32 10日目:対軍隊の始まり
32 『10日目:対軍隊の始まり』
「軍の研究ってなんだろうな。」
「ヤバい兵器でも作ってんのか。」
「研究については俺たちの試練には関係ない。」
「あまり軍のことに首を突っ込まない方が良いって。」
彰と竜輝は軍の研究内容に興味を持っていたが、人体実験のことをみんなに隠している寛人と聖也は、二人には深追いしない方向に話を持っていった。
四人はメンバーのもとに着く前に、今日の作戦について話し合った。
マーティンたちに話を聞くまで、砦の黒い靄と戦うと想定していなかったため、さきほどブライトから聞いた敵の特徴をもとに、どう戦うのかを。
「まずは英水のスキルで本体を見つけ出さないと。」
「昨日見た靄って、攻撃効くのか?」
「靄は完全無視して、本体を叩きに行くしかないかもな。」
「それなら純のスキルで閉じ込めるか。」
昨日ブライトたちが戦っているのを直接見たわけではなかったので、果たして靄に自分たちの攻撃が聞くか不安だった。
「あの部屋の外には出ないなら、とりあえず全員で行くか?」
「今日から参加する中島さんと伊丹さんには荷が重すぎるだろ。」
「それなら何人か外に残すか。」
「いや、地下室に入らなければ二人も近くにいた方が安心だろう。」
初参加の二人は、洞窟内でも大した作業をしていなかったので、群を抜いてステータスが低い。
はっきり言って、この二人が地下室に入るのは足手纏いでしかなさそうだった。
「全員でまずは3階の隠し部屋のある部屋まで進もう。
その後はいつもの七人と英水と純、そしていざという時に身代わりが使える金野を連れて地下室に行く。
その後は、やっとみないと分からない…。」
「まぁとりあえずはそれでいいかもな。」
寛人が大まかな作戦を立て、三人も賛同した。
四人はメンバーに今日の説明をしたが、もちろんメンバーからは寛人と同じように砦を素通りしないことの疑問が上がった。
「あの地下室は軍の実験施設があるらしい、王国軍は俺たちが元の世界に戻った後も戦争が続く。
こっちの世界の事情は俺たちが首を突っ込むべきじゃない。」
寛人はマーティンに説明されたようにメンバーに話し、付け加えて深追いしないように忠告した。
元の世界とこの世界とでは戦争の価値観が全く違うことはみんな認識していたので、寛人の言う通り研究については、そっとしておくことにした。
「<ラテラ>の日が昇る前に砦に侵入するぞ。」
寛人はそう言って、砦まで向かった。
<シアタ>の日が落ちる前でも砦の中は暗く、すでに骸骨が配置されていた。
寛人たちは骸骨を討伐しながら3階の部屋へと向かった。
部屋に着いた頃には完全に<シアタ>の日が落ちていた。
「さっき話したメンバーは今から地下に行く。
残りのメンバーは俺たちが挟撃されないように、この部屋の死守を頼んだ。」
寛人たち10名は秘密の扉を抜けて、地下室へと向かった。
残りの18名は近距離組を扉の外、以外を扉の中に配置し、地下への侵入を防いでいた。
昨日の経験で、骸骨の戦闘能力は中島と伊丹以外には問題のないレベルだったので、中を守っていた遠距離組は少し肩の力を抜いていた。
「構えてなくても外のみんなが倒してくれるよ。」
「はぁ、なんで僕だけまだなんだろう。」
「大丈夫だよ。巧太くんもいずれ覚醒するって。」
クラスのメンバーの中では唯一巧太だけがまだ覚醒していなかった。
巧太は序盤から戦闘に参加していたこともあり、このことをかなり悩んでいた。
もしかしたら自分は覚醒しないのでは、と常々同室の純や勇樹に話していた。
「僕も力を手に入れて、咲田くんや乾くんのように活躍したいなぁ。」
「僕たちにはあそこまでの活躍は難しいって。
特に咲田くんの強さは同じ高校生とは思えない。」
「はぁ、情けねぇな。同じ班なんだから、もっとしっかりしろよ。」
巧太と勇樹の会話を聞いていた実久が、後ろから二人に声を掛けた。
「誰かの様になりたいとか、誰かに認められたいとか。
もっと自分に自信持てって。少なくても王国のやつよりはうちらの方が強いんだから。」
「渡瀬さん、ありがとうございます。」
「硬いよ。それに感謝されるようなことでも。」
巧太の感謝に実久は少し頬を赤らめた。
この戦いがなければ、決して話すことのなかった組み合わせなので、巧太は実久との会話にまだぎこちなさがあった。
「だいぶ外静かになったな。」
「そうですね。咲田くんたちが地下に着いたから、魔物の出現が終わったのかもしれません。」
先までは外で魔物たちと戦っている声や音が聞こえていたが、それが一切なくなった。
黒いシミから湧き出る魔物は地下の魔物が召喚しているという話だったので、寛人たちが到着して落ち着いたのだと思っていた。
すると入り口の扉がギィィっと開き、晴花と楓が玲奈を担いで入ってきた。
「玲奈の治療を。」
「どうしたの、そんなにボロボロになって…。」
晴花と楓は地下のもとまで玲奈を運び、千佳が玲奈の治療を開始した。
「マネキンの中に強い個体がいて、今胡桃ちゃんが抑えてくれています。」
「たぶん、あれは、昨日行方不明になった王国軍の人だと思う。」
晴花と楓が状況を説明していると、マネキン兵の軍団が部屋の中に侵入してきた。
巧太と翔太はすぐに弓で応戦した。
格好は晴花の言う通り王国軍の装備だった。
「うそっ!胡桃ちゃんが戦っていたはずなのに…。」
「もしかして、胡桃もあのシミに…。」
「胡桃もって何?外で何があったの?」
実久が問いただすと、晴花と楓は目を合わせ、外での状況を話した。
「初めは昨日の戦いのみたいに順調に魔物を倒していたのだけど、王国軍のマネキンが現れてから次第に押され始めたの。」
「すると私たちは分断されて、そのうち灰島先生と深琴が黒いシミに吸い込まれていったの。
翠は深琴を助けようとして、同じように…。」
「深琴と翠が吸い込まれた…。」
実久は晴花と楓の報告を聞いて愕然とした。
自分たちが話をして気を抜いているうちに、深琴と翠が敵の手に落ちてしまったことに。
「みなさん、悠長に会話している暇はありません。」
マネキン兵は陣形を取ってメンバーを囲んで、弓の攻撃は半分盾でガードされた。
以前の王国軍の装備では<ウィザラー>の攻撃を防ぐまでの性能はなかったので、地下の魔物に取り込まれることで、力が強化されていたようだった。
その後ろには明らかに他のマネキン兵と風貌の違う兵がいた。
「あれって、昨日亡くなったって言われた王国軍の隊長では!?」
「隊長クラスって下手したら…。」
「私たちの手には負えないかも…。」
トビアスの合図で近接兵が一気に攻めてきた。
昨日までの骸骨と違い、力だけでなく戦い方もきちんと構成されていたので、魔物のとの戦いではほとんどない緩急の攻めにメンバーは翻弄されていた。
その攻撃を今いるメンバーで必死に耐えたが、全く手が足りていなかった。
「勇樹くん、咲田くんたちに連絡を取って救援を!」
巧太に言われて勇樹は寛人と連絡を取った。
何度かコールしたが、中々出てくれなかったが、やっと寛人と繋がった。
「どうした勇樹!?」
「中央の部屋が攻められて僕たちの手だけでは対処できません!助けに来てください!」
「すまん、こっちも手が離せない…。」
そう言って寛人との連絡が終わった。
通信の向こう側の寛人は戦闘中のようで、剣がぶつかり合う音が聞こえていた。
「高島、寛人はなんて?」
「向こうも手が離せなくて、援護は難しいって…。」
「マジかよ!」
中央の部屋のメンバーも分断されつつあった。
隠し扉は中島が必死に守っていたが、いつまで持ち堪えられるか分からなかった。
「(僕にも咲田くんや乾くんの様な力があれば…。)
お願いです!みんなを守る僕にも力をください!」
すると巧太の弓は光出した。
巧太はその弓で後方に構えていたトビアスを射抜いた。
しかしその矢は盾で防がれたのだが、その矢が突然寛人の姿に変わった。
そしてそのままトビアスの周りにいたマネキン兵を撃破した。
「寛人いつの間に。」
晴花が声を掛けたが、その寛人は返事をせず、今度はトビアスと戦闘を始めた。
「あれは本物の咲田くんではなく、僕のスキルが生み出した咲田くんのコピーです。」
巧太が晴花に答えた。
その後も巧太は全てのスキルを使い、聖也と彰と竜輝のコピーを出現させた。
それからはあっという間で、リーダーのコピーたちが次々と敵を倒していき、終いには寛人のコピーがトビアスを倒し、中央の部屋は元通りになった。
すると今度は入り口から菊池と菫が入ってきた。
「みんな大丈夫!?…みたいね。」
「先生!」
菊池は安心するとその場に倒れた。
すぐに寿葉が駆け寄って菊池を治療した。
巧太のスキルで中央の部屋は何とか守り抜くことができた。
「良かったね、巧太くん。」
「うん。」
巧太と勇樹は嬉しそうにしていた。
―<ケイローン橋>砦の地下室前の寛人たち―
「ここを入れば例の靄との戦いになる。まずは英水の分析を待って、みんな不用意に近づかないように。」
「了解。」「任せて。」
寛人たちは部屋の中に入ると、部屋の奥の方に黒い靄がいて、その手前にはマネキン兵が構えていた。
「これ昨日居なくなった王国軍か?」
「多分そうだろう。」
「可哀そうだが、俺たちの手で倒してやるぞ!」
寛人たちとマネキン兵の戦いが始まった。
美郷はその後ろで黒い靄のコアや本体の居場所を探索していた。
「(あの靄にコアが無いのは確かだけど、本体はどこなの?)」
美郷は怪しそうな場所を探索して回ったが、一向に本体の位置が分からなかった。
「美郷、分かったか?」
「あの靄にコアが無いのは分かったけど、本体がどこにいるか分からない。」
彰に言われて答えたが、本体の捜索にはてこずっているようだった。
すると地面に例の影が現れた。
「みんな影が現れた。踏まないように気を付けろ!」
寛人がその影に気付き、みんなに警告を出した。
メンバーはその影を避けたが、全く気にも留めていないマネキン兵がその影を踏むと、昨日と同様に足を捉えられて、靄の所まで連れていかれていた。
「あの影、敵味方見境なしかよ。」
「逆に助かる。」
靄に再び吸収されたマネキン兵は、今度はコアが2つになり、色も黒くなって出てきた。
そのマネキン兵は竜輝を攻撃し始めたので、竜輝はその相手をした。
「助かるとかじゃねぇ。だいぶ強化されてるぞ…。」
竜輝は黒マネキン兵の攻撃を何とか耐えながら、皆に注意した。
「だけど、俺の敵ではねんだよ!」
馬鹿力を見せた竜輝は、強引に黒マネキン兵を吹き飛ばし、撃破した。
すると今度は靄の中から、メンバーが想像していなかった者が出てきた。
「まさかあれって…。」
「間違いない…。灰島先生と禅野と月下だ…。」
寛人たちの前に現れたのは、黒いシミに掴った灰島たちだった。




