8.戦闘
「アーナさん……」
光の中から現れた彼女は、空中を滑るようにぼくの元に近づいてくる。
「おっと」
するとけんごが机を蹴って宙返りし、ぼくとアーナさんの間に割って入る。
「……そこを退いてください」
感情を消した目でけんごを静かに睨みながらアーナさんが言う。
「嫌だと言ったら?」
それに対し、挑発するかのように首を傾げてみせるけんご。
そして一瞬、痛いほどの寒気がした。
目の前を風が走り抜ける。直後、轟音。
音のした方を見やると、砂ぼこりの先に見えてきたのは壁にめり込むけんごの姿。
「けんご!」
慌てて駆け寄ろうとするが、肩を強く掴まれ、それ以上けんごに近づくことはできなかった。
「ようやく捕まえましたよ。トウヤさん」
やれやれとでも言いだしそうな雰囲気。それは聞きなれた優しいアーナさんの声そのもので、ふと気が緩みそうになる。が、目の前の光景が突き付けてくる容赦のない現実。砂ぼこりが晴れ、無惨に陥没したファミレスの壁。
そこに、けんごの姿はなかった。
「ッ!」
ぼくのすぐ後ろで、アーナさんが息を呑んだのが分かった。
肩を掴まれていた手が唐突に離され、ぼくは前のめりに倒れそうになる。なんとか踏ん張って体勢を立て直しかけたところで
「そのまま倒れてろっ!」
頭上から聞こえたけんごの声に、反射で身を屈める。
ブンッ
何かが高速でぼくの頭蓋をかすめた。
「くっ!」
瞬時に後方に退いたらしいアーナさんの憎々しげな声。しかしどうやらけんごの攻撃は直撃しなかったようだ。こちらに近づいてくる気配がする。
「なにやってんだよけんご!」
けんごの姿はまだ見えなかったが、思わず悪態をつく。
「いや、狙い通りだ」
すぐ横からけんごの声がしたかと思ったら、声のした方に強い力で引っ張られ、体が宙に浮いた。どうやら担ぎ上げられたらしい、と気付いた時にはぼくはすでに走り出したけんごの肩の上で激しい空気抵抗にさらされていた。
気が付くとぼくは木陰で寝かされていた。地面は芝生になっているようだ。手入れが行き届いているのか、均一に刈られた草の先が首筋を撫でてどうにもくすぐったい。ええと、ここはどこだったか。
記憶が混乱するのも束の間、見上げた木の上にけんごの姿を認めてぼくは我に返った。
「けんご!」
すぐに身を起こして、木の上でなにやら周囲を見回しているけんごに声をかける。
こちらに気付いたけんごが木から飛び降りてきた。枝がざわりと揺れる。
「起きたか。すぐに出るぞ」
ぼくが口を開く前にけんごは短く言って手を差し出してくる。ぼくはひとまずその手を取って立ち上がり、一呼吸おいてからけんごに疑問をぶつける。
「今度はどこに行くんだ? 行く当てもなくただ走り回るのはもうごめんだぞ。いや、それよりもさっきのはどういうことなんだ? どうせ逃げるのならなんで最初から逃げなかったんだよ」
「まあ、まて。落ち着け」
責めるような口調のぼくをなだめるように両手を上下させるけんご。
「大丈夫だ。行先はある。が、少し遠いからな。お前はここだ」
続いてけんごはそう言って、自分の背中を指差す。
「は?」
けんごの意味するところが分からず、首を傾げる。
「だから、おんぶだよ。お、ん、ぶ」
「……は?」




