第8講 オガム文字の追加情報
1 導入
ルーン文字は数々のファンタジー小説やテレビゲームでもはやお馴染みです。ケーナズが火、テイワズが軍神、ラグズが水を表すなど、オーソドックスなRPGのゲームシステムにこれほど親和的な魔法の体系も珍しい気が致します。
ところで皆様、オガム文字というのをご存知でしょうか? これは一部で、「ゲルマンのルーンに対してケルトのオガム」といった感じで並び称されています。
Truth In Fantasyシリーズの『魔法・魔術』(注1)にも載っています。これは陰陽道、カバラ、ヴ―ドゥーなど様々な魔法を紹介するもので、ルーンとドルイドの項目もあり、後者でオガムに触れます。
同書に掲載されたオガムの表が曲者です。文字の名はアルファベット表記で読みかたが付されず、かつ象意は不明とされる文字が大半で、そのまま小説やゲームに応用するのは無理そうです。にもかかわらず後発の本にしばしば丸写しされています。著作権とか大丈夫なのでしょうか。
今回はオガムについて、『魔法・魔術』からは得られない情報を扱います。
2 オガムとは
オガムはアイルランドを中心に5-6世紀に用いられた文字です。オガムは英語の発音で、アイルランド語ではオアムないしオームといいます(注2)。
子音15文字と母音5文字から成り、後に二重母音を表す5文字が追加されました。
1本の垂直の長い直線に、1本から5本の水平か斜めの短い直線が交わった形です。横や斜めの線の向きや数から発音を判別します。
神話では雄弁の神オグマが考案したとされます。
魔力を持つと信じられ、ゲッシュ(注3)やドルイドの呪文で使用されたといいます。英雄ク・ホリンも用い、アルスターとコノートの戦争の際、彼はこれで敵軍の進行を食い止めたとか。
よく、オガムがケルト人に普遍的な文字だったかのような記述を見ますが、当方はアイルランドに固有のものと思います。オガム碑文はほとんどがアイルランドで、僅かにグレートブリテン島で見つかっており、大陸では1点も見つかっていないからです。
3 秘教的解釈
恐らく神秘家が勝手に言っているだけで考古学的な裏付けは無いと思いますが、オガムについて次のように言われています。
ドルイドが木に魔力を見出し、崇敬したことはよく知られています。
彼らはしばしば、杖で対象物を打つことによって魔法を発動します。樹種ごとに異なる魔力を持つと考えたらしく、目的ごとに杖の素材の木を変えます。対象物の姿を変えたければイチイの杖を使います。
杖といえば、「ハリー・ポッター」シリーズ(注4)でも、登場人物ごとに異なる木でできた杖を所持しています。主人公ハリーはヒイラギ、宿敵ヴォルデモートはイチイの杖を持ち、キーアイテムの1つはニワトコの杖でした。
オガムは1つ1つが、異なる種類の木に対応します。Tinneがヒイラギ、Ruisがニワトコ、Idadがイチイです。
オガムのいくつかの名は、現在もアイルランド語で、木を指す名詞として残っています。例えば最初の5字Beth、Luis、Fern、Sail、Ninは、これとほぼ同じ綴りの単語が、それぞれ白樺、ナナカマド、ハンノキ、柳、トネリコを意味します。それぞれベフ、リシュ、ファルン、サル、ニンと発音します。
オガムと木の対応を掲げ、1つ1つの木について秘教的な意味を説明する本もあります。曰く、ヒイラギは自己犠牲、ニワトコは解呪と報復、イチイは死と転生を表す、と。
この本にもオガムの名称の発音は載っていません。当時どのように呼ばれたかは未解明と書かれていました。
また、木は種類ごとに何かしらの神と対応するようです。Tinneがガリアのタラニス、Gortがウェールズのアリアンロード、Onnがアイルランドのルーです。
4 ルーンとの共通点
私見ですが、オガムはルーンと親子か兄弟の関係にあると思います。共通点が非常に多いのです。以下掲げます。
a 魔力を秘めた文字であること
b 直線で構成され、紙ではなく石や木に刻まれたこと
c ルーンはオーディン、オガムはオグマと、共に言語に関わる神が発明したとされること。また、前者はシグルズ、後者はク・ホリンと、最も代表的な英雄が使用したこと
d ルーンのエイワズとオガムのIdadは共にイチイを、同様にベルカナとBethは白樺を意味すること
e ルーンには「枝のルーン」といって、よく知られているラテン文字に似たものとは別の書体がありました。これは幹に相当する1本の縦線と、枝に当たる1本から8本の斜めの線で構成され、幹の左右に生えた枝の本数で発音を判別します。オガムと全く同じ発想です。
5 当方の場合
以上を総合して、当方の『SSS』(このページの最下部にリンクを貼ってあります)でもオガムの使い手を登場させました。
フレイル(注5)の使い手で、これに小さなオガム・スティックを装填し、対応する木の魔力をフレイルに宿します。丁度、ドルイドの杖をフレイルで代用することで射程を伸ばし、いくつもの杖を持ち歩く代わりにオガムを付け替えて状況に対応させた形です。
オガムの名称は、対応する木を表す現代アイルランド語の単語の発音としました。
更に、ルーンも併用するという設定です。
――脚注――
1 山北篤、新紀元社、2000・5・17
2 同様にルーンも英語の発音で、独語でルーネ、古アイスランド語でルナルといいます。
3 アイルランド神話に登場する戦士は、自らにタブーを課し、守っている間は加護が得られるが、犯すと破滅するとされました。このタブーをゲッシュといいます。
4 J・K・ローリング、1997-継続
5 2本の棒を鎖や綱で連結した形状。ヌンチャクに似ます。中国でいう多節棍です。