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《同棲時代 2》  1  研修医一年・六月

時代背景は、1998年頃。利知未25歳の誕生日前からの、三ヶ月間のお話しとなります。ごゆっくりお楽しみ下さい。

  同棲時代編 2

       1 《 研修医一年・六月 》


             一


 六月は、梅雨の時期だ。 今年も利知未は、乾燥機能付きバスの底力を再確認して、有り難く思う。

 今月の二人の休日は、月頭の日曜・四日と、三週目の日曜、十八日だ。

『……ま、仕方ないけど』

三日・土曜日。 利知未が一人の休日に、家事をこなしながら溜息を付く。


 倉真とは、まだ少しだけ擦れ違っている感じだ。 だからこそ、二人でのんびりと過ごす事の、出来る時間。 特に、休日は。

 少しでも、多く欲しいと思う。


 笹原の事は、取り敢えずの解決を見た。 口さがない噂好き達が囁くその内容も。 香が言っていた通り、どうやら誤解だったらしいと、話の向きが変わり始めてくれた。

従って最近、病院の居心地も、悪くはなくなって来た。

 今は、倉真の心を気遣う事に、その気持ちを集中出来ている。 その点では、平穏と言えるのかも知れない。



 倉真は、土曜出勤中だ。 最近、テキストを会社に持ち込んで、昼休みにも開いて勉強している。

「……何て言うか。 物凄い、涎の跡だな」

同い年の先輩、保坂が、倉真のテキストを横から眺めて呟いた。

「昔から、教科書の類は睡眠薬みたいなモンだったっすからね」

照れ臭そうに倉真が言う。

 今朝は、利知未が弁当を持たせてくれた。

「ご飯、食べに行ってる時間が、勿体無いから」

そう言って、テキストを開きながらでも食べ易い様に、大きな握り飯を四つ作ってくれた。

「解らないトコ、教えるか?」

「頼ンます」

 昼休みは保坂に教わりながら、勉強を進めた。


 仕事が終わり、今日は利知未の休日だった事を思い出す。

『……早く、帰ってやらないとな』 そうは思う。

 けれど、利知未に関する疑惑を持ち始めてからの自分が、利知未にどう見えているのか? それが、少し気になり始めた。

『普通にしている、つもりなんだけどな』

 最近、利知未の涙を見る機会が、増えて来た。 それは自分を信頼してくれている、証であるとは思うのだが……。


 少し、遠回りをして帰る事にした。

 今の自分は、無意識に利知未に対して、何か悲しみを抱かせてしまう態度を取っているのかもしれない。


 慣れない勉強を続けている事で、多少、ウンザリとして来てもいた。

 何時も十分で到着する距離を、大回りに一時間近く掛けて帰宅した。



 何時もの土曜出勤より帰宅が遅い倉真を、少しだけ心配した。

『けど、土曜だって、残業が長引く事だって、あるよね』

 利知未はそう考えて、深く悩まないように気をつけた。 近々、オペの予定がある担当患者の、予習時間を取る事にした。


 オペ前には医学書を開く。 学生時代から授業のテキストとしても使用している物だ。

 医学は日々進歩している。 病院には、医学コンベンションの開催連絡も来る。 利知未の働く大学病院では、医師が出張扱いで出掛ける事もある。

 利知未は今の所、まだ参加した事は無い。 塚田や笹原などは、年に数回は参加しているらしい。 医療技術の復習、新しい技術の勉強・習得も、医師としては必要な事だ。


 医学書を開きながら、五月に開催されたコンベンョンでの話を、塚田から聞いた事を思い出した。

『医者は、大学卒業して資格を取ったからって、それで勉強がお仕舞いになる職業では、無いんだよな……。 裕兄の夢を引き継がなかったら、あたしには、余り向かない仕事だったかもしれない……』

ふと、そう感じる。 利知未とて、勉強が好きで頑張って来た訳ではない。 目標があったから、友人達に助けて貰いながら、ここまで何とか辿り着いた、と言う感じだ。

 それでも、一人でも多くの人を助けて行きたい、と言う、今の利知未の思いも嘘ではない。


『けど。 倉真に、昼休みまで頑張れって言うのは、可哀想だったかも……?』

 倉真は、利知未以上に勉強が嫌いだ。 中学校時代までの自分も、似たり寄ったりだった。 あの頃は、裕一が見てくれて居たから、渋々ながら頑張って見た、と言うだけだ。


『もしかして、鬱憤溜まって、どっかで発散させて来てたりして』 時計を見て、そう思う。 既に、八時を回っていた。

『発破掛けたの、あたしだし。 帰ってきたら、労わってあげよう』

 晩酌の摘みを、夕飯の他に作って置く事にした。



 利知未がキッチンに立っていると、漸く倉真が帰宅した。 八時半を回っている。

「お帰り」

「ただいま」

利知未に迎えられ、倉真がキッチンへ踏み込んで、驚く。

「飯、まだ、食ってなかったのか?」

「一緒に食べた方が、美味しいでしょ。 もしかして、食べて来ちゃった?」

「いや。 バイク、走らせて来た」

「じゃ、お腹空いてるよね。 手、洗って来なよ」

笑顔で言われて、複雑な思いに捕らわれた。

「……悪かった」

「どういたしまして。 摘みも、多めに作っておいたよ」

「サンキュ」

短く礼を言って、倉真が手を洗いに、洗面所へ消えた。


 その夜、倉真は勉強を止めた。 遅い夕食ついでに、晩酌まで終わらせた。

「息抜き上手にしないと、ストレス溜まっちゃうよ」

「そうだな」

「私も受験勉強の時は、良く息抜きしてたし。 明日は休みだし、どっか行こうか?」

「勉強のプラン、お前に立てて貰った方が良さそうだな」

情けない顔をして、倉真がぼやいた。

「協力するよ、テキスト見せて」

自分の勉強もあるが、倉真には頑張って貰いたい。

 その場でテキストを見せて貰い、晩酌をしながら、相談をした。

「学科試験、6つもあるんだね。 当然ながら理数系だな。 一ヶ月一教科ずつ終わらせて、年内に終わるでしょう。 倉真、登録試験?」

「一応、そうなると思う。 社長がその辺、手続きしてくれるらしい」

「したら、今年の十月は無理だから、来年の三月か。 残りの三ヶ月で復習だね。 実技の勉強は、会社で頑張って」

「そうするよ」

「…それと、お弁当だけど。 あった方が、良い?」

「金は、掛からなくて済むけどな」

「でも、やっぱり昼休みくらいは、息抜きしないとね」

利知未には、お見通しらしい。

「偶には、作ってくれよ。 お前が、余裕がある時でいいよ」

「うん、判った。 じゃ、勉強の話はこれくらいにして、明日は、久し振りに映画にでも行く?」

「映画館で、眠っちまいそうだな」

「じゃ、何処行こうか?」

「梅雨だからな。 明日も、雨だろ?」

「天気予報では、そう言っていたよね」

「身体、動かしてーな」

「じゃ、ボーリングにでも、行ってみる?」

「久し振りだな、そうするか。……どっかの室内プールでも、イイケドな」

 ニヤリとした倉真を見て、利知未が少し赤くなる。

「それって、あの水着、着ろって事?」

「アン時、見られ慣れたんじゃないのか?」

「恥ずかしいのは変わらないよ。 ボーリング! 倉真、得意でしょ?」

「仕方ない、ビキニ姿は諦めるか」

照れる利知未は、可愛いと思う。 軽くからかって、少しだけ気が晴れた。



 翌日は、前夜の約束通り午後から出掛けて行った。 今日も雨だ。 最寄り駅から十分ほど歩いた場所にある、ボーリング場までのんびりと歩いた。


 ボーリング場で、凄い子を見つけてしまった。

「うわ、あのコ、上手いな。 まだ、小学生くらい?」

小さな子供が、スペアとストライクをバンバン決めて、高得点を叩き出している光景に出会った。

「本当だな。 お前より、上手いんじゃないか?」

「倉真より、上手だったりして?」

昨夜から、何と無く倉真にからかわれている。 利知未も言い返す。

「言ったな、見てろよ」

倉真はその子供と、密かに張り合ってしまった。


 自分を観察しながらゲームを進める大きなお兄さんを見て、子供も自慢げな笑みを見せる。

「あ、あのヤロ、笑いやがった」

「ムキになってる。 子供相手に」

「ゲームにガキも大人も関係あるかよ? …燃えてきた」

「頑張れ!」

声を上げて笑いながら、利知未が倉真に声援を送る。


 利知未は、倉真とゲームをしながら、その子供と両親の仲良さそうな雰囲気に、つい見入ってしまう。

 ボーリングが上手いのは、男の子だった。 ストライクを取り、父親と母親、歳の近い姉と、手を打ち合わせて、はしゃいだ声を上げている。

 ついでに、倉真を見てニマリと笑う。

「あはは。 可愛い」

利知未が今まで見せた事の無い、大人の女性らしい、笑みを見せて呟いた。

 その笑顔を見て、倉真は一瞬、止まってしまう。

『……利知未、ガキが欲しいとか、思ってるのか?』

 自分の子供を、欲しいと思ってくれているのだろうか……?


 ここまで、妊娠したかも知れないと言って、利知未が慌てたことは無い。 もしかして、本当に不妊症なのか? と、チラリと思ったことがある。

 そう思う程に、去年の秋から、倉真は思う存分な事をしている。 利知未が相手の時は、避妊具を使用した事も無い。

 抱き合う夜には、必ず一度は子作り行動に出ていたりもする。

 ……その度に、怒られている。


『もし、そう思ってくれていて、出来ない、体質ってのが、あるなら……』

 男だから良くは判らない成りに、それが女には可哀想な事であるのは、何と無く感じることが出来る。

 利知未の義姉・明日香を見ている。 職場の先輩にも、子供がいる。

『……ガキか。 嫌いじゃネーけど、自分が父親になるってのは、考えたことも無かったかも知れネーな』

 もしも利知未が妊娠したら、それを理由に、とは、思った事もある。

 けれど、そこから先に、自分が父親になってからのイメージが、キチンと浮かんできた事は、無かったかも知れない。


「倉真、どうしたの? 負けてるよ」

「…ン? あ…、あー! あのヤロ!」

 倉真よりも高得点で、ワンゲーム終えていた。

「頑張れ、頑張れ!」

利知未に再び声援されて、ボールを投げる。

 余計な事を考えていた所為で、狙いを外してしまった。

「あーあ、合計、20点の差で、ワンゲーム終了!」

「くそ。 次のゲームで、巻き返す」

「あの家族、もうそろそろ帰るみたいだけど?」

靴を脱ぎ、自分の使っていたボールを、其々が片付け出している。

 ボールを返しに来たついでに、男の子が、倉真の近くへ寄って来た。

「お兄ちゃん、何点? …やった! おれの勝ちぃ!! じゃーね、楽しかったよ」

不敵な笑みを見せて、家族の元へと、戻って行った。

 両親が、笑顔で会釈を寄越した。 倉真と利知未も会釈を返して、利知未は、手を振って言う。

「バイバイ」

「ばいばい! お姉ちゃん!」

 男の子が、元気に返事を返してくれた。 倉真が、男の子に向かって言う。

「次は、負けネーぞ?!」

「毎週、来てるよ! またね!」

男の子は、倉真にも、そう返してくれた。


 家族が帰ってから、倉真は特訓だと言って、その後、3ゲームもして帰宅した。 利知未は倉真に付き合って、流石に少し疲れてしまった。



 夕食は済ませて帰る事にした。 一つの傘に、二人で入って歩く。

「倉真の負けず嫌いは、対象年齢、幅広いな」

くすくす笑って、利知未が言う。

「男同士ってのは、そー言うモンだ。 …と、思うけどな」

「もしも、子供が出来たら、倉真も子供に特訓するの?」

「ボーリングか? 喧嘩の仕方、特訓するかもな」

「不良少年、育てるつもり?」

「身を守る方法、教えるんだよ」

「だったら、私が……、…何でもない」

言いかけて、止まる。 肩を小さく竦めて、寂しそうな笑みを浮かべる。

「お前が、合気道でも、教えてくれるのか?」

「……どうして、倉真の子供に、あたしが教えるの?」

 倉真にその気は、あるのだろうか? その疑問は、まだ解決していない。

「……俺たちのガキだったら、お前が教えてくれるんだろ?」

 利知未は他に、同じ病院の医者と……。 あの話は、まだ。 倉真の中で、解決していない。

「……そうだね」

 利知未の様子に、倉真が何か言いかける。

「お前、」

「何?」

 小首を傾げた利知未の視線を受け、その視線を倉真は逸らす。

「……悪い、忘れた」  『聞ける訳、ネーよな』そう思う。

小さく溜息を付いてから、利知未は、少し無理をして、明るい声を出した。

「お腹、空いたね。 何、食べて行こうか?」

 それ切り、その話は出さなかった。



              二


 翌週から、その翌週。 二人の雰囲気は、微妙なままで過ぎてしまった。


 倉真が勉強をしている隣で、利知未も医学書を開く。 生活その物は、何ら変わる訳でもない。

 利知未は、自分の仕事の合間を盗んで、家事も確りこなしてくれる。 倉真の協力体制も、特に崩れる事は無い。

 お互いに、勉強時間に紛らせて、重い話には極力、触れないようにして過ごしていた。


 利知未は、やはり心配になる。 それでも、倉真が何も言い出さない限り、自分から触れるのは、止めようと決めている。

 ただ、明るい雰囲気さえ、保つ事が出来れば……。 今は、それで良い。


 倉真は、利知未が隣で勉強をしていれば、居睡りをしてしまう事も無い。 利知未は休憩に、懐かしい珈琲の味を再現してくれる。


「……余り、思い出したい事じゃ、無いんだけど」

珈琲を飲みながら、利知未がふと言い出す。

「何だ?」

倉真はテキストを開いたまま、利知未の呟きに問い掛ける。

「……昔、一月間だけ、母親と暮らしてみた事がある。 あの頃、毎日、夜中に珈琲、淹れさせられてたよ」

「何時頃の話なんだ?」

母親の事を言い出す利知未は、珍しい。 倉真はテキストから、顔を上げた。

「中学一年の、初め。 私は、城西中学には、転校して来たんだよ」

「そうだったのか? 始めて聞いたよ」

「始めて、話した。 だた、それだけ」


 それ以上、母親の事は、言わなかった。

 倉真は、利知未の心の中にある、母親に対する思いを、敏感に汲み取った。


「……そうか。…珈琲、美味いよ、サンキュ」

 利知未は微笑して、小さく首を、横に振った。



 翌日、十五日・木曜日に、利知未はオペを控えていた。 無駄話は早々に切り上げて、下調べに集中した。

 その夜は、倉真が寝室へ引っ込んだ時間よりも、少し遅くまで、医学書に向かっていた。



 午後一番で、オペが入っていた。 二度目の症例で、初めての時よりは気持ちも落ち着いていた。 無事、終わらせて、力がふっと抜ける。

 患者の家族に術経過を報告して、カルテに記入した。 それから漸く医局で一息入れた。 妻帯者・野口医師が、労いの言葉を掛けてくれた。


 まだ、手術自体が、7回目だ。 今までの所、失敗も無く終わっている。

 自分の性格は、判っているつもりだ。 何かが起こってしまった時に、慌てずに対処するために、利知未は処置前、数日間を勉強に充てている。 今までの成功事例も、その甲斐あっての事だろうと思う。

 外科の先輩医師たちは、利知未のその努力は知ってくれている。 医学書を片手に、手の空いている医師を捕まえて相談する事も多い。 野口も何度か、利知未の質問に答えてくれている。 穏やかな人だった。 うだつが上がらない、と言う方が、的を得ている表現かもしれない。 その分、余計に優しい人だった。


 先輩医師達は、塚田が人柄でも実力でも、経験でも、群を抜いていると思う。 笹原は、野心を持った実力主義者だ。 仕事に対する姿勢と女に対する姿勢は、勿論、全く違う。

 藤澤は、その若さもあり、利知未にとっては良い兄貴分とも言える。 スポーツ系に強いので、そちらへの拘りは、かなり有るようだ。 研究熱心なタイプでもあり、アスリートの為の、新しい治療方針を良く研究している。 婚約者が栄養士の資格保持者で、食からの治療にも見解が明るい。

 一日の業務を終え、利知未はくたびれて帰宅した。 少し、残業になってしまった。 今日は、倉真の方が早かった。



 その日、珍しく定時で上がれた倉真は、最近の自分を反省して、偶には利知未の為に夕食でも作ってやろうと言う、殊勝な気持ちになっていた。

 買い物をして帰って、帰宅は六時半だ。 恐らく利知未よりも早くに着くだろうと踏んでいた。


 利知未は六時に上がり、買い物をして六時五十分頃だ。 それから直ぐに支度を始めて、平日は七時半を過ぎる、倉真の帰宅時間に丁度だ。

 今日は、遅くなってしまった。 冷蔵庫の中身を思い出し、それで何か作れるだろうと、それでも七時過ぎには帰宅して来た。



 玄関を入った利知未は、キッチンに立つ倉真を見て目を丸くする。

「お疲れ。 飯、もうチョイ待ってくれ」

「ただいま。 倉真、今日は早かったの?」

「珍しくな。 偶には、いいだろ」

照れ臭くなって、視線を外す。

「風呂、入ってる」

「ありがと」

感謝の気持ちを、照れて視線を外している倉真の頬へ、キスで表す。 薄く口紅の跡が付いてしまった。

「キスマーク、ついちゃった」

親指の腹で、その跡をそっと拭って、くすりと笑う。

「手術、上手くいったのか?」

「二度目の症例だからね。 何事も無く。 折角だから、お風呂入ってきちゃうよ」

「出る頃には、出来るよ」

「うん、ありがと」

もう一度礼を言って、着替えを取りにリビングへ入る。


 オペのある日は、やはり疲れる。 それまで数日間の勉強時間を含めて、どっと疲れが出て来るのかも知れない。 倉真の気遣いは、有り難かった。


 利知未が風呂へ入っている時間。

 パスタを茹でながら、倉真は考え込んでしまった。


 五月に、整備工場の客から聞いてしまった、利知未と笹原の目撃情報と、今月頭の休日の、利知未の雰囲気と二人の会話を思い出す。

 あの話を聞いてから、一月半だ。 真相を聞くに聞けずに、今まで過ごして来た。 それから、ボーリング場で、家族連れの様子に見入っていた利知未が溢した笑顔と、その後の会話。


 もしも、利知未が。 女の肉体的機能として、満たされない物を持っているのなら、労わるべきだ。 同時に、自分の気持ちも考える。


 昼間、倉真は先輩に問い掛けた。

「ガキって、やっぱ可愛いモノなんすよね?」

行き成りの質問に、先輩は少し驚きながら、笑顔で答えてくれた。

「可愛いぞ? 最近、上の子が一緒に風呂へ入ってくれなくなったからな。 少し寂しいけどな」

「男は、いなかったっすか?」

「今、妊娠中だよ。 エコーで、どうやら男らしいって、医者が言っていたよ」

「それで、何人ですか?」

「三人目だ。 どうした? 結婚でも考えてる女が、出来たのか?」

「っつーか、女の方が、子供は欲しいもの、っすよね?」

「それは、どうだかな……? 家のは妊娠中、ぼやいてるぞ。 重くて大変だから、早く出てきて欲しいって。 知ってるか? 5キロあるんだとさ、臨月頃には。 それ、腹にくっつけてるんだから、大変は大変、何だろうな」

「考えられネーな」

「おれも、考えられないと思う。 …女は、偉大だよ」

 昼休みの会話だ。 先輩は、妊娠中の奥さんの、愛妻弁当を使っていた。


 その会話を含めて、真面目に考える。 ……それと、問題の医師の存在。

『……綺麗に、成り過ぎだ』  心の中で、呟いた。

 利知未が以前と同じ男っぽい雰囲気の儘だったなら、そちらの問題は誤解だと思い切れるかも知れない。

 それでも、利知未は昔からモテるタイプだったらしいとは、感じている。

『そりゃ、そーだよな。 ……俺は今の所、アイツ以上の女には、会った事は無いと思うしな』

 聞く人が居たら、立派な惚気だ。 ……けれど、それ程に愛しいと感じられる、女だからこそ。倉真の心は、益々、複雑だ。

 考え込んでいて、風呂から上がって来た利知未に、気付かなかった。


「倉真?」

 返事が無い。 倉真はパスタを湯で溢し、笊を持ったまま止まっている。

「倉真! どうかした?」

 腕を軽く掴まれ、揺すられて、漸く気付いた。

「…ん、あ…? ああ、悪い。 何だ?」

「パスタ、固まってるよ」

手の笊を見て、我に返る。

「…何やってんだろーな」

自分の小さな失敗に情けない顔をして、ぼやいた。 利知未が小さく笑みを見せ、倉真の手から笊を受け取った。

「いいよ、疲れてるんじゃない? 最近、勉強も大変だったから。 後は、私がやるから」

「…悪い、任せるよ」

首を竦めて、ダイニングチェアへ腰掛けた。

 利知未は固まったパスタに、オリーブオイルを掛け、絡まった麺を解す。

「はい、お待ちどう様」

利知未が、二人分のパスタを皿に盛って、テーブルへ置く。

「冷蔵庫に、サラダが入ってるぜ」

「OK。 ドレッシングは、どっち使う?」

「和風ので、良い」

 サラダも出して、ドレッシングを出し、作り置きの麦茶を出す。 グラスに注いで、冷蔵庫へ仕舞い直して、利知未は漸く、席に落ち着いた。

 倉真は、その間もぼんやりとしてしまう。 首を傾げて、利知未が言う。

「…大丈夫? ご飯、食べよう」

合掌して、食事を始めた。 一口食べて、笑顔を見せる。

「うん、美味しい」

声に、倉真が反応する。

「缶詰のソース、温めただけだぞ?」

「それでも、美味しい。 パスタの湯で加減も、上等、上等」

「…そうか?」

気の無い返事に、利知未は心配に成る。 半分ほど食事を進めて、もう一度聞いてみた。

「…ね、倉真。 ……私がこう言う風だと、やっぱりおかしい?」

「こう言う風?」

「……もし、そうなら、今まで通りに戻るよ?」

 態度や、言葉の事を言っていると、気付く。

「…そーじゃない」

 視線を合わせずに、倉真が言う。 利知未は、首を小さく傾げる。

「…ただ、不安なだけだ」

「何が?」

「……お前、もしかして、病院で何か、変った事は、……無かったか?」

 言い難そうな雰囲気に、ピンと来る。 ……もしかして、倉真は。


 食べかけの食事をそのまま、前屈みになって、倉真の頬へ手を伸ばす。

「ヘンな誤解、しないで」

キスをして、驚く倉真に、そう呟いた。 涙が一粒、流れ落ちた。

 立ち上がり、後ろを向いてしまう。 テーブルの端に軽く手を突いて、少しふらりとする身体を支える。 涙が、次々と流れて来てしまう。

 その涙を手で拭いながら、利知未が言う。

「……あたしらしく、無いな。 ……ただ、倉真に嫌われたくないだけ……」

泣きながら、昔の言葉に、戻していく。

「……それだけ、なんだ。 …本当に、…あれ? どうしたんだろう。 涙、止まらネーよ……。引っ込めようと、してんだけどな……」

 しゃくり上げてしまう。 二回、三回…、五回……、六回………。

倉真の前の、今の利知未に、男言葉は無理がある。


 テーブルを離れて、寝室へ逃げた。

 これ以上、倉真の前で、泣いちゃいけない……。 誤解、されてしまうかもしれない……。


 倉真は、漸く我に返る。 慌てて、利知未を追いかけた。

「……利知未!」



 ベッドの端に掛けて、利知未は、泣いていた。

「利知未」

もう一度、声を掛けながら、倉真が利知未に近付いた。 反対側から、ベッドへ上がって、後ろから、利知未を抱しめた。


 ビクリとする利知未の、耳元で囁く。

「……ごめん」


 その言葉は、心から反省している時にしか、使わない。

 利知未は、倉真のその癖を知っている。


 小さく、首を横に振った。

「……倉真の前だけでは、女らしくして、居たかったんだ。 それだけだよ? 本当に……。 だから、……ヘンな誤解、しないで」


 また、涙が溢れ出す。

 倉真がこの約一月半、どういう気持ちで自分を見ていたのか……? それを思うと、涙が収まってくれない。


「本当に、あたしらしくないね。 ……涙、こんなに出てきちゃうんだもんな」

「……ごめん。 俺が、泣かせていたのか……お前の事を。 ……俺は、馬鹿だな」

 利知未は、もう一度、首を横に振る。

「俺の前で、お前が泣くのは構わない。 ……けど、俺が泣かせたら、いけないんだよ。 ……本当に、俺は馬鹿だ」

「……あたしが、馬鹿なんだよ。 ……もっと早くに、話し合っていれば良かった」


 笹原の事も、相談するべきだったかも知れない。そうすれば、ヘンな誤解を、生まずに済んだ。


 利知未を抱しめたまま、倉真が始めて、利知未に言った。

「……愛してる。 お前を、マジで。 ……初めてだよ、こんなに誰かが愛しかったのは。 ……だから、ヘンに焼くんだ。 お前が最近、急に女らしくなっちまったから、……俺の所為だとは思えなかった。 ……他に、誰か……、」


 それ以上を、倉真の口からは、聞きたくなかった。

 利知未は大きく被りを振って、振り返り、その唇をキスで塞ぐ。


「……それ以上、言わないで。 ……悲しく、なっちゃうよ?」

 倉真の背中へ、腕を回した。 力を込める。

「他の誰を、好きになるの……? 私は、貴方を愛してるんだから」

 小さな声で、利知未を呼ぶ。 その名前に、愛情を持って。

「倉真……私…」

 その続きを、抱しめたまま、待った。

「……どうしたら、良いのかな? もっと女として、倉真に愛されたいのに……。 どうしたら良いのか、……判らなく、なっちゃったよ」

「利知未は、利知未だ。 今まで通りで、居てくれれば良い」

「私が、女らしいのは、イヤかな……?」

「……ンな事、ある訳ネーだろ? 俺が馬鹿だったんだ。 女らしくても、男っぽい儘でも、お前は、お前なのに。 勝手に疑って、挙句に、泣かせちまった。 本当に、どうしようもないヤツだ」

「……私が泣くのは、倉真の事だけだよ」

 少し力を緩めて、倉真の瞳を、じっと見つめる。

「同じだよ。 ……私も、こんなに誰かが愛しかった事は、無かった……」

 嘘みたい、と呟いて、倉真の肩に顔を伏せる。 その肩に、キスをする。

「……同じ気持ちなら」

 その先を聞く前に、利知未が囁いた。

「……抱いて、くれる?」

 優しく、その身体を、ベッドの上へ横たえた。


 抱しめあい、キスをして、求め合う。

 ベッドの上で、その露な姿を隠す事もなく、利知未が恥ずかしげに囁いた。

「……可笑しいね。 凄く、体中が熱いよ……。 初めてじゃ、無いのに……」

 また、彼に対する愛情が深まり、利知未は不思議に、恥ずかしさを覚えた。


 二人の肌が合わさる。


 何時も以上に、激しくお互いを求め合い、漸く身体を離して、寄り添った。


「……今日、忘れちゃった」

 呟くように、利知未が言う。

「何を?」

 気だるげに、腕の上にある、利知未の頭を引き寄せて聞く。

「……ピル、飲むの」

「ピル?」

「……ごめんね。 …避妊薬、ずっと、使ってたの」

 その告白に、ビックリした。

「……何時からだ?」

「もう、二年位になるよ。…どうしよう? 今日、出来たら」

倉真に、結婚の意志があるのかは、まだ聞いていない。


 ……倉真は、何て言うんだろう?


 利知未は不安だった。 倉真は、呟いた。

「……良いんじゃネーか」

利知未が頭を動かして、倉真の顔を見つめる。

「出来たら、結婚すれば。 俺の稼ぎが、不安だけどな」

言いながら、小さく笑う。

 ……何だ、そうだったのか! そう、心の中では言っていた。

「……良いの? ……それで?」

「当然だ。 俺は、結婚するんなら、お前以外は考えられネーよ」

利知未の頭を抱しめる。 腕の中で、利知未は嬉しそうに微笑む。

 ……考えて、くれていたんだ。

 不安が深かった分、余計に嬉しく感じる。

「……あたしも」

 利知未も、倉真の身体に腕を回して、抱しめた。

 その隙間から、そっと顔を覗かせて、倉真の唇に、キスをする。

「…倉真、コンドーム着けるの、嫌いなだけかと、思ってた」

「違うよ。 お前となら、良いと思っていたんだ。 ……違うな。 いっその事、ガキ作って済し崩しに結婚、言い出そうかと計画してた」

 倉真の告白に、今度は利知未がビックリだ。

「……そうだったんだ。 ……でも、ありがとう。 ……凄く、嬉しい」

「お前は、不妊症なんじゃ無いかって、思ってたんだぜ? この頃」

利知未がくすりと、小さく笑う。

「そんな心配、してくれてたんだ……。 黙ってて、ごめんね」

 もう一度、キスをした。

「けど、責めて、もう少し待って。 ……研修医、終わって、ちゃんと医者にならないと……。 裕兄との約束、果たせないから」

「何年だって、待つさ。 お前が、納得するまで」

「本当に良いの? 納得、何時するか判らないよ?」

「赤いチャンチャンコ着るまでだって、待つよ」

「……それは、凄いな」

「それだけ、お前以外は考えられない、って事だ」

「……倉真」

 愛しげに、切なげに、利知未が倉真を呼ぶ。身体を摺り寄せる。

「もう一回、ガキ作りにチャレンジするか?」

「それは、駄目。 ……けど、もう一回。 ……抱いて」

 キスをして、再び二人は、身体を併せた。


 その夜、一つの誤解が解け、新たに、お互いの本当の気持ちを判り合えた。

 ピタリと寄り添って、二人は朝まで、ぐっすりと眠った。



 翌朝。 これまでの不安が漸く解消された所為か、二人揃って寝坊してしまった。 慌てて起き出して、昨夜の残りで朝食を済ませた。


 バタバタと支度をして、先ず始めに利知未が出掛けて行く。

「面倒だな、バイクで行っちゃおう」

「間に合うか?」

「バイクなら、大丈夫。 ね、倉真。 明後日、休み一緒でしょ? 映画、行こう」

「見たいの、あったのか?」

「一寸、面白そうなの見付けたから。 大丈夫だよ、倉真の苦手な恋愛映画じゃないから。 って、もうこんな時間! ごめん、帰って来たら、ゆっくり話そう!」

 キスをして、急いで玄関へ向かった。

「気を付けろよ?」

「うん、行ってきます!」

 バタバタと、玄関を出て行った。 そんな利知未を見るのは楽しい。 つい、小さく吹き出してしまった。 時計を見る。 慌てて支度をした。

「やべ、今日、ゴミの日だ」

気付いて、ゴミを出す支度もする。 タダでさえ慌しい朝が、益々、慌しくなってしまった。


 十分後、ゴミ袋を担いで、倉真が玄関を出る。

 鍵を掛けて、ふと考えた。

『マジ、結婚考えるんなら、このアパートも、その内、出て行く事になるんだよな……。 その前に、金、貯めネーと……』


 自分の夢を実現する前に、利知未との結婚資金も、貯めて行かなければ。

 その前に、エンゲージリングも必要に成りそうだ。


 ゴミをアパート前の集積所へ出して、バイクが止めてある駐輪所へ向かった。 バイクへ跨り、改めて気を引き締め直した。

「気合入れて、仕事に励むか…!」

 ヘルメットを被って、呟いた。 エンジンを始動して、公道へ出た。



 今日は、梅雨の晴れ間が、広がっていた。

バイクを駆る、倉真の視線の先では、厚い雲の切れ目から、朝日が爽やかに、射し込んでいた。




              三


 土曜日。今日も一人の休日に、利知未は家事をこなしながら、鼻歌が口を付いて出てくる。

 エンゲージリングは勿論、まだ貰ってはいない。 それでも、一昨日の夜、二度目の大きな喧嘩のお陰で、嬉しい言葉を聞かせて貰った。

『……やっぱり、倉真の子供なら、早めに欲しいな』 そう考えて、その気持ちが自分だけの物ではなかった事実に、幸せそうな笑みが零れる。

『けど、もう少し……』


 出来ちゃった結婚は、したくないと思う。 それは、生まれてくる子供にも、少し無責任な気がする。 何より、まだ自分は研修医だ。

『倉真の気が変わらないように、もっと、頑張らないとな』 思って、微かに頬が緩む。


 梅雨の晴れ間は、本当に一日だけだった。 今日は、バスルームに洗濯物を干しながら、その仕事一つにも、幸せを感じていた。



 倉真は、何か吹っ切れた様子で、仕事にも、勉強にも集中し直した。 益々、確りして来たその様子を、社長は見てくれていた。

 何時か、自分の整備工場を持つのが夢だと言っていた、初対面の倉真を思い出す。

 あの頃は、本当にそこまで頑張れるヤツなのか? 履歴書に記入された倉真の経歴を見て、半信半疑でもあった。

 一年四ヶ月、見続けて来て、漸くその思いの強さを、信じられる気がする。

 娘婿は、整備士資格一級の所持者だった。 そっと、館川の面倒を良く見てやってくれと、伝えた。



 翌日、十八日の日曜日も、雨だ。 バイクで行くのは無理だろう。

 倉真は思い付いて、去年、自分が贈った洋服一式を、利知未に着せて、出掛ける事にした。


「ね、本当に、この格好で行く?」

「イヤなのか?」

「イヤじゃ無いけど。 …やっぱり、チョット恥ずかしいよ。 雨の日に着るのも、勿体無いし」

「水溜り、抱えて歩いてやるよ」

「また、そー言う事、言って」

 笑いながら言う倉真に、利知未は恥ずかしげな表情のまま、可愛く膨れる。

「行こうぜ?」

 利知未の手を引っ張って、玄関へ向かった。


 傘は、一本しか持たなかった。 二人で寄り添うようにして、駅へ向かう。

 女性らしい服装の利知未は、その外見と長身で、やはり目立つ。 倉真は綺麗な恋人を連れ歩いて、気分が良い。

 見栄は、やはり持っている。 そう言う時は、何時も以上に利知未の身体を引き寄せて、上機嫌な様子だ。

『……嬉しいけど、……倉真、やっぱり子供みたいかも』

肩を抱かれ歩き、利知未はそう感じる。

 傘は、倉真が持ってくれている。 利知未は雨に濡れて、折角のスカートがグショグショにならないように、気をつけながら、何時もよりも淑やかに歩く。


 電車を利用して、少し遠い映画館まで、足を伸ばした。

「お前、ポケットに財布、入れてるのか?」

「この格好に似合う、バッグは持ってないから」

「ついでに、探すか?」

「そうだね」

 電車の扉付近に、倉真に守られながら立ち、話をした。 長身カップルは、何処にいても目立つ。 乗客の視線を感じる度、利知未は照れ臭くなる。

 その雰囲気が、益々、利知未の可愛らしい部分を、引き立てている。

 倉真は、利知未を抱しめたい心境に駆られる。 公共の場である。 我慢して、その腰に手を回す。 引き寄せて、益々、ピタリとくっ付く。

「…ね、倉真。…チョット、恥ずかしい」

 利知未が小さく呟いた。

「気にするな。 俺は、良い気分だ」

 倉真の言葉に、利知未は、また照れてしまった。



 映画館で、上映時間を確かめた。

「今、始まったばかりだね。 次は、二時間後か」

「先にバッグ、見に行くか?」

「そーだね、それで何処かで、お昼食べて戻ったら、丁度かな?」

 宏治の母・美由紀から昔、貰った、女持ちの腕時計を確認して、頷いた。 気付いて、倉真が言う。

「時計は、そう言うのも、持ってたんだな」

「滅多に、使わないけどね。 大学合格した時、美由紀さんがお祝いにくれたんだよ。 偶には、この時計じゃないと釣り合いの取れないような格好もしなさいって。 ……何時ものは、裕兄の形見、だから」

 少しだけ、寂しそうな表情で微笑んだ。 涙は、零れない。

『……倉真が、居てくれるから』  笑顔のまま、裕一の話が出来るようになって来た事を、改めて感じる。

「じゃ、チケットだけ、先に買って行こう」

「ああ、出すよ」

「倉真が、出してくれるの?」

「これくらいはな。 飯は、割り勘で」

「了解」

倉真がカウンターへ一人で寄って行く。 チケットを二枚、買って来た。


 それから、バックを見に行った。 財布とハンカチ、口紅が入れば、取り敢えずは良いと思う。小さめの、夏物の手持ちバッグを見つけて購入した。 早速、ポケットの中身を、入れ替えた。

 再び、二人で一本の傘へ入り、昼食を取りに向かった。


 この日、見た映画は、コメディータッチのサスペンスだ。 某男性アイドルが、女装をしてステージに立つ主人公を演じていた。

 そこそこのアクションも入り、二人の息抜きには、丁度良い内容だった。


 映画を観終わり、軽く喫茶店で、お茶を飲む。 映画の感想を話した。

「お前の、男版みたいだったな」

「あんなに、ゴツくは無かったと思うけど」

「男が女装して、ゴツくなるだろ? 女が男の振りして、美少年の出来上がりって、事なんじゃないか?」

「美少年、ね。 確かに、あの頃は、そう言う触れ込みでやってたけど」

「格好、良かったと思うぜ? FOXのセガワ」

「また、男みたいな格好して、腕組んで歩いて見ようか?」

 昔のデートでの失敗を冗談にして、利知未が言う。

「それは、止めてくれ。 折角そう言う格好してるんだ。 頼むから、普通のカップルで居させてくれよな」

情けない顔をして、倉真が言った。 綺麗な利知未を連れ歩くのは、気分が良いのだ。 折角の気分を壊したくは無い。

「……じゃ、偶には、もっと女らしく、してみようか?」

 下宿の里沙を思い出して、あの仕草を真似してみた。 組んでいた足も下ろして、上品に座り直し、コホン、と、軽く咳払いなどして見る。

 里沙の微笑を称えて、口を開きかける。

「……、…」

「どうした?」

 腕を組んで、楽しげに利知未を観察していた倉真が、突っ込む。

「……何、話せばいいんだろ?」

瞳を真ん中に寄せて、利知未が呟く。 その様子が可愛くて、倉真は、吹き出してしまった。

「無理すんな。 利知未は、利知未だ。 いいよ、何時も通りで」

「折角、頑張ってみようと思ってンのに。 無理って事、ある?」

利知未が、軽く膨れる。

「最近のお前なら、それ以上頑張る必要も、ネーだろ?」

何しろその変化に、他に好い男が出来たのでは無いかと、倉真自信が疑ってしまったくらいだ。

「やーメタ! どうせ、無理みたいだし」

 下ろしていた足を、再び組み直して、テーブルへ頬杖を突く。

「お、膨れた」

 倉真が利知未の態度を見て、また笑う。 妹・一美を思い出して、膨れた利知未の頬を、突いて見た。

 ぷ、と、膨れていた頬っぺたから、空気が漏れる。 利知未も、吹き出してしまった。

「……何か。 小学校の頃、裕兄に同じこと、された事ある。 思い出しちゃった」

「俺も、小学生の一美に、同じ事してたな」

倉真から家族の話が出ることも珍しい。 笑いを収めて、その顔を見つめてしまう。

「倉真、妹とは、仲良かったんだね」

「仲が良いって、言うのか? 相手にならネーよな、4歳も違うと」

「そうかな? あたしは良く優兄と、取っ組み合いの喧嘩してたけど」

「お前は、特別だろ」

「…そーかも、知れない」

 あの頃を思い出して、利知未が言った。 表情は明るい。

「…ありがと」

「どうした? 行き成り」

「昔の事、思い出しても、悲しくなくなって来たよ。 ……倉真の、お陰」

「……俺は、何もしてネーよ」

「傍に、居てくれてるでしょ? ……愛してくれたから」

「…照れるな、こう言う所で、そー言われると」

「ごめん。 でも、本当に感謝してるよ。 …これからも、宜しくね」

 利知未の笑顔を見て、思い付いて、立ち上がる。

「バースデー・プレゼント、買いに行かないか?」

「プレゼント? 一美さん、六月生まれなの?」

恍けた返事に、倉真が小さく笑う。

「週末だろ? お前の、二十五の誕生日」

「あ…もう、そんな時期か。 すっかり、忘れてた」

 最近、ナース達と話していた、会話を思い出した。

「クリスマスケーキだな」

「何だ? それ」

「知らない? 二十六日になると、イチゴを取り変えなきゃ、売れないんだって。 ついこの前、そんな話になったんだ」

「…? 解らネー」

「いいよ、気にしなくて」

利知未も立ち上がり、悪戯心が疼きだす。

「…じゃ、高い物でも、ネダろうかな? 行きましょう、倉真さん」

ビックリする倉真を見て、くすくすと笑う。

「里沙の真似、してみようかと思って…、じゃ無くて、思ったのよ?」

 倉真の腕に、自分の腕を絡めて、レジへ向かった。


 店を出て、再び、一本の傘へ入った。

ピタリと寄り添って歩きながら、利知未の悪戯は続く。

「何を買って貰おうかしら? 私は、新しいジャケットが欲しいわ」

「……何か、妙な感じだ。」

「失礼ね、これでも、猫を被るのは得意なのよ」

堪え切れずに、利知未は吹き出してしまった。

「……けど、やっぱり、止めようか?」

「…偶には、面白い」

「そう? …じゃ、続行。 ジャケットを、プレゼントして貰えるかしら?」

「ジャケットで、良いのか?」

「ライダージャケット。 ちゃんと、レディースで探してね? 次のデートでは、間違えられないように」

「了解」

 里沙の口調を真似して、上品に振舞う利知未を見るのは、また新鮮な気がして楽しかった。 けれど、くすぐったい感じもする。


 一日、照れ臭い気分で、過ごした。

 倉真は利知未のリクエスト通り、レディースのライダージャケットを買ってくれた。



 帰りの電車で、ちょっとした騒ぎが起きる。

 吊り革に捕まって、普段通りに戻った利知未と、話していた。

「…、あ…、ャ…」

 話の途中で、利知未の雰囲気が変わる。

「どうした?」

 もぞもぞと、後ろで誰かが、動いていた。

「…どうしようかな…。 騒ぎ、起こしても良いかな…?」

 ピンと来る。 後ろから、オカシな息遣いが聞こえ出した。

『痴漢か?』

「取り敢えず、移動するか? お前が、騒ぎ起こしたくないんだろう?」

「…うん、そーだけど。 …移動、しよう」

チラリと後ろを見て、天辺の剥げた頭を睨みつけた。 利知未を庇うようにして、入り口付近へ移動した。


 扉横に寄りかかり、漸く一息つく。

「あんまり、電車乗らないからな。 どうしてやろうかと、思っちゃった」

「アー言うヤツは、腕捩じ上げて、『この人、痴漢です!』って、言ってやれば良いんだよ。 お前なら出来んだろ?」

「出来なくは無いけど。 倉真と居る時に、ヘンな騒ぎ、起こしたくないから」


 停車駅で、人混みが入れ替わった。 それを利用して、ヤツが再び利知未に近付く。 入り口付近を、一端広く開けたその後ろに、滑り込んで来た。

「…また、来やがった」

 吐き捨てた倉真の言葉に、利知未が目を伏せる。

「…ヤダ、どうし様?」

もぞもぞと動き出す。 倉真が切れた。


 ほんの二分後、二人が降りる駅に到着した。 扉の開く瞬間に、倉真はそいつの腕を、捩じ上げた。

「痛てててて…! この野郎! 何しやがる?!」

 その中年男は、まだ夕方だというのに、酔っ払っていた。 手に日本酒の紙パックを、握り締めていた。

「何しやがるだぁ……? ふざけんな!! この、痴漢野郎!」

 昔取った杵柄だ。 倉真の迫力に、男はびびった。

 そのまま、ホームへ引っ張り出して、喚く男の腕を益々、強く捻り上げた。 駅員が慌てて走って来た。

「どうしましたか?!」

「痴漢です。 彼女の尻を、触ってました」

利知未が恥ずかしそうに、倉真の左腕に軽く縋り付いた。

「倉真、力、入れ過ぎだよ」

 囁かれて、少しだけ力を緩めた。 その拍子に男が喚く。

「何の証拠があるってんだ?! あぁ!?」

 ……倉真は、完全に切れてしまった。

「現行犯がホザクんじゃネー! 彼女は、俺の婚約者だ! 出る所でたって、良いんだぜ…?」

腹からドスの利いた声を出し、恐ろしげな睨みを利かせる。 その、あまりの迫力に、男はすっかり、大人しくなった。

「…ご協力、ありがとうございます。 こちらへ」

 倉真の迫力に、男と一緒に一瞬、止まってしまった駅員が、気を取り直して、男を引き渡すように促した。 男を連行して行く。


 気付くと、人だかりが出来ていた。 利知未は、恥ずかしくなった。

「婚約者は、言い過ぎじゃない? ……でも、ありがと。 嬉しいよ」

囁いて、倉真を連れて、その場を離れた。

 まだ、残っていた人だかりに、小さく会釈をしながら、半分逃げるように改札へ向かった。


 改札を出てから、利知未が思い出した。

「あ…! 傘、忘れてきちゃった」

「電車の中か?」

 まだ、気分がクサクサしている倉真が、不機嫌そうな声を出す。

「…倉真、まだ、怒ってる?」

「当たり前だ。 あのヤロー、ボコボコにしても足りないくらいだ」

 小さく、利知未が微笑んだ。 痴漢には腹も立つが、倉真の態度は、嬉しいと思う。

「騒ぎで、すっかり忘れてきちゃったよ。 …雨、まだ、降ってるね」

「…だな」

「折角、買って貰ったジャケット、濡らすのイヤだから。 少し雨宿りして行こうか?」

 構内の、ファーストフード店を指差した。

「そうだな。 これくらいなら、直ぐ止みそうだ。 一服して、気ぃ落ち着けた方がいいかも知れネー」

「うん、行こ?」

 腕を組んで、店へと向かった。


 席に落ち着いて、早速タバコを吸い始めた倉真に、利知未が言う。

「倉真。 一本、頂戴」

 倉真から一本貰い、ライターを借りて火を着ける。

「持って来なかったのか?」

「何と無く、ね。 余り、こういう格好には、似合わないかと思って」

 久し振りに、強いタバコを吸った。 その刺激に、一瞬、顔を顰める。

「アンマ気にした事、無かったけどな。 良く、我慢したじゃないか」

「仕事中は、吸えないから。 本数も最近、減って来たよ。 でも、気にならないって言うなら、今度は持って出て来よう」

「また、そう言う格好してくれるって、事だよな? もうチョイ、握力鍛えておくとするか」

「また、痴漢に遭うかも知れないから? 守って、くれるんだ」

「それが、俺の目標だからな」

照れ臭そうな顔をする倉真に、利知未が微笑む。

「……けど、もしも子供が出来たら、タバコ、止めるよ」

「じゃぁ、急いで作るか?」

 照れ隠しに倉真が言って、ニヤリと笑う。

「…意地悪だな」

利知未は少し剥れて、タバコを揉み消した。

「雨、上がったみたいだよ?」

「だな」

 窓の外を、二人で眺めやる。 珈琲を飲み切って、席を立った。



 夕食は、惣菜を一品だけ買って帰り、利知未が残り物で、レンコン金平を作ってくれた。 二人とも辛党だ。 鷹の爪、二本は使用する。

 入浴を済ませてから、倉真は少し、テキストを開く。 一時間ほど勉強して、晩酌時間に倉真が言い出した。

「利知未、何時か、加藤さんから貰ったチャイナドレス、着て見ないか?」

「どうしたの? 行き成り」

「まだ、着た所を見てなかったのを、思い出した」

 今日、観て来た映画は、香港のショービスを舞台にした物だった。

晩酌をしながら、パンフレットを開いてみて、思い付いた。

「映画の影響か。 …恥ずかしいな」

「男だって、チャイナドレス着てたんだ。 お前が照れる事、無いだろ?」

「あれは、映画でしょ? でも、今日は助けて貰っちゃったし。 …仕方ない、サービスしてあげるよ」

寝室に引っ込んで、照れ臭いながらも、始めてドレスに袖を通した。

 着てみて、そのスリットの深さに、目を丸くする。

「……これ、下着、見えちゃうな」

 少し考えて、下着を脱いで、恥ずかしげにキッチンへ戻る。


 今夜は、ダイニングで飲んでいた。 倉真はストックしてあった、中国の酒を準備して、待っていた。

「それ、出したの?」

「気分だけ、中国旅行だよ」

「倉真、そのお酒は癖が強いって、言っていたよね?」

「いいだろ? タマには。 それより、似合ってるじゃないか。 こっち、来いよ」

促されて、スリットから覗く足を気にしながら、おずおずと椅子へ掛けた。

 そこまでの間、倉真はニヤニヤして、利知未の足を見ていた。

「……そんな、じっと見ないでくれる? …恥ずかしいから」

「かなり、いい眺めだな」

「これ、スリット深過ぎるよ。 ……下着、着けられない」

「マジで? …ンじゃ、今、履いてないのか?」

「…うん」

 恥ずかしげに頷く利知未を見て、倉真は調子に乗った。

「取り敢えず、乾杯」

ニヤケた顔を、一応は、少しは誤魔化しながら、利知未のグラスへ酒を注いだ。 グラスを合わせて乾杯をして、一気に行った。

「ちょっと飲み方、荒過ぎ」

 利知未が言う。 倉真は、利知未に返す。

「その格好で、勺してくれないか? 椅子、こっちの角へ持って来いよ?」

「どうして?」

「その方が、勺もし易いだろ?」

 ニヤケた倉真に、不信な顔を見せて、利知未が移動して来た。

「…ま、いいけど。 …はい」

 勺をして、自分も飲む。 倉真が一口飲んで、言い出した。

「足、組んでみてくれよ?」

「どうして?」

「何時も、そうしてるだろ」

 何か、企んでいるなと思う。 それでも、言われた通りにしてやった。

「椅子、そのまま、身体こっち」

やりかけて、足を下ろす。

「スケベ」

 舌を出して、利知未が言う。 反対の足を、組み直してしまう。

「バレたか」

「視線、怪し過ぎ。 大体、何時も生で見てるでしょ? そんなに楽しい?」

 チラリと、スリットを捲ってやった。 太股が、ほんの少し覗く。

「お、いい眺め」

「…全く」

 膨れて頬杖を付いて、そっぽを向いてしまった。

「何を考えてんのか」

「刺激を求めた結果だよ」

「今更、改めて見て、楽しいの?」

「楽しいぜ?」

 呆れてしまう。 倉真は手酌で、お代わりを注ぐ。 チラリと、その満足げな表情を見て、利知未は少し、色っぽい目をして言ってみた。

「……今日は、これがイーの?」

「これがイイ」

「……じゃ、ベッドまで、連れてって」

 気の無い様子で、言い捨てた。 倉真は言われた通り、利知未へ手を伸ばす。

「…! ちょっと? 倉真?!」

「このまま、連れて行ってやる」

「冗談だよ? 本気にしないで!」

「本気にしたよ」

 軽々と、抱き上げられてしまった。 暴れると家具を蹴飛ばしてしまいそうだ。 小さく溜息を付いて、腕を倉真の首筋に回した。

「……仕方ないな。 …ドア、開けられる?」

「慣れてるからな」

 タマに戯れに、この姿勢で移動する事もあった。

「今日は、気絶してないから、楽だよ」

 ニヤリと笑う。 利知未は真っ赤になった。 何時か、リビングで失神してしまった夜のことを、倉真は言っている。

「…意地悪」

 抱き上げられた姿勢のまま、倉真の肩の向こうへ、顔を隠した。 その首筋に、倉真がキスをする。 弱い所だ。 小さく、色っぽい息が漏れる。

「……益々、その気になって来た」

 真っ赤になったまま、利知未はそのまま、寝室へ運ばれてしまった。


 その夜、倉真は何時かやってみたいと思っていた事を実行した。 ドレスを脱がさずに、胸元のボタンだけ外して、そのまま、抱いた。

 感覚的に、不自然だ。

 何時もと違う刺激に、利知未もつい、盛り上がってしまった……。


 身体を離してから、チャイナドレスのまま、倉真に寄り添っていた。

「中々、楽しかった」

「……何か、恥ずかしい感じだった」

「襲われてる気分って、ヤツか?」

「…そーなのかな?」

 照れたまま、利知未が答える。

「あの、お酒。 あたしには、カンフル剤みたい」

小さく笑ってしまう。 ……恥ずかしいけれど、始めて失神するほどの経験をしたのも、あの酒を飲んだ夜だった。

「そーか。 じゃ、切らさない様にしないとな。 ケース買い、するか?」

「……倉真、今日は意地悪だ。…タバコ吸お」

 ベッドから降り、パソコンデスクの上に置いてあった箱から、取り出す。

「今の内に、たっぷりと吸っておいてくれ」

「なーに? それ。 妊娠宣言?」

「いーや。 結婚宣言」

 利知未は、火を着けたタバコを一吸いして、驚いて倉真を振り向く。

「研修医、二年だよな?」

「うん。…三年目から、正勤医師になる筈」

「その頃、お前が二十七で、俺が二十六だ。 丁度いい頃だろ? だからって、医者を辞めろとは言わないけどな」

「チャンチャンコ着るまで、待っててくれるんじゃ、なかったの?」

「俺が、心配なんだよ。 ……お前、モテてるだろ? 今」

 利知未の手に持ったタバコの灰が、少し長くなる。 灰皿に灰を落として、改めて倉真を見る。

「……誰かに、聞いたの?」

 そんな筈は、無いとは思うが、聞いてみた。

「この間、ちょっとな」

「……そっか」

 もう一吸いして、薄く煙を吐き出した。

「でも、心配しないで」

言いながら、ベッドの端へ腰掛ける。

 身を捩るようにして、倉真の唇に、自分の吸い差しをそっと挟む。 倉真は素直に、メンソール味の煙を一吸いした。 銜えタバコのままで、唇の隙間から煙を吐き出す。 右手を上げて、タバコを摘み直した。

「婚約者が居るって、断ったから」

 小さく微笑んで、利知未が言う。

「婚約者は、言い過ぎじゃなかったのか?」

「そんな事、言った?」

「…よく言うよ」

もう一度、くすりと利知未が、笑みを漏らした。

「それでこの間、あんな事、言ったんだ」

 倉真の唇から、タバコを摘み取った。 後ろ手に手を伸ばして、灰皿で揉み消す。 倉真の枕元に両手を突き頬を預けて、その顔を覗き込んだ。

 暫く見つめて、唇を重ねる。 直ぐに離して、囁くように言った。

「……良いよ。 結婚、しよ? ……あたしで良いなら」

「二年後だな」

「待ちくたびれない?」

「金、貯めなきゃならないからな、丁度良い」

「……イチゴ、着け直さなきゃ」

 昼間、喫茶店で言っていた言葉を、もう一度使う。 倉真が軽く眉を上げて、問い掛ける。

「それ、何なんだ?」

 質問に、微笑しながら、利知未が説明をした。

「クリスマスケーキって、二十五日まででしょ? 二十六日になると、イチゴを変えないと売れないんだって。 …結婚適齢期に、引っ掛けてあるみたい。 女も二十五を過ぎたら、相手を見つけるのが大変だって、事かな」

「そう言う事か。 お前はもう売約済みなんだから、関係ないだろ?」

「買い主の気が、変わらなければね」

「変わると思うか? 大体、お前を守れる男なんて、そうそう居ネーだろ」

「……倉真は、ずっと守ってくれるの?」

「昼間、言わなかったか?」

「……言って、くれたけど」

「信じられないか?」

「…信じたいよ」

「だったら、信じろ。 一生、守り通してやるよ」

 言いながら、利知未の身体を引き寄せた。 腕の中で、利知未が小さく頷いた。

「……うん」

 言葉と、頭の動きを感じて、確りと抱き締め直す。

 利知未の腕が、倉真の背中へ回る。 顔を上げて、もう一度キスをした。

「…復活、して来た」

「…元気」

 そのまま、利知未の身体を下にしてしまう。 もう一度、確りと抱き合った。


 改めて、結婚の約束を取り付けた。

 利知未も倉真も、漸く、気持ちが落ち着いた感じがしていた。


 利知未は、心の中で呟いた。

『これからも、ずっと。 倉真が傍に居てくれれば、頑張れる……』


 倉真も、同じ気持ちだ。

『利知未が傍に居てくれるのなら、必ず乗り越えられる』


 抱き合いながら、お互いの大切さを、再確認した。


 倉真は思う。 これからも、ずっと。

 何時か、同じ墓の下で眠る時まで。 ……その先にも。

  ……利知未は、俺が、守り続ける。



 利知未も、倉真の温もりに、その未来を実感する。

 ……きっと、倉真は。

  約束してくれた通り、私の事を一生、守り通してくれる。


 誰よりも、愛している。 誰よりも、信頼できる。


 そして、これから先の未来は、きっと。

 二人で同じ場所を、見つめて行けるのだろう……。



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