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声優・清水セイラの大冒険 ミステリー短編集  作者: 灰庭論
CASE.1 犯人は清水セイラ
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犯人は清水セイラ 問題編 2

 オーディションが行われる会議室には五人のタレントを除く関係者全員が集まっていた。いや、プロデューサーの小村川こむらかわさんが控室で個別に面談を行っているところなので、コの字型に配置された真ん中の席だけ空席だった。


 その間に僕たちは何をしていたかというと、業界の未来について語るわけではなく、ギャンブルの話をしたり、家庭の不満を口にしたり、ワイドショーのネタで盛り上がるなど、そんな感じで時間を浪費するのだった。


 僕は新卒なので黙って話を聞いていたのだが、予定の開始時刻を三十分も経過してしまったので、さすがに我慢ができなくなり、会話の途中だけど尋ねてみることにした。


「すいません、オーディションの開始時間がとっくに過ぎているんですが、まだ始まらないんですか?」


 それに答えたのは若いディレクターの鈴木さんだ。


「コムさんが来たら始めますよ」


 コムさんとは小村川Pのことだ。


「面談があるとは聞いてなかったんですが?」

「そういうのはコムさんが一人で決めちゃうんで」


 そこでアシスタント・プロデューサーの北村さんがニヤけ顔で補足する。


「あの人の場合は面談ではなく、口説いてるだけだけどね」

「どういうことですか?」

「知らなかったの? あの人は業界で有名なセクハラオヤジなのに」

「じゃあ、今ごろウチの清水も口説かれていると?」


 北村APがすっとぼける。


「どうだろう? コムさんは口説けそうな人の見極めは上手だから」

「そうそう、ちゃんとプライベートとして処理しちゃうんですよね」


 と鈴木Dが感心するのだった。


「すいません、失礼します」


 と言った時には身体が勝手に動いていた。



 ところが、慌てて楽屋へと駆けつけてきたものの、五人のタレントが一つのテーブルを囲んで談笑しているものだから、拍子抜けしてしまった。僕が血相を変えて飛び込んできたものだから笑われる始末である。


「マネージャーさん、オタクの商品なら大丈夫ですよ。あのセクハラ野郎に灰皿を振り上げて謝らせたそうですから」

 とアラフォー新人の市川さんが笑った。


「見てみたかったな」

 ヨッチさんも愉快そうだ。


「あの人は業界じゃ有名なセクハラオヤジっていうし、いい薬になればいいけど」

 中堅声優の二宮さんも笑顔だ。


「いっそのこと、殺しちゃえば良かったのに」

 と美輪さんが物騒なことを言う。


「あの方に、そんな価値はありません」


 セイラお嬢様が涼し気な表情で言い切るのだった。清水コンツェルンのご令嬢ということもあり、幼い頃から危機的状況に対する対処法を学んでいるので安心はしていたけど、何事もなかったのでホッとした。


「おい! 大変だ! 誰かきてくれ!」


 と思ったら廊下から大声が聞こえてきた。



 楽屋にいた全員で廊下に出ると、右側の会議室からも関係者が出てきて、合流しつつ、左側の奥で手招きしている人の元へと急いだ。声の主は鈴木Dで、小村川Pのいる控室の中を覗きながら説明する。


「コムさんが死んでます――」


 騒然としたところ、控室の中を覗こうとする者を制止するのだった。


「いや、殺されてるみたいなんで入らない方がいいです」


 入ってしまうと証拠隠滅を疑われることになる。

 鈴木Dが続けざまに指示を出す。


「北さん、すいませんけど、受付に行って警察を呼んでもらえますか? 事情を説明して、警察が来るまでスタジオから誰も帰さないようにしてください、って、二、四、ろ……、って全員いますね。それなら大丈夫ですけど、あっ、でも、他にも入館した人がいたかもしれないから、急いで伝えてください」


 指示を受けた北村APの方が年上だけど黙って従うのだった。鈴木Dは第一発見者なので現場から動かなかったわけだ。これも自身が疑われないための大事な行動だ。


「本当に死んでるんですか?」


 そこで集団の前に出てきたのがアラフォーの市川さんだ。


「入らないでくださいね」


 と鈴木Dが制止しつつも、市川さんが中を覗く。


「いやあぁ……」

 と市川さんが口を手で塞いだ。


 それから僕の方を見た。

 いや、目線が合わない。

 見ているのは僕の後ろにいるセイラお嬢様だ。

 気になったので、僕も控室を覗かせてもらう。

 すると後頭部を殴られた小村川Pが倒れているのが見えた。

 しかも側には血の付いたガラス製の大きな灰皿が転がっている。

 おまけに床にはダイイングメッセージが残されているのだった。

 信じられないことに『ハンニンハキヨミズ』と書かれてあった。

 つまりセイラお嬢様のことだ。


「冗談なんかじゃなく、アンタが殺したのね」


 市川さんの言葉に、鈴木Dが尋ねる。


「冗談というのは、どういうことですか?」

「この子が言ってたのよ、さっき楽屋で『灰皿を振り上げてやった』って」

「それは本当ですか?」


 鈴木Dの問い掛けにセイラさんが答える。


「はい。振り上げはしましたが、殺してはいませんよ」

「嘘おっしゃい」


 市川さんは完全にお嬢様が殺したと思っているようだ。

 鈴木Dが落ち着かせる。


「まぁまぁ、警察が調べればハッキリしますので、それまで大人しく待っていましょう」

「それでは困ります」


 お嬢様はハッキリと考えを口にするお方だ。


「困るというのは?」

「ランチの予約がありますので」

「ええ、しかし殺人事件ですし」

「捜査には協力しますよ、ですが、関係者の中に犯人がいるようですので、この場で名乗り出れば今すぐ解決するじゃありませんか。殺人を犯した上に、私たちに迷惑を掛けるというのは余りにも身勝手ですからね」


 そこで市川さんが詰め寄る。


「アンタのせいでオーディションが滅茶苦茶になったのに、なに言ってんの?」

「それは犯人に向けられる言葉であって、私に向けられる言葉ではありません」

「アンタが殺したんでしょう?」

「殺していないと言ったはずです」


 市川さんが興奮状態なので、お嬢様をガードすることにした。

 それで何とか距離を取ってくれた。

 そこへ北村APが走ってくる。


「警察に通報したんですが、この近くで事件があったみたいで捜査員の到着が遅れるそうです。でも制服警官はすぐに駆けつけてくれるみたいですので、現場に立ち入らないように待っていてほしいと言われました」


 報告を受けて、鈴木Dが仕切り直す。


「ということですので、警官が到着するまでこの状態で待ちましょうか」


 この場には十人のスタッフと五人のタレントがおり、廊下で待ちぼうけしている状態だ。非常に気まずい雰囲気で、順番に現場の状況を確認しつつ、近くの人と小声で話をするといった感じである。


「でも、我々スタッフの中に犯人はいませんよね」


 全員が発言者の北村APの方を見る。

 そこで全員に説明する。


「だってコムさんが控室に行ってから殺されるまでの間、我々スタッフ全員は会議室に集まってましたからね。トイレに行った人もいませんし、席を立ったのは榎下さんと第一発見者である鈴木君だけだ」


 第三者からすると僕もアリバイがないということになるわけだ。

 疑われた鈴木Dが冷静に説明する。


「でも、私や榎下君も除外していいと思いますよ。ダイイングメッセージには清水さんが犯人であると名指しされています。清水さんが犯人なのか、それとも真犯人に罪をなすりつけられたのかは警察が調べてみないと分かりませんが、少なくとも私と榎下君は、清水さんがコムさんに灰皿を振り上げたという話は聞いていませんでしたからね」


 犯人は凶器にセイラさんの指紋が付いていることを知って犯行に及んだわけだから、オーディションを受ける五人の中に犯人がいる可能性が高いという推理だ。


「へぇ、だったらやっぱりアンタが犯人じゃない」


 と市川さんがしつこくお嬢様を追及する。

 それに対してセイラさんが反論する。


「被害者があんな不出来なダイイングメッセージを残すわけないじゃないですか。私に罪をなすりつけたということは、私以外に犯人がいる証でもあるんじゃないですか?」


 市川さんは引き下がらない。


「どこが不出来だっていうのよ?」

「いまわのきわで、わざわざ『ハンニンハ』なんて主語を用いると思いますか?」

「実際に書かれてあるんだから、否定しても意味がないでしょ?」

「だから他の誰かが私に罪を着せようとしたと言っているんです」


 お嬢様は『名探偵コナン』が大好きなので基礎知識はある。


「じゃあ、誰がアンタに罪を着せたというの?」


 そこでセイラさんが顎に人差し指を当てて考える。

 すぐに顔を上げたので、何か閃いたようだ。


「四人の中で書道をやっていた方はいますか?」


 すると二宮さんと美輪さんが手を上げるのだった。

 市川さんが尋ねる。


「それが何だっていうの?」

「血文字の書体が綺麗なので書道の有段者で間違いありません」


 その言葉に全員が声を出して笑った。でも殺害現場なので、すぐに静かになった。お嬢様は『コナン』が好きだけど、犯人当ては大の苦手だ。一緒に観ているけど、犯人を正しい推理で一度も当てたことがない、ただの一度も。


 美輪さんの顔が怒っている。


「そんなことで犯人にされたんじゃたまったもんじゃないわよ」


 静まり返ったところで中堅声優の二宮さんが思い出す。


「『ハンニンハキヨミズ』ってダイイングメッセージだけど、そういえば『ヨッチ』って改名する前の芸名は『吉田清美』じゃなかったっけ?」


 全員の視線がヨッチさんに集まる。


「そうだけど、『キヨミズ』ではないし」


 セイラさんは自分が犯人じゃないことを知っているので真犯人が書いたと思っているが、他の人は未だに被害者が書き残したと信じているようだ。


 そこで市川さんが口を挟む。


「分かった。『キヨミズ』ではなくて、『キヨミダ』って書こうとしたんじゃないの? それが途中で意識が朦朧として、『ダ』をキチンと書けなくて、『ズ』になったところで力尽きたのよ」


 その言葉を聞いて、爪を噛んだのはヨッチさんのマネージャーだった。


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