キャラクターショー殺人事件 問題編 1
セイラお嬢様はタワーマンションの最上階にあるペントハウスに住んでおり、休日は僕が彼女の朝食を作る約束をしている。どうしてそんな約束をしたかというと、セイラさんが望んだからと答えるしかない。
地下の駐車場から最上階まで直通のエレベーターがあり、親族以外では僕だけが暗証番号を知らされているので、僕一人でお家に上がり、彼女が眠っている寝室のドアを叩くことができる。
「セイラさん」
家の中では「お嬢様」呼びではなく、「さん」付けで呼ぶのが決まりだ。
「入りますよ」
一度呼び掛けて返事をしない場合は入室してもいいことになっている。
「セイラさん、起きてください」
彼女が一人暮らしを始める前は、僕も彼女の実家に居候させてもらって、そこから大学に通わせてもらっていたということもあり、その時から目覚まし時計代わりの仕事を任されていたので、彼女の寝顔は見慣れたものだった。
「ほら、気持ちのいい朝ですよ」
とカーテンを引いて、窓から差し込む春光を浴びたところで、セイラさんが目を覚ました。
「いきなりカーテンを開けて、なにが『気持ちのいい朝』ですか」
「そうでもしなければ起きてくれませんからね」
「もう少し優しく起こしてくれてもいいのに」
「では、次回までに勉強しておきます」
セイラさんは自分に厳しい方だけど、苦手な朝だけは甘えん坊さんになってしまうので、朝の時間帯だけは甘えさせてあげることにしている。
彼女が着替えをしてパウダールームから出てくる迄に、朝食の準備を終わらせるのが僕に課せられたミッションだ。早く作りすぎず、出来立てを用意できれば、僕としても仕事に満足感を得られる。
実家にいた家政婦さんのように出汁の利いた味噌汁を求められると大変だけど、僕の場合はトーストと卵料理とサラダを用意するだけでいいので、そこは助かっている。
この日は目玉焼きを希望されたので、半熟が、本当に半熟に出来上がった方を彼女に出した。半熟の目玉焼きは、皿に載せるタイミングを間違うと固焼きになってしまうので、卵料理には拘りが必要だ。
「おいしい」
それだけで報われた気持ちになるので、やはりセイラさんの言葉は特別だ。
食事を終えると、この日は珍しく風がなかったので、海が眺望できるルーフテラスに出て、紅茶を飲みながら今後の予定について話し合うことにした。
「立ち上げたばかりの個人事務所の新人声優が、いきなり大役をもらえるはずもなく、ですから、今後もオーディションを受けながら関係者の方に名前を憶えてもらうしかありませんね」
セイラさんが頷く。
「そこは辛抱して頑張っていきましょう」
「そう言っていただけるとマネージャーとしても心強いです」
そこで思い出した。
「そういえば、昨夜『ラビットストア』という全国展開している大型スーパーから仕事の依頼がありまして――」
ウチは声優業の他にもナレーションや司会業も請け負っている。
「店舗内の特設会場でキャラクターショーを行っているそうですが、ヒロイン役が怪我をしたみたいで、そこで急遽代役を探さなければならなくなったみたいなんですね。『検討してみます』と返事をしたまま、まだお断りの連絡を入れていないんですが、どうしますか?」
「やりたい!」
即答だった。
しかも目が輝いている。
「日時は本日のお昼ですよ?」
「でも、ショーの開始時間には間に合うんでしょう?」
「ですが、いくつかセリフがあるみたいですけど」
「当日に代役を立てられるくらいなんだから大丈夫」
そこで急かされたのですぐに連絡を入れた。すると直後に電話が掛かってきて、泣きそうな声で感謝され、メールで台本が送られてきた。それを清水セイラは一読しただけで記憶してしまうのだった。
キャラクターショーが行われる会場へ到着すると、三千台収容可能な駐車場の半分が既に埋まっていた。そして、「お昼前には満車になる」と説明してくれたのは、僕たちを応接室で出迎えてくれた小太りの店長さんだ。
「お昼時は飲食フロアも混み合いまして、それで人の流れを分散させようとキャラクターショーを始めたわけです。集客効果もあり、従業員の負担も軽減でき、お客様の不満も減りましたし、なにより織り込みチラシで予告しちゃったもんですから、中止するわけにもいかなかったので、本当に助かりました」
隣に座るセイラお嬢様も人の役に立てて嬉しそうだ。
でも、会話をするのは僕の仕事だ。
「キャストが怪我をされたそうですが、安全面は大丈夫でしょうか?」
「いやいや、怪我をしたのは昨日のステージが終わってからでして、アクションシーンもありますが、それは別の役者がやりますので心配はいりません」
どんな仕事でも安全確認が一番大事だ。
「怪我をされた方のご容態はいかがでしょう?」
「いやいや、本人の不注意から足首を捻っただけですから、ご心配には及びません」
そこでセイラさんの好物でもあるメロンゼリーを差し出す。
「これはうちの清水からのお見舞いの品ですので、ご本人にお渡し願えますか」
「いやぁ、そこまでしていただけるとは、申し訳ありませんな」
セイラさんも挨拶する。
「早く良くなるようにとお伝えください」
「お心遣い感謝します。いや、本社の人間も日頃からこれくらい優しくしてくれると我々も助かるんですけどね。相談しても話を聞くだけで具体的な解決策を提示してくれませんからね。今回だって『衣装に合った体型の代役が必要だ』って言ってるのに、『そちらの女性従業員にやらせてみてはどうですか?』だもんなぁ」
店長さんも色々と気苦労が絶えないようだ。
そこで改めて頭を下げるのだった。
「黒石君の紹介がなかったら、芝居を作り直さないといけませんでした。いやいや、本当にありがとうございます」
今回は余所の事務所からいただいた仕事だ。
「こちらこそ、仕事を回していただき感謝しています」
「そう言っていただけると助かります。それじゃあ、早速ですが、開演まで時間もありませんし、会議室にキャストも揃っているので、そちらの方でリハーサルを始めてもらいましょう」
ということで、会議室に案内された。




