立方体ハウスの殺人 問題編 6
駐車場の空きスペースでバーベキューをしながら東堂さん抜きで語らっていたのだが、あっという間に日が沈んでしまったので、後片付けは翌日に回して、キッチンルームに場所を移して話し合うことにした。
招待主の彩子さんが温かい紅茶を淹れてくれて、それを北条さんと、西方さんと、セイラさんと、僕の五人でテーブルを囲んでいる状態である。そこへ東堂さんの様子を見に行った南郷さんが戻ってくるのだった。
「あれからお風呂に入って、部屋で休まれたみたいです。といっても、ノックをしても返事がないので、相当機嫌を損ねていると思いますけど」
「では、私も後で様子を見てきますね」
と言いつつ、彩子さんが南郷さんに椅子を勧めて、紅茶を出すのだった。
それから六人が席に着いたところで、改めて彩子さんが切り出す。
「ところで、聖羅さんはこの後どうなさるおつもりですか?」
セイラさんがバツの悪そうな顔をする。
「『帰らない』と宣言した手前、帰宅するわけにはいかなくなりました。東堂さんのご様子も気になりますし、一泊だけお願いしても構いませんか?」
「それはもちろん構いませんけど、寝具の用意ができませんので、どこにお泊めすればよいのか」
西方さんが小悪魔のように微笑む。
「だから、シングルベッドだからって一人で寝なくちゃいけないわけじゃないんだし、私がリョウ君と一緒に寝るよ」
「ダメです」
セイラさんが即答した。
「どうしてよ?」
「ダメに決まってるじゃないですか」
「そんな決まりはないでしょう?」
「ダメなものはダメなんです」
そこで北条さんが友達を窘める。
「もう、いい加減にしなさいよ。真面目な人をからかわないの」
「だって面白いんだもん」
ここは僕が説明した方が良さそうだ。
「災害用の寝袋がありますので、セイラお嬢様にはこのキッチンルームで我慢していただき、私は車中泊するといたしましょう」
彩子さんが心配する。
「車内での長時間睡眠は身体に堪えるのではありませんか?」
「シートを倒せば身体を伸ばすことができますので、心配には及びません」
と多少の無理は承知の上で、他の方に負担を掛けないようにした。
「ただ、夜中にトイレに行きたくなるかもしれませんから、玄関の鍵は開けておいてもらえますか? 泥棒が入る心配はありませんよね?」
「ああ、はい、そうですね、開けておきましょう」
そこで北条さんが新たな問題提起をする。
「あの、お風呂の順番は、どうしようか?」
「入りたければ入ってきなよ」
西方さんに促されるも、北条さんは伏し目がちになるのだった。
「いや、あの、榎下さんも使われますよね? だから、その、同じお湯を使うのは恥ずかしいなって」
「え? そういうの気にする人だっけ?」
「それって、どんなイメージ?」
「モデルって人前で裸になっても平気なんでしょう?」
「お風呂と一切関係ない話だね――」
そこで北条さんが慌てた素振りを見せる。
「あっ、あの、別に榎下さんが嫌いというわけじゃなく、恥ずかしいだけで」
「それは当然かと思われます。でしたら、こうしましょう。私はシャワーしか利用しませんので、浴槽のお湯は皆さんで自由に使われてはいかがでしょうか? もっとも、入浴中の行動に関しては信じてもらう他ありませんけどね」
北条さんが笑顔で頷いてくれた。
西方さんが悪戯っ子のような顔をする。
「監視するために、一緒に入っちゃおうかな?」
「いや、それは」
と間髪入れずに断ったのに、なぜかセイラお嬢様は怖い顔で僕のことを睨むのだった。たぶん、おそらくだけど、少しだけ頬が緩んでしまったのがいけなかったのかもしれない。
それから六人でボードゲームをして、北条さんがお風呂に入ると言って離脱して、そのまま二階の泊まり部屋に行くというので、「おやすみ」の挨拶をして別れた。
さらに南郷さんが離脱して、西方さんが後に続いた。三人になったところでお開きとなり、彩子さんとセイラさんが後片付けをするというので、先にシャワーを使わせてもらうことにした。
これまた立方体の大きな浴槽を横目にしながら、シャワーを浴びて、脱衣所を出ると、そこにセイラお嬢様が体育座りをして、膝を抱えながらちょこんと座っているのだった。
「どうされたんですか?」
バスセットを持って、セイラさんが立ち上がる。
「ちゃんと見張っててあげたからね」
「見張り、ですか?」
「そうですよ、西方さんが入って行かないように見張らないといけなかったので」
「あれは彼女の冗談ですから」
「そういう冗談は好きじゃありません」
「はい。憶えておきます」
そこで、やっと表情を緩めてくれるのだった。
「では、寝袋の用意をしておきますね」
と言って去ろうとしたところで、腕を掴まれた。
「一人は怖いので、ここに居てくれませんか?」
命令できる立場なのに、それをしおらしくお願いするのだった。
「はい。仰せの通りにいたしますので、ゆっくり温まってきてください」
「ありがとう」
と言って、脱衣所に入って行くのだった。結局、「一人で眠るのも怖い」と言うので、キッチンルームで一緒に眠ることにした。寝袋を取りに外に出たのだが、その時、頬に雨粒が落ちてきた。
雨が窓を叩く音でうるさかったけど、隣でセイラさんが気持ちよく寝息を立てていたので、僕も安心して眠ることができた。朝方には上がっていたけど、建物周辺の土がぬかるんでいるので、まとまった雨が降ったようだ。
朝食の席に着いたのは前日の夜にボードゲームをした六人だった。
「東堂さんを待たなくても大丈夫なんですか?」
セイラさんの問い掛けに、北条さんが答える。
「沙織さんは朝が苦手だから、っていうより、休みの日は朝方に寝て、起きてくるのは昼過ぎになると思う」
それが東堂さんの行動パターンで、だから誰も呼びに行こうとしなかったのだろう。さらに西方さんが付け加える。
「無理に起こすと機嫌が悪くなるから起きてくるまで待った方がいいよ」
起こさないように気をつけろということだ。
それでも午後になっても一向に姿を現さないので、流石に心配になり、お菓子作りの手を休めて、誰か一人が責められないようにと、六人全員で様子を見に行くことにした。
「沙織さん」
彩子さんがノックをしてから呼び掛けるも、中からの返事はなかった。
「沙織さん?」
彩子さんだけに責任を背負わせないように、西方さんも呼び掛けた。
それから北条さんと南郷さんも呼び掛けるのだった。
しかし、東堂さんから返事が返ってくることはなかった。
「何かあったのかも」
と南郷さんが心配そうに呟いた。
直後に西方さんがドアノブを回すも、施錠された状態だった。
「マスターキーを取ってきます」
と言いつつ、彩子さんが階下へと急いだ。
「鍵を掛けたまま家に帰ったんじゃないの?」
西方さんの言葉に、北条さんが首を振る。
「車はそのままだから」
「あぁ、そっか」
それからしばらく無言の間が続いた。
彩子さんの戻りが遅い。
西方さんがしびれを切らす。
「ちょっと行ってくるね」
と言って、階段をドタドタと下りて行くのだった。
戻ってきた時、二人とも手ぶらだった。
「鍵は?」
北条さんの問い掛けに、西方さんが首を振る。
「ないんだって」
「どういうこと?」
それには彩子さんが答える。
「鍵束が見つからないんです」
「マスターキーがないっていうこと?」
彩子さんは動揺のせいか、返事をしなかった。
代わりに西方さんが説明する。
「普段はお父さんの部屋にあるらしいんだけど、って、それはみんな知ってるか、とにかく、その鍵が見つからなくて、もっと言うと、元々あったかどうかも憶えてないんだってさ。始めからなかったとしたら、お父さんが持ってるんじゃないかって、ね、そういうことだよね?」
念押しされた彩子さんが、コクリと頷いた。
ここは年長者の僕が判断しなければいけない。
「救急車を呼ぶ必要があるかもしれませんから、鍵を見つけるのは断念して、ドアをぶち破りますね。家主の方には申し訳ありませんが、独断で行わせてもらいます」
車から工具箱を取ってきて、箱屋槌でドアの鍵周りに穴を開け、施錠を外し、ドアを開けると、部屋の中で東堂沙織さんが死んでいるのだった。




