7.けんごの事情
「ほんとに、けんごなのか…?」
一拍遅れて疑念を持つ。
扉を破ってぼくの前に現れたけんごが上裸ではなかったからだ。
つまり、けんごは、服を着ていた。
「おれを忘れたって言うのか? このすどうけんごを」
いや、確かにけんごだ。その顔その声、もはや間違うはずもない。
しかし激しい違和感。
「その服は、どうした」
たまらず本人に訊ねる。
「おれだって上着くらい着るさ。軽いハンデだとでも思うんだな」
そう言って服の裾をつまんで見せるけんご。服を着ているということは例の胸から包丁を取り出す技は使わないということなのだろう。
悔しさが込み上げてくる。それだけぼくが取るに足らない存在だと、けんごは暗に言っているのだ。
「…後悔させてやる。ぼくの前に服を着て現れたことを!」
精一杯の強がりだったが、不思議と力が湧いてくるような気がした。
「ふっ、吠えるようになった! おもしろい。お前の力、見せてもらうぞ!」
豪快に笑いながら手に持った包丁で刺しかかってくるけんご。
それをギリギリまで引きつけ、すんでのところで横に跳んで避ける。
ドスッ
鈍い音とともに包丁がぼくの背後にあった壁に刺さる。
予想通りとはいえ、切れ味が良すぎる。
けんごが壁から包丁を抜く一瞬の間に、ぼくはもと来た部屋の方へと走り出した。
「逃げるのかトウヤ!」
怒りを滲ませて叫ぶけんご。しかし追っては来ない。
例の部屋の前まで走ってからけんごの方に向き直る。
「そういうことか」
けんごは恐らく、あの部屋から離れられないのだろう。理由は分からないが、追ってこないのはきっとそういうことだ。
「気づいたか。なら仕方ない。この勝負、預けた!」
そう言い残して部屋の中に消えるけんご。
「なんとかなった…」
扉が閉まる音を聞いてから、床にヨロヨロと座り込む。足が震えてうまく立てない。
しかしずっとこうしているわけにもいかないだろう。
壁に手をついてなんとか立ち上がり、扉を開けて例の部屋に倒れ込むように入る。
そこで初めて、ぼくは目が覚めたときに感じた違和感の正体に気づいた。