立方体ハウスの殺人 問題編 4
それから最後にサイコロの部屋も拝見させてもらった。そこもセイラお嬢様がお泊りするルービックキューブの部屋と同じで、様々なサイコロが保管されている展示室になっていた。
「確かにすごい収集なんだろうけど、どうせ集めるなら、もっと色んな形のサイコロを集めればいいのに」
西方さんの言葉に家主の彩子さんが返答する。
「父にとってはサイコロであることよりも、立方体であることの方が大事みたいですので」
「ああ、そういうことね」
続いて北条さんがショーケースの中を指差して尋ねる。
「このサイコロだけやけに厳重に保管されているけど、高価だったりするの?」
ガラスケースの中で固定された金属製のサイコロを見ながら彩子さんが説明する。
「これはアルミ製なので高価な代物というわけではありませんが、現代の技術で成し得る、最高水準の立方体だって聞いています。ガラスから取り出しただけで価値が失われるっていわれていますね」
「指紋をつけてはいけないわけね」
「はい」
と彩子さんは答えたものの、僕はもう少し説明してあげたくなった。
「指紋の付着はもちろんですが、仮に白い手袋をして掴んだとしても、手にした瞬間に摩擦が生じるので、それだけで重心の位置がずれてしまうわけです。これはサイコロの確率を求めるテストでも指摘される問題ですね。サイコロの出目というのは、一回振れば六分の一で、二回振った時に同じ目が出る確率は六掛ける六で三十六分の一になりますが、これはあくまで一回目と二回目が同じ条件下でサイコロを振ることが前提となります。ところが、今のところ現実ではその条件を揃えるのが不可能なのです。なぜなら、金属で完璧な立方体を作成するのが難しいからですね。このアルミ製のサイコロにしても、あくまで現代技術で計測できる範囲で作られた立方体にすぎません。それは近似値であって、正六面体とは断言できない代物なのです」
つい、夢中になってしまった。
しらけさせてしまっただろうか?
四人の反応を見る。
そこで西方さんが察したように微笑む。
「続けてください」
彼女は長い話を聞くのが苦にならないようだ。
「サイコロというのは一般的な物ですと、出目の数を表すために表面が削られていますね。または赤と黒でペイントされています。その時点で重心が真ん中にあるということはないので、出目に傾向が生じてしまいます。一度振っただけでも角が削れてしまいますし、転がすというのであれば摩擦係数も考慮せねばなりません。一回目と二回目で同じように振ることができなければ、本当の確率など求められないというわけですね。では、サイコロの確率問題が無駄かというと、そうではないんです。確率問題を追究するには、結局は同等の条件下であることを前提として計算しなければならないわけですからね。それが現実世界に生じるエラーを知る手掛かりになるわけです。疑問を持つには、まずは基礎的な算数の計算や数学の問題がなくてはならないということなんです」
やはり退屈させたかもしれない。
「お腹が空いたので、話の続きはご飯を食べながらにしましょう」
と言って西方さんが僕の腕を引っ張るので、そうでもなかったようだ。
別荘地に来たということで、屋外でバーベキューをする予定だったようだが、東堂沙織さんの到着が遅れているということで、ダイニングルームで彩子さんに作ってもらったサンドイッチを五人で食べた。
それからみんなでボードゲームをして遊んだ。彩子さんのお父さんがサイコロ目的で購入したそうなので、ゲーム盤の方は不要だったが、捨てずに残しておいたようだ。
僕だけではなく、セイラお嬢様にとっても生まれて初めてのボードゲーム体験だったので、すごく楽しそうにしていたのが印象的だった。それだけでお供して良かったと思った。
東堂さんが到着したのは三回目のゲームが終わった午後三時過ぎのことだった。車のエンジン音が聞こえると、彩子さんがすぐに正方形の窓の外を確認して、外に飛び出し、西方さんと北条さんも急いで後を追い掛けるのだった。
「どうしたんでしょう?」
セイラさんも三人の異変を感じ取ったようだ。
「随分と慌てたご様子でしたね」
「私たちも行ってみましょう」
「はい」
ということで、建物正面の駐車場に向かうことにした。
外に出ると、駐車場に外国車の真っ赤な2シーターが停車してあった。車から降りてきた人が二人いて、黒のブランド物のワンピースを着た長い黒髪の女性が、おそらく東堂さんだと思われた。
運転席から降りてきたグレーのニットを着たメガネの女性の方は分からなかった。東堂さんも資産家のご令嬢なので、セイラさんと同じように、使用人を連れて来たのかもしれない。
「ねぇ、信じられる?――」
東堂さんが出迎えた三人に訴える。
「この子ったら、ナビも満足に扱えないの。朝の九時には出たのに、倍以上も掛かるんだよ? ほんと役立たずなんだから」
「ごめんなさい」
それに対して運転手の女性ではなく、なぜか彩子さんが謝るのだった。
さっきまでの和やかな雰囲気が一変した。
そこで東堂さんと目が合った。
「ねぇ、なんで男の人がいるの? 女子だけじゃなかったの?」
「その方は清水さんのお連れの方で」
彩子さんが説明するも、納得した様子はない。
「だから、その清水って誰?」
「大学で知り合ったお友達」
「なに勝手に連れてきてんの?」
「ごめんなさい」
それを見かねたセイラさんが発言する。
「お邪魔でしたら、お暇させていただきますけど」
「そんなこと言ってないでしょう?」
そこでまたしても彩子さんが謝る。
「ごめんなさい。準備で忙しくて連絡するのを忘れていたの」
「それなら仕方ないけど、友達を帰らせたら、私が意地悪したように見えるから」
「本当にごめんなさい」
「とりあえずトイレに行かせて」
と言って、歩き出したところで、すぐに立ち止まる。
「あっ、そうそう、部屋のカギもらっとく。レナに預けると、また失くされるといけないから」
彩子さんがルームキーを手渡す。
「二階の『サイコロの部屋』」
「なに、それ? まぁ、いいや――」
取り急ぎレナさんに指示を出す。
「私の荷物だけど、二階まで運んでおいて。すぐに着替えるから、そのまま部屋で待ってて」
と、相手の返事を待たずに家の中へ入って行った。
そこで方々から安堵の息が聞こえてくるのだった。
「ビックリしたでしょう?」
と西方さんがニヤけ顔でセイラさんに尋ねる。
「はぁ、まぁ」
「彼女、小学生の頃からあんな感じだから気にしないで」
さらに北条さんが付け加える。
「無視しなかったから、かなり機嫌がいい方だと思う」
「あれでですか」
そこで彩子さんがレナさんに声を掛ける。
「レナちゃん、また沙織さんから命令されたの?」
「いえ、そういうわけでは……」
大人しそうな見た目通り、か細い声で答えるのだった。
彩子さんが紹介する。
「彼女は南郷玲奈さんといって、私たちの同級生なんだけど、沙織さんとは父親同士が上司と部下の関係で、それで昔から、色々と、ね」
こき使われている、と言いたいのだろう。
西方さんが急かす。
「レナちゃん、早く荷物運んじゃった方がいいよ、って、私も運ぶの手伝うよ」
「ああ、うん、ありがとう」
それが昔からの関係性なのだろう。同級生なのに全員が東堂さんに気を遣っている感じだ。彩子さんも沙織さんがお腹を空かせていないか尋ねるために、速足で家の中に戻るのだった。




