが、体の筋肉も硬く、皮を数センチ傷つけるしかできなかった。
「<Tボール>をこの距離で当てるぞ。」
竜輝がそう言うと、竜輝と深琴と翠の三人は<Tボール>を取り出し門番の体に投げた。
門番はそれを避けることは出来ずに体に張り付いた<Tボール>は電流を発生させた。
門番の動きはピタッと止まり、その場で仁王立ちしていた。
竜輝はすぐにスキルで右肩を殴打し、吹き飛ばした。
両腕を失った門番は、竜輝に噛みつこうとしたが、その頭をまたスキルで殴打し、吹き飛ばした。
それでも門番は倒れこまなかったので、彰のコピーがジャンプし、上から門番を串刺しにした。
一度では深くまで行かなかったので、秀吉のコピーが槍を上から叩きつけ、槍は体を貫いた。
「二人でエグイことするなぁ。」
「頭吹き飛ばすあんた程ではないって。」
その光景はかなりグロテスクではあったが、全員で門番を攻撃し、やっとのことで門番を消滅させることができた。
「やっと終わったか。勇樹、実久の治療はどうだ。」
「もう少しで終わります。」
戦闘が始まってずっと実久の治療をしていたが、それもようやく終わりそうだった。
「俺たちは先に鉱山に入るから、終わったら来いよ。」
「分かった。」
勇樹と実久を残して、四人で鉱山の中に入っていった。
「渡瀬さん。もう少しで治療は終わりますが、痣が残ってしまいそうです。」
「いいよそれぐらい。どうせこっちの世界の間だけだろ。」
石をぶつけられた太ももにはゴルフボールぐらいの痣ができていた。
痣自体は治療ができなかった。
「これで完了です。痛みはありますか?」
「問題ない。普通に歩ける。」
勇樹の治療も終わり実久は立ち上がると、屈伸をして問題ないか確かめた。
そうしていると後方から王国軍が近づく音が聞こえた。
「ヤバいもう追いつかれた。」
「中に入って知らせないと。」
勇樹と実久は慌てて鉱山の中に入った。
後ろには王国軍の斥候部隊が来ていた。
「敵はいなさそうだ。ブライト様に知らせるぞ。」
斥候部隊が戻って数分でブライトは<ペテルス鉱山>の前に来た。




