犯人は清水セイラ 解答編
会議室にはコの字型のテーブルが置かれており、さらに蓋をするように五つのパイプ椅子が並べられているので、関係者十五名が四角を囲むように座っている状態だ。
そこでこれからセイラお嬢様による推理が始まろうとしている。警察の捜査員が到着する前に解決してしまおうというわけだ。犯人が自ら名乗り出ないようなので、それも致し方のないことだった。
「みなさん、ご静粛に願います」
春色のワンピースを着た探偵さんが関係者の前に立つ。
くるっと回ったのは、全員揃っているか確認したためだろう。
一同がセイラさんを見つめている。
「間もなく捜査員が到着すると思われますが、その前に事件を解決しておきたいと思います」
そこで市川さんが声を上げる。
「解決って、アンタ、犯人を知ってるの?」
「はい。もう既に事件は解決しております」
すると冷静沈着な鈴木Dが驚きの声を上げる。
「ちょっと待って。さっき『犯人は分からない』って結論をみんなで出したばかりじゃないか?」
「犯人はこの中にいます」
「まさか、勘だけで名指しするつもりじゃないだろうね?」
「根拠はありますから、ご安心を」
鈴木Dが頭をかく。
「根拠といわれても、容疑者と目される君たち五人には明確なアリバイはないからね」
「アリバイから真相へと辿り着いたわけではありません」
鈴木Dが自問する。
「ということは、殺害現場は一階で、当然窓もあったわけだから、犯人はそこから出入りして殺害した。それを君は目撃した。いや、違うな。そんなことは言ってなかったもんね」
セイラさんが頷く。
「はい。それならわざわざダイイングメッセージを残す必要はありませんからね。そんなものを残さなければ外部犯のせいにもできたわけですから」
「自滅したわけか」
「これは計画的な犯行ではなく、突発的に思いついてしまったがために、犯行に及んでしまったのでしょう。わたしが灰皿を振り上げた話をしてしまったことで閃いてしまったのです」
話しているセイラお嬢様も苦しげだ。
「ということは、やはり君に罪を着せようとしたわけだ」
「はい。凶器に私の指紋が付いていることは周知されていたので、それでダイイングメッセージを残したのでしょうが、それが結果的に墓穴を掘る形になったわけですね」
鈴木Dが驚く。
「ということは、つまり、あの血文字で『ハンニンハキヨミズ』と書かれてあったダイイングメッセージから、君は真相を見抜いたということなのか?」
いよいよ真相が明かされる。
「はい。私の苗字は『清らかな水』と書いて『キヨミズ』と呼びます。『清水の舞台』と同じ呼び方です。ですが、『清水』という姓は『シミズ』と呼ぶのが一般的なんです。現に市川さんと、美輪さんと、ヨッチさんはわたしのことを『シミズ』と呼びました。返事をしなかったのは、わたしの名前ではないからです」
全員が犯人の顔を見る。
「ところが、二宮さんだけはわたしのことを『キヨミズ』と呼んだのです。ですから返事をして、挨拶もさせていただきました。つまりダイイングメッセージに『キヨミズ』と書くことができたのは犯人である二宮さんだけなんですね」
そこでセイラさんが二宮さんと真っ直ぐに向き合う。
「返り血がどこかに残っているはずですから、警察が調べれば証拠が出てくると思うんです。ですから、その前に自首してください」
二宮さんが微笑む。
「そうね、もっと早く名乗り出るべきだった」
「捜査員が到着する前で良かったです」
二宮さんが真剣な眼差しを向ける。
「今さら信じてはもらえないだろうけど、貴女に罪を着せるためにダイイングメッセージを残したわけじゃないのよ? あれだけわざとらしく偽装すれば、却って貴女が疑われずに済むと思ったの――」
それが彼女の本心かどうかも分からないのに、セイラさんは頷いた。
「閃きとも違うの。あいつが懲りもせずに新人である貴女を誘おうとしたのを聞いて、頭にきちゃったんだ。それで殺してやろうと思った。もう、誰も、あいつのせいで、自殺しないようにね」
過去にセクハラ被害を受けて自死した新人声優がいたのだろう。
二宮さんが救いを求めるようにセイラさんを見上げる。
「警察がきたら、正直に話そうと思っていた――」
そこで頭を振る。
「いや、怖くて言えなかったかな。それはもう、今は分からない」
そこで捜査員が入ってきた。
二宮さんが自首したので事情聴取は簡単に済ますことができた。だから予約したランチも余裕を持っていただくことができた。だけど、テラス席に移動して二人で食後に紅茶を飲んでいるけど、会話はなかった。
街を行き交う人の流れをぼおっと眺めるセイラお嬢様の綺麗な横顔を見つめながら、僕は考えていた。もしも僕が探偵だったら、二宮さんを自首させることなど出来なかったのではないかと。
あれはセイラさんだから、もっと言うと、セイラさんの声だから、彼女に罪を認めさせることができたのではないかと思う。喋り方も含めて、人の声には、人間の心を動かす力があるからだ。
探偵というのは、時に恐ろしい存在と成り得るから、セイラさんのような特別な声を持つ人が犯人と向き合わなければならない。彼女がどうして声優という職業を選択したのか、少しだけ分かった気がした。
セリフや物語だけではダメで、絵だけでもダメで、そこに声が与えられることで、初めて命が吹き込まれる。その魂を吹き込む作業が声優の仕事だ。だから探偵役が、僕ではダメなのである。彼女の側にお仕えできて、本当に良かった。
「なに笑ってるの?」
気がつくと、セイラお嬢様が僕の顔を見ていた。
「あっ、いえ、先ほどの推理を披露するシーンですが、何かに似ていると思いまして」
「なになに?」
興味津々だ。
「ああ、思い出しました」
「教えて」
「はい。それはコナン君と毛利小五郎の関係に似ていると思いまして。ただし、セイラお嬢様の場合は『眠りの小五郎』ではなく、『眠らない小五郎』ですけどね」
そう言うと、あからさまに不機嫌になるのだった。
「もう、やだっ」
「すいません、今のは聞かなかったことにしてください」
「もう、聞いたもん」
「そこを何とか、お願いします」
「どうやって聞かなかったことにするの?」
「それはご自分でお考えください」
「もうっ、そんなこと言う先生なんか、大っ嫌い」
久し振りに先生と呼ばれたので嬉しかった。