25 8日目:岩壁の始まり
25 『8日目:岩壁の始まり』
朝食後寛人は聖也と純と共に街に顔を出した。
<ジョヘイン洞窟>で所得された宝飾品や鉱石が目当てだった。
「目ぼしい素材はメモしているので、出来れば人数分揃えたいですね。」
「どういうの探せばいいんだ。」
「<ジョヘイン洞窟>で採掘できる鉱石なら、<スワド岩石>と<ニッツ光石>が狙い目です。
まずはお店で売られている鉱石を全てライブラリに登録して、そこから考えましょう。」
純の言う通りに、三人は手分けをして露店や店舗で売られている鉱石を登録していった。
街の中には鉱石や宝飾品を扱う店が4箇所あったので、小一時間掛けてライブラリの登録を終わらせた。
「色々ありますね。<スワド岩石>も<ニッツ光石>もちゃんとありますね。
…これはっ!」
「純、どうした。」
ライブラリをスクロールしていた純が声を上げた。
「<ガールバーン鉱>があるじゃないですか!?」
「それは良いものなのか?」
「良いどころか、魔王城から更に北に向かったところにある地域でしか取れないので、今ではかなりの稀少品です。」
「どうりで1つだけ別ケースで管理されていたわけだ。だがこれは買えない。高すぎる。」
「やっぱりそうですよね。でも見るだけは良いですか?」
「それは好きにすれば。」
「俺たちはその<スワド岩石>や<ニッツ光石>を買っておくから見て来いよ。
中央の宝飾店にあったから。」
「ありがとうございます。」
純は走って宝飾店に向かった。
寛人と聖也は<スワド岩石>と<ニッツ光石>を買い回った後に、純と合流した。
「この量だと八人分ぐらいの武器強化しかできないですね。」
「あとの分はどうする。」
「ライブラリを見て、これらの石を買おうと思います。」
純は二人にメモ書きを見せた。
そこにはライブラリに登録された鉱石名が優先順で書かれていた。
そのメモを見ながら三人は各店を回って石を買いあさった。
「この石全部よりも<ガールバーン鉱>ってのは高いんだろ。恐ろしいな。」
「それだけ稀少で効果もあるんです。」
三人は買い物を終えると洞窟に戻り、今度はリーダーで集まって<スワド岩石>と<ニッツ光石>で誰の武器を強化するか話し合った。
「<ジョヘイン洞窟>ってとこには入れねーのか?」
「王国軍が入り口を監視している。入ろうとすると止められた。」
彰は男子数名で<ジョヘイン洞窟>へ向かったが、洞窟の前を万全に固めていたらしい。
「まぁ八人分だから、各チームから二人ずつ選べばいいじゃん。」
「そうだな。自分で誰にするか決めてくれ。」
四人は自分のチームで誰の強化を優先するか考えた。
最終的に、A班は彰と秀吉、B班は聖也と省吾、C班は寛人と晴花、D班は竜輝と深琴を選んだ。
後のメンバーの強化に使用する素材の選定は純に任せた。
「今日戦う予定の石像はどうする。」
「まじめな話、石は高温状態から急激に冷やされると脆くなるって聞いたことはある。」
「塔より高い敵をどうやって熱するんだ?」
「無理だな、それにその後冷やすための大量の水もない。」
「水なら川があるから落とせればいける。」
「無理っしょ。」
「少しなら俺のスキルで冷やせるが。」
「小さすぎだろ。」
四人が考えられる範囲では全くいい案が出てこなかった。
「灰島とかに聞けば何かいい案があるんじゃね。教師なんだし頭良いだろ?」
「あとで聞いてみる。純にも<Fボール>の改良ができないか頼むか。」
四人で考えることは終わりにして、直向きに訓練することにした。
訓練前に寛人は灰島や楓などに石像の対策でいい案がないか聞き回ったが、あまり効果的な回答は得ることができなかった。
純には<Fボール>の改良を頼んでから、訓練を行った。
「橘のおかげでだいぶ成長したな。」
「でも憑依時のあいつ親父並みに怖いからな。」
寛人と省吾は訓練の後も二人で残って掛かり稽古をしていた。
胡桃の指導でメンバーの技術や精神も大きく躍進し、小さい頃から剣道をしていた二人もそれを実感していた。
「なぁ、元の世界に戻ったら、また剣道を一緒にしないか?」
「…考えておく。」
寛人は省吾が剣道の世界に戻ってくることをずっと待っていたので、省吾にその気持ちを伝えた。
省吾には剣道を再開したい気持ちはあったが少し悩んだ。
父親との関係をどうするのかを悩んだため、曖昧な返事になった。
「二人ともいつまで打ち合ってるの。そろそろ夕食だよ。」
「分かった。すぐ行く。」
様子を見に来た玲奈が二人に声を掛けた。
寛人と省吾は稽古を止め玲奈と共に洞窟に戻った。
休憩所にはすでに夕食の準備が整っていたので、全員揃って夕食を楽しんだ。
夕食後、純はみんなに改良した武器を渡した。
「咲田くん。<Fボール>の改良は出来なかったけど、油と火薬を混ぜた燃料を用意しました。」
「助かる。」
純は燃料が入ったガラス球を回復と弓部隊に渡した。
全員の準備が整うと砦に向かった。
砦に着くとリーダーたちはいつも通り会議室へ向かっていった。
「聖也が今日砦よりでかい石像と戦うって言ってたけど。」
「石像に有効な攻撃はないか聞かれたよ。」
「きっと咲田くんたちがあっという間に倒してくれるって。」
リーダーたちを待っている間、千佳は楓と玲奈と一緒に談笑していた。
他の兵士は部隊ごとの待機場所に出ているので、訓練所は<ウィザラー>しかいない。
巨大な難敵との戦闘の前ではあるが、雰囲気は和やかだった。
いつものように30分ほど待っているとリーダーたちが戻ってきた。
ついて早々寛人は今日の戦いの説明をした。
「今日はブライト部隊とアレクサンドラ部隊に挟まれる形で進軍する。
橋を越えると魔王の御膝下になるため、橋付近では今まで以上の抵抗があるらしい。
先頭のブライト部隊が端までの道を確保し、
俺たちは石像が見えたらパターンZで手前の石像から撃破していく。
その間残りの1体はアレクサンドラ部隊が引き留めてくれる。」
石像を倒す具体的な策は今だ思案中だったため、戦いながらその場で決めることになった。
王国軍は<ウィザラー>を砦の外で待っていたので、寛人たちは馬に乗って指定の位置まで向かった。
王国軍のほとんどは<アイグネル草原>で野営しているため、騎馬隊のみが列に参加していた。
<ウィザラー>が列に加わるとブライトの号令で進軍していった。
<フェルベル丘>を越え、<ハンデウィーズ森林>を抜け、<アイグネル草原>の野営地まで向かったので、馬でも20分近くかかった。
「いつも転移で来るからあまり感じなかったけど、やっぱ遠いな。」
「歩兵だったら森の中で音を上げてる。」
寛人と聖也が話しているうちに野営していた王国軍も整列し、<アイグネル草原>の出口まで移動した。
草原を出ると目の前は<セイルザツ川>で、深い谷の間を川が激しく流れていた。
川に沿って上流していると、まだ橋まで数百メートルあったが、すでに石像の姿が見えていた。
隊列の先頭でブライト軍が戦いを始めており、暫くするとブライト部隊から合図が出たので、開いた中央から駆け抜けて行った。
近づくにつれて寛人たちは違和感を感じた。
その違和感はすぐにはっきりした。石像が3体いたのだ。
剣・素手そしてハンマーを持った悪魔を模ったような石像が幅50メートル近くある巨大な橋の前に並んでいた。
「おいおい、2体しか聞いてないぞ。」
「あぁ、下がって後ろにいるアレクサンドラさんにどうするか聞いてくる。」
寛人は後ろに下がって、<ウィザラー>の後を付いていたアレクサンドラに近づいた。
「アレクサンドラさん、石像は3体いますが、どうするのですか?」
「お前たちは作戦通り手前から撃破すればいい。
残りの2体は俺とアンドリューの部隊で食い止める。」
「分かりました。」
話が終わると寛人は列に戻り、予定通り手前から倒していくとメンバーに伝えた。
石像まで100メートルの所で寛人たち七人だけが石像に近づいた。
近くまで行くと自分たちの10倍近いデカさに圧倒された。
「迫力すげえな。」
「奈良の大仏よりでかいな。」
「記念写真撮りてえ。」
「上を見ろ、構えたぞ。」
石像は剣を振り上げ、寛人たち目掛けて振り下ろしてきた。
そのスピードは予想より早く、しかもそのまま2撃目の横払いをしてきた。
横払いを将文は避けれなかったため、盾でガードしたが、その際にスキルでデバフを掛けた。
将文はそのまま盾ごと吹き飛ばされ、隣の石像の攻撃に巻き込まれた。
「あのデカさであの速さは卑怯だぞ。」
「だが将文が重力を付加してくれた。」
「足元狙うぞ。少しずつ削っていくしかない。」
近距離が石像に近づくまでに聖也は矢を放ったが、それは刺さることなく表面に少し傷をつけただけだった。
それならばとスキルを使って会心の一撃を与えたが、それでもやっと刺さる程度だった。
足元まで来た五人は一斉に攻撃したが、彰と省吾の攻撃は全く効果がなく、寛人の攻撃は多少の傷をつけることができた。
秀吉と竜輝の殴打が一番ダメージがあり、表面に凹みができ一部が欠けていた。
「彰と省吾、聖也と戻って代わりに鎚部隊と大輔を寄こしてくれ。
将文が戻ったらこっちに来るように伝えてくれ。」
「分かった。任せたぞ。」
彰と省吾は少し後ろで弓を引いていた聖也と共にみんなの元に戻っていった。
残った三人は少しずつだが、石像の右足首を削っていった。
石像は足踏みをするなどの抵抗を見せた。
そこに灰島と大輔と玲奈と菫が合流し、右足首を集中的に攻撃すると拳サイズの穴が開いた。
「お前らどいてろ!」
竜輝がすかさずその穴をスキルで殴打すると、爆発と共に右足首が吹き飛び、バランスを崩した石像が倒れこんだ。
「先生、首に蔦を絡めて抑えてください。」
「分かった。」
寛人の指示で灰島は首元に蔦を絡め、石像が起き上がらないように抑え込んだ。
石像が蔦を引き千切ろうと藻掻いているうちに、寛人は集中して腹部に斬撃を飛ばした。
しかし斬撃はコアまで届かずに止められた。
「なんだと…。」
「咲田、上だ!」
スキルが決まらずショックを受けていた寛人の頭上から、蔦を引き千切った石像が手のひらで潰そうとしていた。
灰島の声で気付いたが、避けることができずに剣でガードをしたが、そのまま潰された。
「咲田くんがやられるなんて…。」
「いよいよやべーぞこの石像。」
メンバーの中でも圧倒的な力を付けていた寛人をみんな信頼していたので、寛人がやられることは精神的にもダメージが大きかった。
「君たち集中しなさい。咲田が戻るまではこの場は私たちで凌ぎますよ。」
動揺した生徒たちに灰島は喝を入れた。
五人も気合を入れ直して、当初の予定通り、少しずつ石像を削っていくことにした。
右足首がなくなった石像はバランス悪そうにし、剣も1撃目までしか出ないようになった。




