22 7日目:疑念の始まり
22 『7日目:疑念の始まり』
ギリギリのところで結界内から脱出した寛人たちは、いつも通り砦での報告を終え洞窟に戻った。
<ラテラ>の日が沈むまで戦っていたので、いつも以上にクタクタだったメンバーは倒れるように熟睡した。
起きて昼食を取ってから、リーダー四人と純の五人で集まって、大蜘蛛の攻略について話し合った。
「まず俺の仮設なんだが、倒しても追加が来るのって、あの蜘蛛には他に<ペラ>がいるんじゃないか。」
「それ、俺も思った。」
寛人が大蜘蛛の<ペラ>の可能性について話すと、聖也もそう思っていたらしかった。
「その可能性が高いですね。だとするとすごく大きい蜘蛛になります。」
「壁の件もある。似た奴じゃなくて、違うものかもよ。」
竜輝の指摘の通り、ここ最近戦った魔物は、今まで見たり聞いたりしていた魔物のパターンとは異なるモノが現れるようになっていた。
「だとしてもあの増え続ける蜘蛛をどうにかしないと。」
「彰の言う通りだ。蜘蛛を倒すのは道具とスキルが十分なら問題はない。でもどちらも有限だが…。」
「ポーチの容量を考えて、今まではバランスよく全て2個ずつ配給してましたけど、
昨日使わなかった<Mボール>を減らして、代わりに<Tボール>や<Fボール>を増やしますか?」
「道具は何が役立つか分からないから、今のままで行きたい。」
昨日の戦いでは、道具は少しの余裕があったが、スキル回数は枯渇してしまった。
そのため後半は特に苦戦を強いられていた。
純の提案は良かったが、寛人の言う通り、どの道具がいつ役立つか分からないので、数を変えることに抵抗があった。
「俺たち弓と回復なら、入れ物さえあればもう少し道具を持つことも出来るぜ。」
「街に行っていいバッグがないか探しに行くか。」
「それなら私たちが行ってくるよ。」
たまたま横の通りかかった千佳がバッグ探しを引き受けた。
純は具体的にどのようなバッグが良いか伝えると、千佳は玲奈と楓と共に街へ行った。
「戦って思たけど、少ない人数はダメだな。」
「2体1は流石にきつかったわ。」
「今日は初めからチームごとに1体にしようと思ってる。」
「それなら余裕だな。」
寛人は昨日の戦いを踏まえ、最初からチームごとに1体を相手にする構想を立てていた。
道具とそれぞれのチームのスキルを考えると、十分な戦力であった。
「王国軍はまた蜘蛛退治が終わるまでは下がっててもらおう。」
「そうだな。俺たちだけの方がやりやすい。」
人数が増えるとただ爆発に巻き込まれる人や罠にかかる人が増えるだけなので、その状況を避けたいという気持ちは全員一致していた。
「あと昨日蜘蛛を何匹も倒してて思ったんだが、あいつら4匹倒したら次の4匹が出てこなかったか?」
「そう言えばそんな気もする。」
聖也は遠距離から状況を見ていたので、蜘蛛の増減について冷静に見ていた。
他のメンバーは言われてみればという感じではあった。
「だとすると、1匹倒しきらずに向かってくるところへ行けばいいかもしれないな。」
「そうなると道具もスキルも大幅に節約できるし、めっちゃ楽じゃん。」
蜘蛛退治に活路が見えて、みんな少し気が楽になった。
だが、純だけ顔が少し暗かった。
「僕、嫌なこと思い出したんですけど…。」
「どうした純。」
「今日また<イーボ>が3体復活しますよね…。」
「げっ。」
純の言う通り、今までの周期で行くと今日は火と地と氷の<イーボ>が復活する日であった。
「あいつらいつまで来んだよ。」
「少なくても俺たちで1体は相手にしないといけないかもしれないな。」
嫌なことを思い出した五人は再びブルーになった。
だが蜘蛛退治については大方の目途が立ったので、五人は作戦会議を終えた。
会議後聖也は寛人と一緒に訓練に向かっている途中、千佳から連絡が入った。
「聖也、会議は終わった?」
「もう終わった。」
「なら街まで来て。なんか物資とか色々増えてて、役立つものがあるか見て欲しい。」
「分かった。寛人と一緒に行くよ。」
「じゃあ、本屋の前で待ってるね。」
千佳は集合場所を伝えると連絡を切った。
「ということだ寛人。」
「あぁ、別に構わない。」
二人はすぐに街へ向かった。
街は外からでもいつも以上に賑わっていることが見て分かった。
本屋の前では千佳たち三人が待っていた。
「バッグは買ったのか?」
「それが人数分揃えようと思うと全然なくて。」
聖也が千佳に買い物の状況を確認をすると、まだ買えてないようだった。
どの店も色々とバッグが展示されているが、八人分同じものが在庫にある店はなかったらしい。
「別に一緒じゃなくてもいいよ。」
「そうなんですか?」
「それなら可愛いのもあったし、色んなの買っていこうよ!」
寛人としては道具が入る袋の数が揃っていれば良かったので、見た目は気にしていなかった。
それを聞いた玲奈は俄然購買意欲が湧いたようだった。
玲奈は楓と千佳の手を引っ張って服屋に入っていった。
「俺たちも見て行こうぜ。」
「そうだな。」
「ちょっと、あんたたちも来なさいよ!」
聖也と寛人が町中を探索しようとすると、服屋から千佳が顔を出して呼び止めた。
「別に荷物持ちだけじゃなくて、男子はどんなバッグが良いのか聞きたいのもあるから。」
千佳は男子のセンスを聞きたいとのことだったが、結局は荷物持ちなのだろうと二人は思った。
バッグを決めるために様々な店を歩き回り、それだけで3時間近くかかった。
漸く八人分を買い終わった段階で、寛人と聖也はクタクタだった。
「千佳、もういいか?」
「何言ってんの。今度は個人の買い物よ!」
「おいおい、どうせ向こうには持っていけないんだから。」
「…そうだよね。」
聖也がここで買っても元の世界には持ち帰れないことを指摘すると、千佳は少し暗い顔になった。
それは楓と玲奈も同じだった。
「ごめんね。どこか修学旅行に来てた気分になってた…。」
「いや、俺も悪かった…。」
「みんな、もう戻ろう。今はするべきことをしよう。
向こうに戻ったら、聖也がいくらでも買い物に付き合う。」
「って、俺だけかよ。」
聖也の突っ込みに女子三人の顔が少し和らいだ。
「そうだね。まずは今を頑張らないとね。」
千佳は笑顔で答えた。
バッグを買い終わった五人は洞窟戻った。
「寛人、そう言えば後で話すって言ってた18番隊の件。」
「忘れてた。隊長から手紙を預かってた。部屋に戻るぞ。」
部屋に戻ると寛人はポケットから受け取った手紙を出し、封を開けた。
中には4枚の紙が入っており、内容は出兵する戦士への激励の手紙だった。
「なんだこの手紙。こんなの俺たちに読ませてどうするつもりなんだ?」
「18番隊の隊長が態々届けてくれたんだ。何かほかにあるはずだ。」
寛人と聖也は4枚の紙を真剣に眺めたが、何も浮かんでこなかった。
諦めた聖也は今度は封筒を眺めていた。封筒の表裏には何も書かれてはいなかった。
中を覗くと、封筒の内側に小さい文字が書かれていた。
封筒ののり付けを丁寧に剥がしてみると、書かれていたのは日本語だった。
「おい寛人、日本語で書いてあるぞ!」
「本当か!?」
「えっと、最初に私は常に監視され、手紙もすべて検閲されるため、このように回りくどくなったことを前もって謝罪する。
君たちの中に日本人がいれば、この手紙を渡してもらいたい。」
「これって隊長ではなく俺たち宛の手紙ってことか?」
「続き読むぞ。私はロベルトの祖父で今はパトリックと名乗っているが、旧名は南方陽介です。
12歳の時に家族と共にこちらの世界に転移され、その後家族で街に移住しました。
元の世界に戻れなくなった後は、王都で兵士以外と接触しないよう隔離されて生活をしています。」
「王都では自由を制限されているのか。」
その後手紙を読んでいくと、<ウィザラー>の力に興味を持った国王に人体実験をさせられたこと、
その国王が覚醒した<ウィザラー>の実験に興味を示したこと、
更には賢者の石自体にも興味を示していること、
第18番隊は<ウィザラー>の監視のために派遣されている部隊であることが書かれていた。
「最後に、英雄の中に国王の意思を引き継いで君たちを狙う者がいることが耳に入っている。
魔王城到達には君たちの力が必要なので、まだ実力行使をすることはないだろうが、十分に気を付けてくれ。…だとさ。」
「英雄の中に俺たちを狙っている人が…。」
「どうして俺たちが狙われなきゃならないんだよ!」
「魔王城到達までは俺たちも王国軍の力は必要だ、決別したらそれこそ全員戻れなくなる可能性もある。」
「みんなに言うべきじゃないな。」
「俺もそう思う。魔王城までに策を考えないと…。」
二人はとんでもない状況に置かれていることを知り、どうすべきなのかが思い浮かばず頭を抱えた。
それでも気持ちを切り替えて、みんなと合流するといつも通り訓練を行った。
その後はカードゲームや遠征の準備を行うなどして時間を潰した。
何も思い浮かぶこともなく自由時間は過ぎていき、夕食が始まった。
夕食を食べ終えると弓と回復部隊にはバッグを追加で支給し、その分各属性ボールを多めに渡した。
「今日の蜘蛛討伐についての作戦を伝える。」
そう言って寛人は昼に話し合ったことをメンバーに説明した。
手紙については当然触れることはなかった。
中島と伊丹は普通に夕食から参加するようになり、生徒たちとも普通に話すようになった。
だが、まだ二人は戦闘への参加はできない様子だった。
「それと最後に今日も<イーボ>が出現する可能性がある。」
説明が終わるとメンバーは砦に向う準備を始めた。
寛人が準備を終え中央の部屋で待っていると、後ろから晴花が近づいてきた。
「寛人、なんかあったの?」
「うぉっ、篠宮か。いや何もないぞ。」
「そう。夕食とかいつも以上に上の空だったけど。」
「まぁ、敵も強くなってきたし、新たな策を練った方が良いのか考えてたんだよ。」
突然のことで寛人は内心焦ったが、平然を装い返事をした。
「それともう晴花って呼んでいいよ。一応付き合い始めたんだし。みんなも知ってるから。」
「あぁ、そうだな。」
晴花は名前を呼んでほしそうに見つめていたが、鈍感かつ上の空だった寛人は全く気付かなかった。
その内メンバーがドンドンと集合してきたため、晴花は寛人の脛を蹴って楓たちの所に戻った。
寛人は何で蹴られたか分からず、不思議そうな顔をしたが、みんな集まったので、砦へ向かった。




