犯人は清水セイラ 問題編 3
スタジオの廊下は直線で、非常口の隣にトイレがあって、その横に事件現場となった控室があって、その隣に楽屋と会議室が並んでいる。犯人が殺害後に非常口から逃げた可能性もあるけど、内部犯の可能性が高いという状況だ。
廊下で事件関係者である十五人が犯人捜しをしているところだが、そこで第一発見者であり、この場で一番冷静な行動を取っている鈴木Dが再び仕切り始めるのだった。
「というよりですね、内部犯による犯行だとしたら、殺害されたコムさんと最後に会った人物こそ犯人ということになるわけですから、そこをハッキリさせれば自ずと真犯人が浮かび上がってくるというわけですよ。面談はエントリー番号の順番で呼ばれたわけですよね?」
それを否定したのが一番の市川さんだ。
「違う違う、なぜか五番から呼ばれたのよ。その後は順番通りだったけどね」
五番というとセイラさんだ。それから市川さん、二宮さん、美輪さん、ヨッチさんの順になっている。そのことに疑問を持った鈴木さんがセイラさんに理由を尋ねる。
「どうして清水さんからだったんですか?」
「それは私にも分かりません」
「うん。でも清水さんが一番だったということは容疑者から外れるわけですね。となると四番のヨッチさんということになりますが」
それを否定したのは市川さんだった。
「それも違うのよ。面談自体は十分も掛からずに終わって、それから楽屋でオーディションが始まるまで待っているように言われたの。でも、いつまで経っても呼ばれないから、私が代表して訊きに行ったのよ。その時はそこのセクハラオヤジはまだ生きてたわよ?――」
そこで慌てる。
「え? なに? 最後に会ったのって私? あっ、違うか。他のみんなも楽屋を出たり入ったりしてたもんね」
ヨッチさんが手を上げる。
「その後、タバコを吸いに非常口の外に出ました。楽屋で吸わなかったのは、喫煙者であることを隠してるので」
二宮さんが続く。
「オーディションが始まる前にトイレに立ちました」
美輪さんが続く。
「飲み物を買いに外に出たけど、それは受付の人に聞けば分かるから」
セイラさんが続く。
「タバコを吸ってきたヨッチさんが私の隣に座るので席を外しました。楽屋から出ずに場所だけ移動すると気に障るかもしれないと思って、それで退出しました。それから非常口の外に出て、少しだけ発声練習をしていました」
ヨッチさんが申し訳なさそうにする。
「ごめんね。その後、またタバコを吸いに行って、入れ替わるように戻ってくれたから、ワタシが喫煙者だって知ってたんだね」
鈴木Dがヨッチさんに尋ねる。
「非常口の外というと、締め出されないようにドアを半開きにしていたわけですよね? その時に控室に入る人を見掛けませんでしたか?」
ヨッチさんがすまなそうにする。
「すいません。タバコを吸ってる姿を見られないように指一本分の隙間しか残さなかったので、廊下の様子は分かりません」
鈴木Dが更に尋ねる。
「最後に楽屋に戻ってきたのは、ヨッチさんということで間違いないですか?」
「はい。ワタシが楽屋に帰ると四人ともいましたから」
鈴木Dが渋面を浮かべる。
「そうなると、犯行に及ぶ際と及んだ後、部屋を入退室する時に偶然発見される可能性はあるものの、全員に犯行の機会があったわけですね。ここはやはり大人しく警察の到着を待ちましょうか」
そこでタイミングよく制服警官が到着するのだった。
捜査員ではないので、現場の保存が主な仕事だ。関係者を会議室に集めて身元確認などの事務仕事も行われた。事件が重なり忙しいみたいで、捜査員の到着はかなり遅れると言っていた。
警官から待機指示を受けたところで、セイラお嬢様が僕のところへきて、袖口を引っ張って部屋の隅に連れて行くのだった。そういう振る舞いは小学生の頃から変わっていない。
「どうかされましたか?」
周りの者に聞かれないように小声で尋ねた。
「早く帰りたい」
「そうは申されましても」
「犯人、誰なんだろう?」
「それは既に分かっております」
そこでお嬢様が僕の目を見つめたまま固まってしまった。
「セイラお嬢様?」
「犯人を知ってるの?」
「はい。一人しかおりませんから」
「どうしてみんなで推理してる時に言わなかったの?」
そんなに不思議がられるとは思わなかった。
「それは警察の捜査員が来たら直接話そうかと」
「今すぐ教えて」
「今すぐでございますか?」
そう言われると教えないわけにはいかなかった。
犯人の名前と根拠を教えると感嘆の息を漏らした。
「確かにその方で間違いないようね」
「はい。ですから警察もすぐに調べがつくと思います」
「だけど、もっと早く帰れる方法もあるでしょう?」
「と申しますと?」
「推理を披露して、自首を促すの」
あまり気が進まない。
「ですが、セイラお嬢様に罪を着せようとしたのですよ?」
「犯人が反省できるかどうか、それを今ここで私が考えても答えは出ないから」
「よろしいのですか?」
「頼みます」
ん?
「この私めに、推理をしろと仰いましたか?」
「ええ」
困った。
「それが、その、私は人前に立つのが苦手でして」
「ああ、そうだった」
お嬢様も承知で、だから裏方の仕事に就かせてくれたと思っている。
「それでしたら、セイラお嬢様が私の代わりに推理を披露するというのはいかがでしょう?」
「わたしが?」
「はい。なにも私である必要はございません」
「そうね、やってみようかな?」
第三者には、濡れ衣を着せられたセイラさんが自らの力で潔白を証明したように見えることだろう。人には持って生まれた天賦の才というものがあるので、僕が人前に立つよりもずっといい。