4.輪廻
「なんだって…?」
人々は死なず、子は生まれない。ここはそういう世界だと、けんごは言った。
「生き死にに関して言えば今言った通りだ。だがそれだけじゃない」
どこからか取り出した二つのグラスに、置いてあった水差しで水を注ぐけんご。一つをぼくの前に置き、けんごはもう一つのグラスから水を呷る。
何を言えばいいのか分からず、ぼくはただけんごの言葉を待つ。
「この世界の住人はさ、繰り返しているんだ。この……平穏で、幸福で、クソったれな日々を」
薄暗いせいかその表情は窺えなかったが、グラスを握る手が震えているのが分かった。
「だから人は死なないし、子どもは生まれない。それらは全て、必要のないものだからな」
なんとなく、分かる気がする。けれど、頭で理解することと本当の意味で分かることは別だ。この世界が繰り返しているなどと言われたところで、にわかには信じがたい。
「信じられないだろうな。だが、本当のことなんだ。この世界の住人はみな、細かな違いこそあれど、ほとんど同じ日々を一定の周期で繰り返している」
言いながらけんごはグラスを揺らして中の水をくるくると回す。弱い照明の明かりが水面で反射してわずかにぼくの目を賑やかせた。
「切れ目など存在しない。昨日も、今日も、明日も明後日も、一日として同じ日なんて無いように思える。当たり前に時は過ぎていく。けれど、気づけばまた同じ日々だ」
回していたグラスから、一口水を飲み、そしてまた水差しから水を注ぐ。そんなけんごの動作の間にも、惰性で回転を続けようとする水面。
「無論、この国の住人たちがそれに気づくことはない。たとえ気付いたとして、何もできはしない。いつの間にか忘れている。違和感さえ残らない」
自分の前に置かれたグラスに目を落とす。そこに映る自分に問いかける。ぼくは、本当のぼくは。
「そしてそれは、お前も例外ではないんだ。トウヤ」
顔を上げると、ぼくを試すかのようなけんごの目。
「この国で生活する限り、その人生に終わりはない。お前はあの宿で一生、平穏な日々を送るだろう。次第に何もかも忘れる。自分がかつて何者だったのか。どこから、どうしてここにやってきたのか。それらは日常には必要ない。そうしてお前はこの世界の住人となる。その日々は、きっと…幸福だ」
「率直に言うぞトウヤ」
ぼくが押し黙っていると、けんごは雰囲気を変えて口を開いた。
「おれが、この世界を終わらせる」




