31 10日目:事情の始まり
31 『10日目:事情の始まり』
「今日早く来いって何だろうな。」
「隊長が死んだからそのことなんじゃ。」
リーダーたちは昨日の戦況報告後にマーティンから今日早めに会議室に来るように言われていた。
その理由は言われなかったし、四人も聞く元気はなかった。
「それより昨日<カグチ輝石>を手に入れたから、宝飾品生成装置を作って目当ての効果を出すぞ。」
「それにしてもすぐに手に入るなんて、運が良かったな。」
「お前の指輪の効果じゃないか?」
「これか。」
寛人も自分が身に付けた運気向上の宝飾品は眉唾物だと思っていたが、予想以上に効果があったようだ。
昨日の<イーボ>戦で手に入れた<カグチ輝石>から5台の宝飾品生成装置を作成でき、合計6台となった。
チームごとにローテーションし、経験値上昇などの強力な効果がある組み合わせの発見を急いだ。
「今日中に見つかるかなぁ。」
「なんか理科の実験みたいで眠くなってくる。」
「寝たらほっぺつねるよ。」
「いいよ。お前の握力だと気持ち良いぐらいだ。…いたっ!」
まずA班が作業を行っていた。
1人当たり1時間で約100通りの確認ができたが、それでも全部の組み合わせを試すには13時間以上必要であったため、今日見つかる可能性は50%以下だった。
彰と美郷は隣に並んで仲良く作業をしていたが、彰に挑発されたので美郷が彰のほっぺをつねると、彰のほっぺは赤くはれた。
この戦いで矢を放ち続けた美郷の指の力は中々のものであった。
「しっかり目が覚めたみたいだね。」
「おかげさまで。」
その後は黙々と作業を続けていったが、目ぼしい効果は見つけられなかった。
1時間が経ちB班と入れ替わった。
「こういう作業気が狂いそうになる。」
「俺も細かい作業は苦手。」
「男子たち手を止めるな!」
「すみません。」
聖也と大輔は細かい作業が苦手、20分で音を上げさぼり始めた。
すると千佳に注意されたので、しぶしぶ作業を再開した。
この1時間でもダメだった。
次は寛人たちC班と入れ替わった。
「ふぁー。もうギブ。」
「ギブって、まだ10分しか経ってないよ。」
普段からやる気のない翔太は早々にギブアップした。
これは寛人も想定済みだったので、菊池を呼んでいた。
菊池は翔太の後ろでプレッシャーを与えていたので、翔太も逃げられなかった。
「来たっ!」
C班の番になって30分過ぎたところで寛人が立ち上がった。
宝飾品生成装置の画面には完成後の付与効果に経験値増と出ていた。
寛人は純にすぐ合成室に来るように伝え、純も報告を聞いて飛んできた。
「咲田くん凄いです!」
「この指輪の効果なんだろ。」
「運が上がっても100%ではないので、やっぱり凄いです!」
純は大興奮していた。一同この発見にホッとしていた。
「早速この石を街で買い占めてきます。それとまだ終わりではないですから。
もっといい効果もあるかもしれないので、全ての組み合わせを試してください。」
「まだやんのかよ。」
「はい、言われた通り手を動かす。」
翔太はやっと終われると思い、席を立ちあがったが、菊池に肩を押され、再び席に戻された。
純は同じA班の彰と秀吉を連れて、街まで石を買いに行った。
C班はその後も粛々と作業を進めていき、1時間が経過した。
次はD班だったが、翔太と同じく竜輝も目的の効果を見つけたがまだ続けることに不満を漏らしていた。
「もう寛人が見つけたから終わりだろ。」
「文句言わないで行くよ。」
実久が竜輝を引き摺るように合成室に連れ込んだ。
竜輝たちが合成室に入って間もなく、純たちが街から戻ってきた。
D班以外は休憩所に集まった。
「街ではほとんど売ってませんでした。」
「それなりにレアな石だった。」
純と彰が残念そうに報告した。
「今ある数だと6個しか出来ません。」
「また選別するのか。しかもチームで割り切れない。」
純が洞窟内にある石の数と合わせて計算すると6個分しか作れない。
しかもそれはチームで均等に割ることができないので、誰に付与するのか選別するのが難しそうだった。
「パターンZで先頭に立つ男子に付与したらいいと思う。」
千佳の横に座っていた楓がぼそっと言った。
「そうだな。元々寛人に追いつくためにやってたことだから、寛人以外の六人が付ければちょうどいいな。」
「俺もそれでいい。」
聖也と寛人は楓の意見に賛同した。
みんなも反対しなかった。
「それでは経験値増を付与するメンバーは決まりですね。
それと試して分かったことがありまして、宝飾品の効果は3つまで付けることができます。」
「3つ身に付けるとどうなんだ?」
「最初の2個分以外は効果が反映されません。」
純は街で買った宝飾品で、効果が何重まで付与されるか試していた。
3つまで効果が付けれるのなら、戦略の幅がひろがるため、かなり有能は情報だった。
「しかも指輪の部分だけなら合成で作れるので、26個は作くれます。」
生徒と先生合わせて26人分はすぐに作れるので、今のところ1人2つの効果を割り当てることができる。
「それなんですが。」
「どうしたんですか中島さん?」
今までずっと黙って聞いていた中島が口を開けた。
「今日から私たちも戦いに出ようと思っています。」
「そうですか!お体は大丈夫ですか?」
「えぇ、もうこの通り。私も戻るためにいつまでもぼさっとしている暇はありませんので。」
「伊丹さんもいいのですよね。」
「はい。私も戦います…。」
中島は伊丹と共に今日から戦場に出ることを告げた。
中島は健康アピールし、やる気満々だったが、伊丹はしぶしぶな感じがあった。
「純、あと4つ作れるか?」
「多分大丈夫だと思います。」
「なら中島さんは俺たちC班に、伊丹さんはB班に参加してください。」
「お願いします。」
そうこう話しているうちにD班の1時間が終わったので、D班も休憩所にやって来た。
「どうだ?面白いのは見つかったか?」
「巧太と勇樹が良いの見つけたぜ。」
聖也が聞くと竜輝が巧太と勇樹の背中を叩いて前に出した。
巧太と勇樹は照れ臭そうに前に出てきて、手に持った宝飾品生成装置をみんなに見せた。
そこにはスキル回数増とスキル効果増が表示されていた。
「これいいじゃん!」
「ナイス、巧太と勇樹!」
聖也と彰が二人を褒めたので、二人は余計恥ずかしそうだった。
今までの戦闘で、あと1回スキルが使えたら、あともう少しスキルの威力があればと思う場面があったので、痒い所に手が届く汎用性の高い効果だった。
「しかもこの石ならそこそこ手に入ります。」
宝飾品生成装置の中の石を見て純が言った。
「じゃあ、組み合わせの作業は今日はここまでだな。」
「1周したしそれでいいよ。」
「俺たち早めに来るように参謀に言われているから、早いけど夕食にしよう。」
寛人たちはいつもより早めに会議室に行くようになっていたので、いつもより1時間早く夕食の準備が始まった。
最近の夕食は豪華で、前菜とスープにメインが2品も付いた。
でもみんなの口癖は米とみそ汁が恋しいであった。
夕食が終わるとリーダー四人分の宝飾品を作った。
聖也と彰は経験値増とスキル威力増、竜輝は経験値増とスキル回数増を選んだ。
「俺はまだこれを付けるのか。」
「お前のおかげで良いことあったから、験担ぎに付けてくれよ。」
聖也に言われ、寛人はいやいやながら運気向上を継続することになり、追加でスキル回数増を選択した。
四人は準備が終わると<アイグネル草原>へ転移した。
―<アイグネル草原>会議室のマーティンたち―
「参謀殿、砦の魔物退治を<ウィザラー>に任せてよいのか。」
「あの魔物は我々の手には余る。仕方ないが、彼らにやってもらうしかない。」
マーティンと英雄たちが会議室の中で砦の攻略について話し合っていたが、ブライトは<ウィザラー>に攻略を任せることを躊躇していた。
「だがあの研究内容を見られたら。」
「それは急いで誰かが回収すればいい。」
「しかし…。」
「ブライト、あんまり難しく考えなくても大丈夫だって。」
アンドリューはいつも通り飄々としていて、アレクサンドラはただ静かに座っていた。
そこに見張りの兵が入ってきた。
「<ウィザラー>代表4名が到着しました。」
「よし、通せ。」
マーティンたちは会議室奥で寛人たちを待ち構えていた。
寛人たちは座らずに入り口に四人で並んでいると、マーティンが口を開けた。
「早くに呼んですまなかった。君たちにお願いがある。」
「<ウィザラー>には砦に巣くう魔物を撃破していただきたい。」
アンドリューが寛人たちに指名を告げた。
予想外の話だったので、四人は驚いた。
「砦は素通りしないのですか?」
寛人は当然の疑問をぶつけた。
もう橋全体は制圧しているので、砦の地下に封印されているような魔物を相手にする必要を感じなかったためである。
「あれが砦にいる限り、夜になると砦から魔物があふれ出る。
それにあの地下は軍の研究施設の一部のため、国王から出来る限り資料を持ち帰るように命令が下っている。」
地下で見たあの光景を思い出すと、マーティンの言うことも納得できる。
ただ、寛人と聖也は研究と聞いて、すぐに手紙に書いてあった人体実験を思い出した。
だが、王国から離れた辺鄙な橋の砦で人体実験をするとは考えられない。
「軍の研究というのは。」
「すまないがこれは極秘である。
君たちは魔王を倒せば終わりかもしれないが、我々はそのあとも隣国との戦争が続くのだ。」
寛人は恐る恐る研究について聞いてみたが、当然教えてはもらえなかった。
今の魔王討伐しか頭になかったが、魔王がいない間も軍を維持していたのは、普通に戦争がある地域であったからだ。
「分かりました。砦の制圧は私たちでやります。」
「では私が昨日戦った時のやつの情報を君たちに伝えよう。」
寛人が承諾すると、ブライトが昨日の戦いの内容を寛人たちに伝えた。
「お前たちも見ていたと思うが、やつは影を自在に操り生き物を捉え、それを吸収して魔物を吐き出す。
砦のそこら中にある黒いシミは、魔物を出現させるだけではなく、人を飲み込みあの部屋まで送り届けている。
なのであのシミには十分に気を付けろ。
あと昨日は靄で全体が見えなかったが、やつの本体はあの靄とは別にいる。
それが何かは私には分からなかった。
私の力不足で君たちに負担を強いることになった。」
「問題ありません。私たちの手で、砦を取り戻します。」
マーティンたちとの会話が終わると、マーティンが隊長たちを呼び、いつもの会議が始まった。




