5.潜むけんご
夢の中にいる。
目の前に広がるのは茜色の大地。
それが夕日に照らされた草原だと気づくのにだいぶ時間がかかった。
炎のごとく輝く草原の中に一本、道がある。永遠に続く道だ。
ぼくはその道の上を歩いている。この先になにがあるのか、ぼくは知っている。
それでもぼくは歩みを止めない。すでにぼく自身の意思ではなかった。
道の途中で、小さな池を見つけた。
喉の渇きをうるおそうと、両手で池の水を掬って口元に持っていく。
「やめておけ」
その時、池の中心の方から声がした。声の主は、一羽の赤いアヒルだった。
こちらに泳いでくる。
「まだ人でいたいのなら、その水を飲むのはやめておけ」
バサァ
それだけ言うと、赤いアヒルは翼を広げて茜色の空に飛び立っていった。
「っ!」
そこで目が覚めた。
「けんごは…!」
咄嗟に周囲を見回すが、そこにけんごの姿はなかった。それと同時に、ここがさっきまでと同じ部屋だと分かる。
「! 目が覚めたんですね!」
扉が開き、さきほどの女性が駆け寄ってくる。
「あの、けんごは…」
「…大丈夫です。ここにはいません」
目を伏せながら言うのが気になったが、ひとまずは安堵する。
「あのあと、いったいどうなったんですか?」
続けて尋ねる。確かぼくは左肩をけんごに刺されてそのまま意識を失ったはず。
恐る恐る左肩を見ると、服の上から包帯が巻かれているものの、重症には見えない。実際痛みもあまりない。
「それは…すいません。今は言えません」
やはり彼女は伏見がちだ。
「そうですか、わかりました」
何か事情があるのだろう。深くは聞かないでおく。
「ですが、ひとつだけ。けんごは必ずまた、あなたのもとにやってきます。トウヤさん」
彼女は何かを知っている。今はまだ話せないのかもしれないが、きっといつか教えてくれると信じている。
「そういえばあなたのお名前を聞いていませんでした。教えていただいても?」
「わたしはアーナ。アーナ・フーリエと言います。気軽にアナとでも、フーとでも呼んでください」
「アーナさん。いい名前ですね。ぼくは不破桃矢と言います。どうやら二度も助けていただいたようで、ありがとうございました」
「いえ…」
「そういえば、話の途中でしたよね」
沈んだ空気を変えようと、できる限り明るい声を出す。
「え?」
「ぼくがなぜけんごに狙われているのか」
その話をしている途中でけんごが乱入してきたのだ。
「そう、でしたね。わかりました。わたしの話せることを話します」
アーナさんは何かを決意したように顔を引き締めて言う。
「ありがとうございます」
「ですが、今日はもう遅いので、話は明日ということで」