03 1日目:出征の始まり
03 『1日目:出征の始まり』
―王国軍との合流まであと14時間―
奇妙な夜から一夜明けた。
木のベッドは固く、布団も薄いので、寝心地は最悪だった。
洞窟内は朝でもひんやりとして、みんな寒さで自然と目が覚めた。
それでも一晩寝たこともあって、みんな昨日よりは落ち着いていた。
「先生、汗と埃でべとべとで気持ち悪いです。」
「喉乾いたし、お腹もやばいです。」
生徒からはタラタラと不満が漏れていた。
「外に出て調達に行きたいが、無防備で出ていくのは危険だから、
まずは武器庫で準備を行う。
武器は簡単に相手を傷つけてしまうから、決して悪ふざけはするな。」
灰島が生徒たちにくぎを刺し、一同は武器庫へ向かった。
武器庫の前に付くと聖也は昨日やったように扉にスマホをかざした。
扉は自動で開き、中にある武器や防具を見て男子たちは歓声を上げた。
「まずは防具だが…、乾、この鎧を着てみろ。」
「分かりました。」
灰島は聖也に指示すると、聖也は返事をし目の前の鎧を身に着けた。
「どうだ。動けるか。」
「いや…、重くて…、思うように動けません…。」
全身に鎧を身に着けた聖也はまるでブリキの人形のようにカクカクと動いていた。
「やはり私たちの筋力では鎧は重過ぎるのだな。乾脱いでいいぞ。」
聖也はすぐに脱いだが、少し動いただけでも汗をかくぐらいの運動量であった。
「すっ、すみません。初期装備は籠手や脛当てやローブとか、軽装備が良いと思います。」
またも純が手を挙げ、ぼそっと発言をした。
「私より猪瀬の方がこういうのに向いているのだろうな。
(こういうのを生徒に任せるのは忍びないが、仕方ない。)
猪瀬、この場はお前に任せた。お前たちも猪瀬の指示に従うように。」
「はい」「は~い」
灰島の指示に普段いじられ役の純は頼られることに照れ臭そうに返事をした。
他は適当に生返事が返ってきた。
「それで純、どうすればいい。」
彰が純に問いかけた。
「まずは適性武器によって防具は変える必要があるので、
近距離武器の剣・槍・鎚の人は、籠手,脛当て,胸当てを装備してください。
盾の人は、多少動きにくくても耐力が必要なので、胴は鎧で固め、籠手と脛当ては近距離の人と同じにしてください。
最後、遠距離攻撃の弓と、それとグローブですが昨日マニュアルを見たら、グローブは回復特化の魔装具のようなので、グローブの人はローブを装備してください。」
純の指示に従って、一部はしぶしぶ装備を始めた。
「なにこれ、めっちゃ重いし。こんなんじゃまともに動けねぇし。」
「ぷっ、実久ちょーイケてるって。」
「笑うんじゃねーよ。お前らも大概だからな。」
実久と深琴と翠はいつものようにじゃれあっていた。
実久も深琴も翠もダンス部で、実久は竜輝と仲がよく、普段から一緒にいることが多い。
深琴は2人がダンス部に入るきっかけを作った、あと大学生の彼氏がいる。
翠は3人の中で一番ダンスがうまいが、ダンス部以外とは基本つるまない。
彼女たちが女子たちの中では一番今の環境に適応していた。
「うぉ、なんだこれ。スゲー!」
「どうした勇樹。」
いきなり声を上げはしゃいでいる勇樹に彰が声を掛けた。
「どうしたも、ローブの内側に変な枠があったから、
試しにスマホをはめてみたら、目の前にばーっと。」
勇樹が興奮気味にそう説明すると、他の生徒たちもそれに続いた。
「マジだなにこれ!」
「あっ、胸当てにも枠が付いてる!」
一同新たな発見に興奮した。
スマホを防具に設置しておくと、目の前にスマホ画面が表示され、
左にスライドすると画面が消え、右にスライドすると画面が表示されるようになっていた。
一通り興奮すると、各々の武器を手にした。
武器はなんて事のない、鉄製の武器だった。
「おい翠、その剣ちょっと貸せよ」
「別にいいけど」
竜輝は翠の横にあった剣を持ち上げようとした。
「うぉっ、なんだこの剣!めっちゃ重いじゃん。」
「いやいやそんなわけねーし」
竜輝が両手で抱え込んだ剣を翠はひょいっと持ち上げた。
「多分適性のない武器は扱えないのだと思います。」
大人しい純にとっては、竜輝のようなマイルドヤンキーは天敵なので、
ぼそっと竜輝にギリギリ聞こえる音量で呟いた。
「ちっ、まぁこの棒切れでもいいか。」
「装備は終わったか。」
頃合いを見て灰島が声を掛けた。
「次は水の調達、食料の調達、資材の調達の3班に分かれて、
最低限の生活ができるように基盤を固める。
食料は菊池先生、資材は私が引率する。
水は引率者がいないから男子のみで行ってもらう。くれぐれも無茶はするな。」
生徒たちは3班に分かれ、
水の調達部隊は寛人・聖也・彰・秀吉・将文の5名の運動部男子で構成された。
「2時間後までには洞窟に戻ってくるように。それでは取り掛かれ。」
「はいっ」
灰島の号令に返事をし、うずうずしていた男子たちは一斉に飛び出していった。
「寛人見ろよ!すげーこれが外の世界か!」
「聖也あんまはしゃぐなよ。」
「別にいいじゃんか。」
久しぶりの外の景色に聖也はだいぶはしゃいでいた。
同様に彰もはしゃいでいたが、そっちは秀吉が抑えていた。
秀吉は彰と同じ野球部でスラッガーでもある。言葉数は少ないが彰を慕っている。
「で、どっちへ行こうか。」
「最初にモニタールームの地図を見たときに、洞窟の西に川があった。」
「秀吉ちゃんと見てたんだなぁ。」
彰は秀吉の観察力をほめた。
「でも西ってどっちだ。」
「昔なんかで、陰りやすい樹木の北側はコケが多く付くって聞いたことがある。」
「こっちの世界が、元と同じかわからないが、今はそれに頼るしかないか。」
将文の頼りない知識に寛人が賛同し、みんなもそれに従った。
樹木のコケを頼りに西を目指し、迷わないように通った道に印をつけながら川を探した。
歩き始めて10分も経たないうちに川にたどり着いたが、深い谷だったので、下流へと進んでいった。
更に20分ほど歩いたところに湖を発見した。
「おっ、湖があるじゃん!」
聖也は湖を見つけると、ダッシュで駆け寄り、湖に飛び込んだ。
「気持ちいい!お前らも来いよ!」
「そうだな!」
普段クールな寛人も、気持ちよさそうな湖に少しはしゃいだ。
5人は水浴びをし、リフレッシュした。
「ふぅ。それより水どうやって運ぼうか。」
「持ってきたみんな分のペットボトルには汲んでいくとして…。」
「あっ」
聖也と彰が相談していると、将文が何かを発見したようだ。
「どうした将文。」
「寛人くん、地図で確認したんだけど、この湖チェックポイントになってる。」
「マジか!なら案内人が言ってた通り、転移が使えるなら飲み水だけ持ち帰ればいいじゃん。」
将文の発見に聖也が興奮気味に発言した。
5人がペットボトルに水を汲んでいると、聖也が提案した。
「試しに洞窟まで転移を使ってみないか?」
「俺も賛成だ。今後重要な機能になっていく気がする。」
聖也の提案に彰が賛同した。残りも少し考えたが、やはり賛成だった。
「転移の仕方は分かるか?」
「マニュアルによると地図上の青文字を選んで、次に<転移>を選ぶだけっぽい。」
「そうか。」
聖也の説明を聞いて間もなく、寛人は<転移>をタップした。
寛人は一瞬でその場から消えてしまった。
「マジかよ!ってあいつ水を忘れてるぞ。
しょうがねぇなぁ」
そう言うと聖也は寛人の分の水も拾い上げ、続けて<転移>をタップした。
彰・秀吉・将文も続いていった。
―洞窟の復活ポイント―
「うぉ。本当に洞窟までワープした。」
「…誰かいるの?…あれ、咲田くん?」
「篠宮か」
洞窟内の物音に気付いた晴花が、様子を見に来たようだ。
晴花はバレー部で寛人と幼馴染でもある。高校に入ってからはあまり寛人と会話をしていない。
「水汲んだから、試しに洞窟まで転移って機能を使ってみた。」
「へぇ。そうなんだ…。」
久しぶりの会話に少し沈黙が続いた。
「私作業があるから行くね。」
「あぁ」
晴花はそう告げると部屋を出ていった。
間もなく聖也たちも洞窟に到着した。
「スゲー!マジで洞窟じゃん!」
「あぁやっと来たか。」
興奮する聖也に寛人が反応した。
「やっとじゃねーよ。寛人、水は持って行けよ。」
「すまん。忘れてたわ。」
―王国軍との合流まであと9時間―
「檜山たちが見つけた湖がチェックポイントだったので、
転移という機能を使えば安全に近くまで移動できる。
転移の安全性については檜山たちが身をもって証明してくれたが、
無茶をしたことは反省するように。」
「すみませんでした。」
彰たちは集合前にも灰島に注意されたが、
改めてみんなの前でくぎを刺された。
「資材と装置については…、私にはよく理解できない代物だったので、猪瀬、説明を頼む。」
「はい」
灰島に言われて純が前に出てきた。
「まず資材ですが、昨日菊池先生方が試してくれたように、
元の世界から持ってきたものを写してもライブラリに反映されませんが、
こちらの世界にあったものなら、写すとライブラリに反映されます。
それも地図と同様に誰かがライブラリに登録したものは全員に反映されます。
それとマップ上のこの場所、<ウィザの洞窟>を選択すると<転移><転送><蘇生>がでてくるので、
<転送>を選択すると手にしているものが洞窟の鏡の部屋に転送されます。
湖にはなかったので、多分この場所特有のコマンドなんだと思います。」
純の説明にみんな感心していた。
「次に例の装置についてですが、見てもらう方が早いので、部屋まで来てください。」
純に従って一同装置がある部屋まで移動した。
「この装置は簡単に言うと自動合成装置で、
左側のケースに素材を入れて、スタートさせれば、右側の台に合成物が出てくる仕組みです。
何が作れるかは、ライブラリの<レシピ>を選択すると、
必要な素材とその分量、できる合成物が一覧で表示されます。
試しに解毒剤を作ってみたいと思います。」
そう言うと純は左側のケースに葉っぱと木の実を入れた。
「今入れたのは<ナギキの葉>と<ヤガリの実>で、どちらも洞窟の近くで拾えるものです。
素材をセットしたら、<レシピ>から合成物を選んで、装置の真ん中にある模様にかざすと…」
そう言うと純はスマホを装置の真ん中にある模様にかざした。
すると装置は音を立てることもなく、右側に解毒剤と思しき錠剤が現れた。
「…すごい」「…魔法じゃん」
一瞬の出来事にみんなキョトンとしたが、すぐに歓声へと変わった。
「僕からは以上です。」
純は説明を終えると、灰島に合図を送った。
「猪瀬、ご苦労だった。最後に菊池先生、食料の説明を。」
「分かりました。」
純とバトンタッチで菊池が説明を始めた。
「それでは食料についてですが、
先生たち食料チームは、まずモニタールームの地図を頼りに洞窟の北東にある街に行ってきました。
街に着いて行きかう人に声を掛けましたが、素のままだと何語かもわかりませんでした。
てっきり案内人の送辞のようにドイツ語なんだと思ってました。
そこで例の翻訳機能を使ってみたら、画面を開いている間は意思疎通もでき、
文字も読めるようになったのですが、画面を閉じるとまた分からなくなってしまいます。」
便利な機能が満載だったスマホのツールではあったが、
翻訳機能については少々難ありのようだ。
「町の人と意思疎通が取れるようになり、食料はどこで手に入るのか尋ねたのですが、
やはり通貨がないとダメだということと、通貨を手に入れるには働くか素材を売るしかないとのことでした。
短時間で通貨を手にする手段はなさそうだったので、代わりにこの森で食材になる資源はないですかと尋ねてみると、
何種類か山菜と木の実を教えていただいたので、それを集めてきました。
ただ、調理器具が一切ないので、生のままでの配給になります。みんなごめんね。」
「そんなことないですよ、菊池先生」「俺は生でなんでも食べられます!」
菊池はちゃんとした食料を調達できなかった自分を不甲斐なく思い謝ったが、
生徒たちはすぐに慰めるようにフォローした。
「生でも食べ物は食べ物だ。摂取したら、各自自由にすればいい。
6時間後には砦へ出発する。」
灰島がそう告げると、みんなは配られた食べ物を口に運んだ。
木の実は甘かったりコクがあったりと問題なく食べることができたが、
山菜の方は渋く灰汁が強いものがほとんどで、生で食べられるものではなかったが、
菊池先生を思ってみんな我慢して食べた。
食事の後は湖へ水浴びに行く者、合成装置で実験する者、武器に見立て木の棒で特訓する者、
資材や食料を集めに行く者、出発まで部屋に籠る者、過ごし方は様々であったが、
6時間はあっという間で、遂に砦へ向かう時が来た。