Do it!(命令すなアホ)
ステージの上でバンドのボーカルが「Do it!」と叫んだ。曲の始め、ドラムが4カウントしてからすぐである。「It」ってここでは何を指すねん、誰に命令してんねん、あとマイクがハウって「キーン」なってギターの兄ちゃんがえらいしかめ面やんけ。
バンドの演奏が終わり、彼らはステージからハケていく。ステージ脇の扉を開けて、自分の楽器をしまい終えたやつから順に、楽屋へと背中を丸めて消えていく。客がまばらなフロアにBGMが流れだす。少ない客たちはバーカウンターへ殺到してちょっとした列ができてしまう。アホ、いっぺんに集まったらそうなるやろが。しかもビールやスミノフなんかの簡単なものを注文すればそんな混雑もすぐに解消するのに、各々が好き勝手にトマトジュースやらちょっとしたカクテル、えーとんーと、おつまみのお豆さんもください、なんてやってるので、次のバンドが既にステージ上で準備を始めているというのに、バーカウンターの列は途切れない。
ステージ上に現れた次のバンドが、全力で演奏を始める。まだあんたらの演奏時間ではないが、と思ったが、なんと彼らはリハーサルをしていないのである。だから、客を前にして入念なるサウンドチェックをしているのである。ボーカルがステージを降りてバンドの音を聞いている。首を捻る。マイクに「ハーハーハー、チェッチェッチェッ」などとぬかしている。
爆音でサウンドチェックを行うバンドの音に、カウンターで注文する客の声がかき消されてしまう。カウンターのバイトが何度聞き返しても、声量を変えずに何度も注文する客。聞こえないバイト。バイトが耳を寄せる動作をする。しかし客はもじもじとして声量を上げない。バンドの音は途切れない。何度も同じ曲の同じ部分を繰り返している。
スケジュール通りの時間にBGMが消えて、ステージ上のバンドが軽く挨拶をして曲が始まる。しかし、セットリストの頭の曲はあちゃあ、なんとさっきまで何回も公開リハーサル状態で聞かされていた曲であった。なんたら恥さらしだ。客はタバコをふかす、大声でツレと話しこむ、酒を飲むなどして、ステージ上を見ている者など誰もいない。バーカウンターのバイトの兄ちゃんはスマートフォンをいじくっている。
一曲目が終わり、ボーカルが「Thank you!」と叫んだ。「You」って誰やねん。