02 0日目:準備の始まり
02 『0日目:準備の始まり』
たいまつに灯された周りを見渡すと、
広い洞窟の中央にポツンとバスが停車しており、
正面には階段があり、周りには洞穴がいくつかあった。
「灰島先生どうしましょうか。」
菊池が上司である灰島に指示を仰いだ。
菊池はスポーツ万能の体育教師で、生徒と年齢も近く親しまれている。
一方の灰島は日本史教師で頭は良いが、不愛想で生徒とは距離を置くタイプである。
「(はぁ。なんだこの状況は。まったくもって理解できん。)
少なくてもここにいるだけでは何も解決しそうにはない。
とりあえず周りの状況を確認する必要がある。」
灰島が答えるとまたみんなのスマホが鳴り出した。
今度は通知のようだった。
『戦争の開始まで残り24時間です。
準備ができたらオベルウィンク砦の王国軍第17番隊に合流し、
<ウィザの洞窟>から来た義勇兵だと伝えてください。』
通知を確認した灰島は立ち上がって生徒たちを見渡した。
「案内人というものが言うように、
私たちは戦争に参加しないといけないのかもしれないが、
教師である以上、君たちを危険にさらすことはできない。
だが、このままこの場所に引き籠っていても問題の解決にはならないので、
まずは男子生徒は私にともに洞窟内の探索を、
女子生徒は菊池先生とともに荷物と端末の確認をしてくれ。」
「はいっ」
灰島は伊丹に頼み、改めてバスの扉を開けてもらった。
バスの外はひんやりとして、水滴の音以外何もなく、
まるで死後の世界にいるようにも思えた。
男子生徒は灰島に続いてぞろぞろとバスを降りた。
「3人一組で行動し、何かあったらすぐ私に伝えるように。
まずは洞穴の探索に取り掛かってくれ。私は出口を探す。」
灰島がそう言うと正面にある階段を恐る恐る上っていた。
男子生徒はすぐに組を作り始めた。
「寛人、一緒に組もうぜ。」
「あぁ」
聖也は寛人に声をかけ、寛人も応じた。
聖也はテニス部のさわやか系男子で仲間思いで頑固なところがある。
寛人は剣道部で普段はクールだが正義感が強く熱いところがある。
聖也と寛人は中学からの同級生で、親友である。
「後は…」
聖也が周りを見渡していると、寛人は聖也言葉を待たず、省吾に声をかけた。
省吾は剣道部で寛人が通う道場の息子だが、今は幽霊部員で部員ともあまり仲は良くない。
「省吾。俺たちと組まないか。」
「俺は絶対にお前と組まない!」
省吾はすぐに寛人の申し込みを断った。
一瞬のピリッとした空気になり、ばつが悪そうに省吾は立ち去った。
「お前嫌われてるのによくやるなぁ。」
「こんな状況だから、あいつと和解したいと思っただけだ。」
「まぁでも断られると思っていたから、こっちで将文に声をかけておいたから。」
そう言うと、聖也の背後から将文が顔を出した。
将文は柔道部でガタイは良いが気は小さい。
「寛人くん、聖也くん、よろしくね。」
「あぁ、よろしくな将文。」
他の男子生徒もグループ分けが終わったようだったので、
彰がみんなに指示を出した。
彰は野球部で頼りがいがあり、男女ともに人気がある。
「俺たちは先生が登って行った階段の右の部屋から時計回りで3部屋、
大輔たちはその隣から3部屋、勇樹たちは次の3部屋、
聖也たちは残りの3部屋を頼んだ。
何を見つけても消して触らず、確認が終わったら、
またバスの前に集まってくれ。」
「了解」「分かった」「ハイハイ」
大輔はサッカー部で部でもクラスでも3枚目の役割をしている。
勇樹は美術部でコンクールに入賞するほどの腕前である。
彰の話が終わるとそれぞれのチームは担当の洞穴へ向かった。
明かりはついているものの、何がいるのかわからない未知の恐怖で、
みんな恐る恐る洞穴に入っていく。
「虫とか蝙蝠が出たらやだなぁ。」
将文はおびえながら寛人と聖也の後をついていった。
「そんなのならまだ良いが、モンスターが出たら武器もないし、
一溜りもないぞないぞ。」
「そんなこと言わないでよ。」
聖也の軽い脅しに将文はよりびくついた。
3人が洞穴を道なりに進んでいると、扉のようなものがあった。
「開いてみるか。」
「慎重にやれよ。」
寛人の冷静な返しに、聖也はコクっと頷くと扉をゆっくりと引いた。
扉はギ~っと音を立て開き、覗いてみると中もたいまつで灯されており、
ベッドのような木の積まれた台とペラペラの小汚い布団なようなものが3つあった。
「前に誰かいたのか?」
聖也は恐る恐る部屋の中に入った。
「埃っぽいし、いたとしても何十年も前だろう。」
寛人も続いて中に入った。
「変なものはいないよねぇ。」
「あぁ大丈夫だ。」
寛人の返事を待って、将文も足を踏み入れた。
「本当にここはベッドっぽいの以外は何もないようだな。」
先に入った聖也が部屋を一周し確認したが、
他の生き物の気配や仕掛けのようなものはとりあえず見当たらなかった。
「次の部屋に行くか。」
「あぁそうだな。」
3人はこの部屋を後にして、隣の部屋へ進んだ。
次の部屋も同じように扉があったので、
聖也は同じように扉を引いた。
「ここもさっきの部屋と同じだな。」
聖也が中に入るとさっきと同じようにベッドのようなものが3つあった。
3人は部屋の中をさっと見渡すと、足早に次の部屋へ向かった。
「全部休憩場のようなものなのかなぁ。」
「そうなのかもしれないな。」
将文の問いかけに寛人が答えた。
「でも次は違うようだぜ。」
聖也が足を止めて答えた。
目の前には先ほどより頑丈そうな扉があった。
聖也が一人で引いてみたがびくともしない。
「ちょっと手伝ってくれ。」
「分かった。」
寛人と将文は聖也に加勢したが、やはり扉はびくともしない。
「開け方が違うのかなぁ。」
将文がそう言うと、3人は扉を調べてみた。
すると寛人があることに気づいた。
「この取っ手の上のマーク、スマホに現れた変な画面の模様に似てないか。」
「そう言えばそんな気もするな」
そう言って聖也が自分のスマホの画面を模様にかざすと、
扉は自動で開いた。
中には剣や弓などの武器や盾や鎧などの防具がずらりと並んでいた。
「ここは武器庫なのか?」
聖也は今までよりも慎重に部屋の中へ入った。
二人も続いて中に入った。
「これって本物なのかなぁ。」
「触んなっ。」
将文が剣に触れようとした手を寛人が掴んだ。
「彰が言ってたようにとりあえずは何も触らずに、
一旦みんなに報告するのが先だ。」
「ごめん。分かった。」
寛人は手を放し、将文は少しシュンとした。
「それにしてもすごい数の装備だなぁ。
ざっとみても全員分は賄えそうだっぜ。」
聖也は一人感心していた。
「もうここの探索は大丈夫だろう。バスに戻ろう。」
「そうするか」「分かったよ」
寛人がバスへ戻ることを提案すると二人はそれに従った。
3人がバスに戻ると、すでに大輔チームと勇樹チームは戻っていたが、
彰チームがまだだった。
4,5分待っていると彰たちが戻ってきた。
「悪い、待たせたな。それでみんなどうだった?
なんかあったか。」
彰はついて早々にみんなのまとめ役を徹した。
「こっちは3部屋ともベッドが置いてある部屋だった。」
大輔はすぐに答えた。
「僕たちの方も同じだったよ。」
勇樹も続けて答えた。
「俺たちも2部屋は同じようにベッドの部屋だったが、
もう一部屋は武器庫のようだった。」
「武器庫だって」「マジかよ」
聖也の返事に対して、男子一同騒ぎ立てた。
「みんな静かにしてくれ。
…で、武器はどれくらいあったんだ。」
彰がみんなを制止して、続けて聖也に質問した。
「ちゃんとは数えていないが、全員分は余裕であった。」
「そうか。」
聖也の返事に彰は落ち着いて返したが、
他の男子たちはちょっとした好奇心に駆られ、少しそわそわとしていた。
「最後に俺たちの方だけど、2部屋はみんなと同じようにベッドの部屋だったが、
1部屋はベッドのほかにたぶんこの地域の地図が壁一面に貼ってあったのと、
後は洞窟内の数か所を監視しているモニターがあった。
こっちも監視箇所が何か所かは数えていないが、少なくとも部屋の中は映ってなかった。」
彰は自分たちが見てきた部屋につて報告した。
「っで、この後はどうするんだ?」
聖也が彰に質問した。
「武器のこともモニターのことも、とりあえず灰島先生に報告してからだ、
先生が戻ってくるまで、バスの前で待っておこう。」
「俺は疲れたから寝るわ。」
彰の提案に対して竜輝はそう言い放つと、
バスから少し離れた場所に行き寝そべった。
竜輝は元野球部で2年の初め先輩への暴行をきっかけに部活を辞めた。
他の生徒たちは灰島の帰りを待ちながら談笑していた。
男子たちの探索が終わり15分ぐらい経って、
階段の方からコツコツと下って来る音が聞こえた。
灰島が戻ってきたようだった。
「待たせたようだな。それで洞穴の中はどうだった。」
「はい…」
彰は灰島にみんなの探索結果をそのまま報告した。
「そうか。武器庫にモニタールームにベッドルームか。
案内人が言っていた通り、ここは私たちの拠点で、
この中で基本は寝泊まりするのだろうな。」
彰の報告を聞いた灰島が冷静に判断した。
「先生こっちも色々と分かりましたよ。」
バスの方から菊池が降りてきて、続けて女子生徒もバスから降りてきた。
生徒たちは2人の先生を囲むように円形で座った。
「傳馬くん、こっちに来て。」
「ちっ。分かったよ。」
菊池の声掛けに対して竜輝はしぶしぶ反応した。
「まず重要な水と食料についてですが、みんなの荷物を集めてみましたが、
水分は一人ペットボトル1本分ぐらいで、食料もお土産で買っていたお菓子があるだけなので、
何もしなかったらこのまま死んでいくだけです。」
「マジかよ」「どうすんだよ」
菊池の報告に男子生徒はかなり動揺した。
「話はまだあります。次は端末について分かったことです。」
男子たちは大人しくなり、菊池の報告に声を傾けた。
「まず地図についてですが、
こちらは最初に起動したときはバス以外はほとんど表示されていなかったのですが、
灰島先生たちが探索を始めてからは、洞窟全体が表示されるようになりました。
多分この中の誰かが到達した地点が全員に共有されるんだと思われます。」
寛人は自分のスマホを確認したが、
確かに自分が踏み込んでいない部屋なども画面には表示されていた。
「それと画面上青文字で書かれている場所が、
案内人の言っていたいわゆるチェックポイントで、
星マークが付いているところが現在の蘇生箇所にあたります。
今は洞窟に入ってすぐ左の部屋が該当します。
これはマニュアルに書いてありました。」
画面上には青文字で<ウィザの洞窟>と書かれており、
菊池が伝えた部屋に星マークが付いていた。
「次にステータスですが、
こちらにはみんなの身体能力を数値化したものと、
今の健康状態や適性武器が書かれています。
私たちで確認したんですが、
武器には剣と槍と弓と鎚と盾とグローブの6種類のようです。」
寛人はまたも自分のスマホを見ると、
自分の適性武器には<剣>と表示されていた。
他の男子たちも自分の適性武器を確認し、一喜一憂していた。
「それと画面左上の顔写真をタップすると、
案内人が言った通り、その人と連絡が取れるようになってます。
でも一番下のシークレットってなっている箇所はマニュアルにもなく不明です。」
菊池が言ったシークレットの欄は黒く塗りつぶされて、
何もわからない状態だった。
「最後にライブラリですが、
こちらは表示されているものが少なく、マニュアルには写したもの分析するとだけ。
試しにカバンの中身を写してみたのですが、何も表示されませんでした。
少なくとも右下の<複写>をタップすれば撮影はできるぐらいです。
その隣の<翻訳>については、この世界の人に会って使ってみないと何とも言えません。」
画面についての説明が一通り終わり、
女子たちはこれからの不安で怯えているものが多かったが、
男子たちはこれから始まる冒険に胸を躍らせているようだった。
「私たちからは以上です。灰島先生の方はどうでしたか?」
端末の説明も終わり、菊池は灰島に探索について確認した。
灰島は改めて、モニタールームのことや武器庫のこと、
あとはベッドルームが3人1部屋であることを伝えた。
それに加えて自分が見てきたものを説明し始めた。
「目の前の階段を上がって左には作業台や変な装置があったが、
何の装置かは全くわからない。
また少し進むと今度は右に部屋があり中には鏡が一枚だけあった。
それ以外は何もなかったが、先ほどの菊池先生の説明を聞くと、
鏡がチェックポイントに関する何かなんだろう。
部屋を出てそのまま道なりに進むと洞窟の出口があり、
外に出ると周りは木で囲まれていた。
先ほど水の問題が上がったが、外に出てすぐ川の流れる音が聞こえたから、
水については問題ないだろう。
あとは暗くてよく見えなかったが、遠くの方に大きく照らされている建物があった。
多分そこが通知にあった<オベルウィンク砦>なのかもしれない。」
一通り説明し終わった灰島は続けてみんなに言い放った。
「改めて思うが、やはり私は生徒を争いに巻き込むようなことはしたくない。
水の問題はないし、食料もどこかに街があるはずだから、そこでやり取りすれば問題ないだろう。
戦争もこちらの世界の軍隊が何とかしてくれるのではないかと期待している。」
灰島の言葉に賛同する者、
俺たちも戦った方が良いのではないかと周りと相談している者、
ただぼーっと考え込む者、
色々とざわつき始めたが、またしても一斉に通知が届いた。
『魔王は誰の手で討伐されても問題ありませんが、
賢者の石はあなたたちの手でこの拠点に戻さなければなりません。
王国軍が賢者の石を手に入れたのなら、次は王国軍との戦いになるでしょう。』
灰島に賛同していたものは肩を大きく落とした。
灰島もまた大きなため息をついた。
「(この世界はどうしても私たちを戦わせたいのだな。)
通知の通り、私たちは必ず賢者の石がある場所へ行かなければならないようです。
…気は進みませんが、出ていく以上は最大限の準備をしなければいけません。」
「具体的に何をすればよいのでしょうか。」
灰島の言葉に対して菊池が質問をした。
「すまないが、このような経験は初めてなので、
何をどうすればよいのか、私には全く見当がつかない。」
灰島は俯いて考え事を始め、菊池はただオロオロとしていた。
するといつも大人しい純が手を挙げた。
純は文芸部でゲーオタでもありクラスではいじられキャラである。
「あっあの…、武器や防具の確認をするのが良いと思います。
あとは灰島先生が見た変な装置の調査と、
洞窟を出て実際に水の調達ができるのか確認するのも大事だと思います。
げっゲームでは無いかもしれませんが、ゲームのセオリーではそうすると思います。」
「自分もそう思います!」
純の言葉に彰も賛同し、男子のほとんどがそれに賛同した。
女子の方は依然静かにしていたが、楓が恐る恐る手を挙げた。
「すみません。私は部屋の割り振りをして、
部屋の中の整頓とあと汗を流したいです。
それと色々あって疲れたので少し休みたいです。」
女子の方はほとんど楓に賛同した。
楓は生徒会に所属しており、頭は良いが、気の弱い性格である。
「分かった。今日はもう部屋の割り振りをして休息をとることとする。
悪いがシャワーについては今日は諦めてくれ。
武器や装置については明日の朝から確認をする。
それでも軍への合流まで12時間以上ある。
あとモニタールームは管理部屋として私が使わせてもらう。」
灰島はそう言うとモニタールームの方に消えていった。
「シャワーなしとか最悪」
女子の方からはシャワーを浴びられない不満が漏れていたが、
生徒たちはそれぞれ3人組を作り、割り振られた部屋に散っていった。
菊池はバスに戻り、伊丹に中島の様子を確認した。
「中島さんはどうですか?」
「だいぶ落ち着いたようですが、まだ苦しそうです。」
伊丹もだいぶ疲れた様子で答えた。
伊丹は初めての修学旅行ガイドで、このクラスのバスガイドとしてたまたま乗り合わせた。
中島はベテランのバスドライバーで、妻子がいる。
「中島さんは私たちでベッドまで運びますので、
伊丹さんも休んでください。
私たちの部屋は正面の階段から時計回りに2番目の部屋になります。」
菊池がそう優しく声をかけると。
伊丹は「お願いします。」とだけ告げ、
言われた部屋に消えていった。
菊池は生徒に手伝ってもらい、中島を空いた部屋のベッドに移し、
奇妙な一日は終わりを迎えた。




