キャラクターショー殺人事件 問題編 3
警備室にいるということで行ってみると、そこには店長だけではなく、衣装に身を包んだキャスト全員が勢揃いしていた。セイラお嬢様もドレスを着て、青髪のカツラを被って『ラビット姫』になりきっていた。
二人の『ラビットレンジャーズ』は昔風の戦隊ヒーローの衣装を着ていて、正義の味方になりきっていた。死神教授は黒衣に黒マントを羽織っており、悪役に扮してはいるが、人柄が良いので悪者には見えなかった。
ラビッタンはウサギの着ぐるみを着ていたが、流石に事態が深刻なので、頭部は被らずに、大きなウサギの生首を両手で抱えて、頭にバンダナを巻いた顔を見せていた。
三人いるはずの『ラビットレンジャーズ』のうち、赤ラビットだけいないので、その時点で赤松さんに何かが起こったと分かったが、それでも一応、尋ねることにした。
「何があったんですか?」
それに答えたのは店長さんだ。
「赤松君が倉庫で殺されました。説明するよりも見た方が早いですね。そこの映像を見てください――」
警備室はモニタリングルームにもなっており、十台のモニターにはそれぞれ九つのカメラ映像が映し出されていた。店長さんが指差したのは、衣装が保管されている倉庫の映像だ。
「倉庫だけ暗いので見えづらいですが、床に人が倒れているでしょう? あれが死んだ赤松君です。警察には既に通報してありますが、到着するまで、倉庫の外では警備員と五人の大学生に見張ってもらっています」
その説明だけではよく分からない。
「どうしてウチの清水が容疑者扱いされているのですか?」
店長さんがモニター席に座る警備員に指示を出す。
「これは現在の映像ですが、もう一度録画映像を見せてください」
「はい」
と返事をして警備員が操作すると、時刻でいうと、本番三十分前の映像が映し出された。モニター画面いっぱいに拡大されたけど、暗いのでやはり見えづらいままだった。それでも赤ラビットの立ち姿は確認できた。
「顔はハッキリしませんが、赤松君であることは分かりますね?」
「はい」
と答えるしかなかった。
「ここに、おたくのタレントさんがやって来ます」
「わたしじゃありません」
とセイラさんは否定したものの、画面に現れたのはラビット姫だった。
そのラビット姫は、真っ直ぐに赤ラビットの元へ歩いて行った。
そこで会話を始めるが、その前に一瞬だけ赤ラビットが驚いた。
いや、そう見えただけで、実際のところはよく分からない。
「見たくない人は目を閉じてくださいね」
ラビット姫は画面に背中を向けた状態なのだが、後ろ手に何かを持っていることが確認できた。ひも状ではあるがロープではないのでタオルか手ぬぐいの類だろう。
「ここで赤松君が背を向けて画面奥へ歩いて行こうとします」
完全に無防備な状態だ。
「そこで彼女が後ろから首を絞めたわけです」
抵抗が弱いのは不意を突かれたということもあるが、絞める力が強かったからだろう。それだけでもセイラさんではないと判断できる。
「それでカメラに顔が映らないように俯いてフレームアウトするんですね」
カツラがのれんのようで、顔がまったく判別できなかった。
全員の疑いの目がセイラお嬢様に向けられている状態だ。
ここは冷静に説明する必要がある。
「しかし顔が確認できない以上は、犯行の瞬間を捉えたとはいえますが、証拠映像にはなり得ませんね」
「いやいや、現に衣装を身に着けていますからな」
警察が来る前に確認しておいた方が良さそうだ。
「第一発見者は、ここでカメラ映像を見ていた方ですか?」
それに答えたのはモニターを操作している警備員さんだ。
「いえ、我々ではありません。開き直るつもりはありませんが、営業中はパトロール中の同僚から要注意人物をマークするように指示を受けるので、そちらの監視に集中しておりまして、倉庫の映像まで確認している余裕はないんですよね」
監視カメラというのは後から確認する為でもあるので、それは仕方がない。
「では、どなたが発見されたのでしょう?」
それに答えたのは死神教授だ。
「私は本番の三十分前からステージの裏にいたんですが、十五分前になっても誰も来ないので、それで連絡したところ、赤松君だけが捕まらなかったので、それでみんなで探し回って、青木君が倉庫で倒れている赤松君を発見したというわけです」
疑問だ。
「みなさんは本番前まで何をしていらしたんですか?」
緑ラビットが答える。
「赤松君から座長と三人だけで話があるってメールが来たので、それで衣装に着替えて、空調室で待っていました」
ラビッタンが続く。
「ワタシも似たようなメールが来て、ゴミの集積室で待ってた」
青ラビットも続く。
「俺はステージ裏のトイレだな」
空気を読んでセイラさんも答える。
「わたしは会議室に集まると思っていたので、呼ばれるまで待っていました」
そこで死神教授が謝る。
「それは申し訳ない。そういえば、集合場所を伝えていませんでしたね」
店長が咳払いする。
「まぁ、とにかく、直に警察が来るでしょうから、詳しい話は警察が来てからにしましょうや」
そこで全員で会議室に向かった。
事情聴取が行われることを想定して、六人用のテーブルにパイプ椅子を並べて、私物を手元に置いた状態で警察の到着を待った。適当に座るように言われたけど、自然とメインキャストと、大学生らと、僕とセイラさんで別れた。
「聖羅お嬢様!」
警視庁捜査一課の滝上警部が入室すると、開口一番、セイラさんの元に参じて挨拶するのだった。警部とはこの前の事件で知り合っていたので既知の仲だ。
滝上警部が「お嬢様」呼びするのは、セイラさんの母方の伯父さんが現職の警察庁次官をされているからだ。警察組織でいうと、事実上ナンバー2の人物である。
「『お嬢様』と呼ぶのは控えるようにと言ったはずです」
「いや、これは失敬」
柔道の有段者でもある武骨な大男が注意をされて畏まるのだった。しかしそれも当然だ。この場では新人声優にすぎないので、近しい僕でも「お嬢様」とは呼ばないように気をつけているのだから。
「しかし、なんでまた、ここにお嬢……」
「『セイラ』で結構です」
警部が坊主頭をかく。
「セイラさんが事件現場に居合わせた理由をお聞かせ願いたい」
「それは仕事で参りましたところ、事件に遭遇して、容疑者となってしまったのです」
「またですか?」
「またなのです」
「それは弱りましたな」
「容疑を晴らしてくださいますね?」
「それはもちろんですとも」
ということで、関係者を代表して死神教授が事件の経過を説明するのだった。途中で松本刑事がノートパソコンを開いて、監視カメラの映像を交えて説明を加えるのだった。