29 9日目:橋上戦の始まり
29 『9日目:橋上戦の始まり』
―<ケイローン橋>の寛人たち―
「この橋の突破か。」
「全長1キロで中央にある砦も乗っ取られてんだろ。」
「だが砦は素通りしろってことだ。」
寛人たちは<ケイローン橋>の入り口の壁を越え待機をしていた。
昨夜の戦いで橋の東側を占拠できたので、砦の機能はほとんど<アイグネル草原>の野営地に移されていた。
今日の会議で<ケイローン橋>の砦は王国軍が攻落するので、<ウィザラー>は門を潜ったら一直線で西側へと向かい、封印石を破壊するように指示された。
能力的にそれは妥当な戦略であったが、王国軍の行動に疑念を持っていた寛人と聖也は砦の中に何かがあるのではないかと勘繰っていた。
「もしかしたら王国の秘密が保管されているのかもな。」
「そんなの魔物に囲まれる前に持ち出すだろ。」
「持ち出せないものかもな。」
「何にしろ、今は従うしかないしな。」
「あんたたち、いつも何コソコソ話してるの?」
寛人と聖也が砦の秘密について考察していると、後ろから千佳が割ってきた。
当然千佳にも英雄の中に<ウィザラー>を狙う敵がいることを話してはいない。
「いや、大きい砦ならなんかお宝ないかなぁって。」
「軍の人には近づくなって言われてんでしょ。」
「そう言われたから余計に気になるっていうか。なぁ寛人。」
「あぁ。」
突然千佳が割り込んできたので、寛人も聖也も返事がしどろもどろになった。
そのため、千佳には怪しまれた目つきで睨まれた。
「まさか、忍び込もうとか考えてないよね。」
「それはない。きっちり俺たちの使命を全うするって。」
「本当だ。」
「ならいいけど。」
千佳はあまり納得した様子ではなかったが、列に戻り楓たちと会話を始めた。
「あいつ変な所で勘が冴えてるからな。」
「まだあの話を公にすることはできない。」
「今後は気を付けて、部屋以外ではあの話をしないようにな。」
「そうだな。」
二人も列に戻って開戦を待った。
やがて<ラテラ>の日が差し込んでくると、結界の中には様々な動物の骸骨が整列して並んでいた。
その奥には砦が構えており、窓からは砲身が見えた。
「俺たちはブライトさんの部隊の後に続き、砦を一気に抜けるて橋の出口にある封印石を破壊する。」
隣で列を組んでいたブライト部隊が砦に向かい進軍した。
そして<ウィザラー>が通るために中の道を開けていった。
「撃ってくると思うか。」
「さぁな。武器持つ敵もいたし。」
聖也は砦から見える砲身を眺めながら寛人に聞いてきた。
今までの戦いで武器を使う敵はいくつも出てきたので、あの砲口から弾が出てくる可能性は十分にある。
だが、砦の前に着いても砲弾が撃ち込まれることはなかった。
「このまま真っすぐ行けば、出口の門がある。その後はお前たちに任せた。」
ブライトはそう言うと兵士を連れて砦の出の中に入っていった。
寛人たちは魔物を倒しながら、真っすぐ進んで行くと、直ぐに出口の門に辿り着いた。
門は開いており、外には正面と同数の骸骨が待機していた。
回復部隊以外に寿葉の守護獣を付け、数を減らすために秀吉が<Eクラスター>を門の外へ打ち上げた。
「一気に畳みかけて、封印石を破壊するぞ!」
寛人たちはパターンXで二つの班に分かれ、A班とB班は左側から、C班とD班は右側から攻めていった。
もはや雑魚相手なら、敵に後れを取る人はなく、多少の傷は守護獣が自動回復してくれるため、ごの班もサクサクと前進していった。
壁の付近には熊サイズの骸骨もいたが、そのレベルでも苦も無くみんな対処していた。
壁の前に着くと昨夜と同様に壁の向こうに<Mボール>を投げた。
「楽間、壁を頼んだ。」
「任せて!」
寛人の合図で菫は壁を破壊した。
壁の向こう側は予想通りで、正面の壁を破壊した時と同等の敵が隠れていた。
今回は王国軍の手助けはないが、全員で力を合わせて敵を倒していった。
寛人たちの進行は衰えることなく、そのまま2枚目、3枚目の壁を突破していった。
「みんなこの壁を壊せば封印石がある。
今回は時間にも余裕があるから、落ち着いて確実に任務をこなすぞ。」
寛人の合図でみんな一斉に、手元に残った<Fボール>と<Tボール>を投げた。
壁の向こう側からは魔物の断末魔が聞こえた。
音が落ち着いたところで、菫が最後の壁を破壊した。
壁の外では封印石が青白く光っていたが、その前に<イーボ>4体が揃っていた。
「昨日雷のやつ見ないと思っていたら、足並み揃えて来やがった。」
「4体同時は流石にキツイ。」
「王国軍に援軍要請しようぜ。」
寛人と聖也が話して、王国軍に救援を求めようとした。
その時、純が二人を呼び込んだ。
「咲田くん、<イーボ>の宝飾品を見てください。あの紫色に輝いている石が<カグチ輝石>です。」
「本当か純!?」
寛人と聖也は驚いた。4体の<イーボ>が同じ色の石を身に付けており、それが目当ての<カグチ輝石>だった。
「あの石を王国軍に渡すわけにはいかない。」
「あぁ、俺も同意見だ。」
王国軍を呼ぶと折角の<カグチ輝石>が全て奪われる可能性があったので、二人は意見を変え、4体全て倒すことにした。
「それでもどうする?4体は…。」
「僕に任せてください。サイズ的に地の<イーボ>以外は僕のスキルで閉じ込めることができます。
でも5メートルは近づかないと。」
純がスキルで複数の<イーボ>を閉じ込めると提案した。
確かに、1,2体の相手なら問題なく倒せるところまで全員成長していた。
「それなら火の<イーボ>と、未知数の氷の<イーボ>を頼む。」
純に閉じ込める<イーボ>を伝えると、寛人はみんなに作戦を伝えた。
「今からチームごとに1体の<イーボ>を相手にしてもらう。
A班は火、B班は氷、C班は雷、D班は地を頼む。
そこから順番に純がスキルで火と氷の<イーボ>を閉じ込める。
その後は、A班はD班と地の<イーボ>を、B班はC班と雷の<イーボ>を倒してくれ。
純のスキルの効果が切れる30分以内に倒せたら、今度はA班とD班で火、B班とC班で氷を倒す。」
「30分で倒せなかったらどうする。」
「また純に閉じ込めてもらうしかない。
今日の戦いを見て、あの<イーボ>なら簡単に倒せると信じてる!
みんな気合入れていくぞ!」
寛人の合図でみんな壁の外に飛び出た。
C班は左端の雷の<イーボ>に向かい、B班はその隣の氷の<イーボ>に向かった。
A班は火の<イーボ>に向かい、最後D班は右端の地の<イーボ>に向かっていった。
純は火の<イーボ>の前に着いて早々、スキルで閉じ込めた。
アッという間だったので、A班は純を残してD班の援護に行った。
続けて純は隣のB班の所へ向かい、大輔が捉まえていた氷の<イーボ>を閉じ込めた。
「純、サンキューな。」
「それでは僕は行きます!」
純はB班と別れて地の<イーボ>に向かっていった。
「じゃあ、俺たちも合流するぞ!」
聖也の合図でB班はC班に合流した。
C班の戦いでは晴花が雷を吸収して<イーボ>に当てていたが、同じ属性の攻撃は全く効果がなさそうだった。
今回は前に戦った時とは装備が違うため、属性攻撃と状態異常の耐性は特化されていなかった。
「寛人たち苦戦してそうだな。」
聖也はそう言って寛人に飛び込もうとしていた<イーボ>を打ち抜いた。
「そんな風に見えるか?」
今度は寛人が横から来た<イーボ>の攻撃を躱すと、胴体を切りつけた。
「装備は違うが、俺たち自身の耐性はかなり上がっている。」
「そうみたいだな。」
寛人の言う通り、雷の攻撃はダメージが以前に比べ格段に落ちていた。
今度は<イーボ>は両サイドから寛人たちを挟み込み、尻尾の目で睨みつけてきた。
予備動作から寛人と聖也は目を閉じたが、何人かは目が合い気が抜けていった。
「状態異常の耐性は変わらないみたいだな。」
「残ったのは俺とお前と翔太と省吾と楽間か…。」
「大丈夫、あの催眠は3分ぐらいで解ける。その間俺たちで守ろう。」
聖也と翔太は状態異常になった仲間を狙う<イーボ>を狙い撃ち、菫は仲間の周りに近づかないように鎚を振り回した。
「俺たちはあの厄介な尻尾を斬るぞ。」
「あぁ、分かった。」
「省吾、お前ならもうあいつらのスピードを見切れるはずだ。」
「当然だ。お前も自分の事を心配しろよ。」
寛人と省吾は状態異常を起こす尻尾を斬るため、積極的に別々の<イーボ>を攻めていった。
そして難なく二人とも尻尾を斬り落とした。
すると怒った<イーボ>は全員を囲むように回り始めた。
「これは流石に食らうとヤバいな。」
「そうだな。」
寛人たちが円の中で身構えていると、状態異常に掛かった仲間たちが目を覚ました。
「晴花、いくらかエネルギーを吸収してくれ!」
「…やってみる。」
起き上がた晴花はすぐに剣を前方に構えて、すぐに<イーボ>は高電流を放った。
電流は晴花の剣いドンドン吸収されていき、吸いきれなかった多少の電流がみんなを襲ったが、大したダメージではなかった。
「これを待ってた!」
寛人は疲れた<イーボ>が後ろに下がるタイミングを待っていた。
このタイミングだと<イーボ>も簡単に攻撃を避けることができないからだ。
寛人はすぐに斬撃を放つと、<イーボ>1体の体を真っ二つにした。
そして省吾と晴花が直ぐに駆け寄って、とどめを刺した。
「珠野くん、私を<イーボ>の近くに!」
「任せとけ!」
翔太は楓に言われて、瞬間移動でもう1体の<イーボ>の近くに楓を送った。
楓はすぐにスキルで<イーボ>の動きを止め、槍で<イーボ>を地面にくし刺しにした。
こちらは菫と玲奈が駆けつけ、三人で<イーボ>にとどめを刺した。
「だいぶ簡単に倒せるようになったな。」
「そうだな。宝飾品は回収したらすぐに移送するぞ。」
前回は1時間以上掛かったが、今回は20分程度で討伐することができた。
純のスキルはまだ解けていないようだったので、寛人は宝飾品を回収するとすぐに移送した。
「あっちも終わったみたいだな。」
聖也がA班とD班の方を見ると、向こう側も丁度止めを刺して終わったところだった。
寛人は彰に連絡し、宝飾品を集めたら、すぐに洞窟に移送するように指示した。
「さぁ、あと5分もすれば純のスキルは解除される。
こっちの敵は今まで戦ったことがない氷の<イーボ>だ。」
「あんまり気張らなくても、今の俺たちなら余裕だって。」
少し力んでいた寛人を和ませるように、聖也が肩を叩いた。
聖也の言う通り同じ<イーボ>であるのなら、威力はたかが知れているため、今の寛人たちの脅威ではなさそうであった。
30分が経ち、純のスキルがじわじわと解けていった。




