キャラクターショー殺人事件 問題編 4
会議室には事件の関係者が全員集まっており、簡単な事情聴取を終えたところで、滝上警部が赤ラビット殺人事件をまとめる。
「つまり、赤松さんが何者かに殺害される前、青木さん、緑川さん、桃井さんの三名は被害者から個別にメールで呼び出されていて、犯行時刻は一人だったのでアリバイがないわけですな――」
三人からの異議申し立てはなかった。
「黒石さんに関しては、裏方のスタッフがステージ裏にいたところを目撃しているものの、犯行時刻にいたかどうかは分からないので、こちらもアリバイがなしと。キャストの中でアリバイが確定しているのは、客席から登場する予定があった大学生五人だけとなるわけです」
その六人からも異議はなかった。
そこで事件に関係のない小太りの店長が勝手に発言する。
「アリバイって、そこのお嬢さんが殺したんじゃないんですか? 刑事さんもカメラの監視映像を見たじゃありませんか」
「セイラさんには動機がありません」
警部がキッパリと否定した。
「どこのお嬢様か知りませんが、知り合いだからって庇わないでくださいよ」
「別に庇うつもりはありません。赤松さんが殺害される前にスマートフォンを紛失していることから、それを盗み出した人物こそ真犯人である可能性が高いと睨んでいるわけです」
スマホを盗んだ上で、赤ラビットの端末からキャストにメールを送信することで、アリバイ工作を行ったというわけだ。今回の場合は犯人も含めて容疑者になりそうな人物のアリバイを曖昧にさせるのが目的だ。
滝上警部が坊主頭をかく。
「しかし、私物の管理がルーズだった上、赤松さん本人も紛失した時期が分からなかったようなので、盗んだ者を特定するのも困難な状況ではあります。ですが、関係者の中に犯人がいることは間違いないでしょう」
警部はハッキリと疑っていくスタイルのようだ。そこで容疑者の顔を見回したのは、表情の変化を見逃さないためだ。こういうのは、昔は「刑事の勘」と呼ばれていたけど、現在は犯罪心理学として研究が進んでいる。
警部の視線は青ラビット、緑ラビット、ラビッタン、死神教授の四名に向けられていたので、その四人の中に犯人がいると考えているのだろう。もう一人、容疑者として考えられる人がいるけれど。
「滝上警部」
そこで桃ラビット役が似合いそうな刑事さんが入室してきて耳打ちするのだった。
「よし、分かった――」
警部の口調が丁寧になる。
「お手数をお掛けしますが、黒石さん、青木さん、緑川さん、桃井さんの四名は、その場で立っていただけませんかね。横一列に並んでいただけると助かります」
言われた通りに四人が立ち上がる。
続いて部下に指示を出す。
「それじゃあ、松本君、君も彼らの横に立ってくれ」
「はい」
五人が横一列に並んでいるが、背の高い青ラビット以外は大体同じ背丈だ。
「なるほど、ありがとうございました。もう、結構ですので、どうぞ、お掛けください」
警察に言われたから従っただけで、四人の表情は、意味が分からないといった感じだった。滝上警部も特に説明することなく、質疑応答を再開させるのだった。
「桃井さん、申し訳ありませんか、その頭に巻いた布切れを取ってもらってもよろしいですか?」
「いいですけど、ただのバンダナですよ?」
と言って広げて見せるも、やはりどこにでもあるバンダナだった。
それだと正方形なので凶器にはなり得ない。
死神教授も疑問を抱いたようだ。
「刑事さん、おそらく凶器をお探しのようですが、ロープのようなものなら、燃やそうと思えば燃やせるわけで、後はトイレに流すなり、処分するだけの時間は充分あったと考えられます。ですから、その前にですね、ラビット姫の衣装について考えるべきではありませんか?――」
そこで死神教授がラビット姫を指差す。
「今も清水さんが着用されていますが、あれは一着しかないもので、しかもサイズが決まっておりまして、誰も着ることができないから、わざわざ榎下さんの芸能事務所にお願いして、スリムなタレントさんを派遣してもらったわけです」
そこで、なぜかセイラお嬢様が立ち上がるのだった。
「わたしは本番の十五分前までに着替えるようにと指示を受けたので、二十分前に衣裳部屋に行ってドレスとカツラを拝借しました。つまり犯行が行われた時刻にはまだ衣装を身に着けていなかったのです――」
嫌な予感がする。
「ということは、誰でもドレスとカツラを持ち出すことができたので、すべての人に犯行が可能だったといえるわけです。殺害後に持ち出した衣装を元に戻しておけばいいだけなのですからね」
すかさず死神教授が指摘する。
「そこでサイズの問題になるわけですよ」
「何も問題はありません」
「というと?」
「この衣装にピッタリ合う人物がいるじゃありませんか?」
「それは?」
「怪我をされた白山さんです」
眠らない小五郎による迷推理だ。
誰もが唖然とした状態である。
死神教授は半笑いだ。
「いや、しかし彼女は怪我を」
「どれだけ有り得ないとしても、不可能を排除して最後に残ったものが真実なのです」
どこかで聞いたことのある言葉だ。
「ですが、白山君はここにいません――」
と死神教授が言い終わる前に、本物のラビット姫が現れるのだった。
「白山君、大丈夫なのか?」
「まだ痛みますけど」
本物のラビット姫が松葉杖をついて歩いてくる。
「どうして君がここに?」
「赤松君に呼び出されたので」
「君もか?」
「君もって、赤松君はどこですか? というより、事件があったと聞きましたが、何があったんですか?」
「その赤松君が殺されたんだよ」
「誰に?」
死神教授が黙ってしまった。
「お前じゃないのか?」
それまで黙っていた青ラビットが姫を追及するのだった。
「そんなことするわけないでしょう?」
「証拠があるんだよ」
「ハァ? なんの証拠?」
「お前が殺した証拠VTRだよ」
「ありえない」
「足を怪我したっていうのも嘘だろ?」
「これが見えないの?」
と言って、松葉杖を振り上げるのだった。それから殺す動機が云々という話になり、罵り合いがしばらく続いた。それを警察が止めないのは情報収集を行っているからだろう。
「リョウくん」
とセイラさんに呼ばれて、会議室の隅に連れて行かれた。
「わたしの推理だけど、間違ってないよね?」
「大間違いですよ」
「え?」
「防犯カメラの解像度まで熟知している犯人が、衣裳部屋を何度も出入りするようなリスキーな計画を立てるはずがありません。あまりにも不確定要素が強すぎますからね」
セイラお嬢様が落ち込んでしまった。
「どうしよう……」
「ご自分で訂正されてはいかがですか?」
セイラさんが僕を見つめる。
「ということは、誰が犯人か知ってるの?」
「犯行手口や、証拠の在処まで分かっています」
ということで、すべて教えて、セイラさんに任せることにした。