第7講 ローマ神話とは何か
1 導入
ギリシア神話、北欧神話、ケルト神話くらい知っているかたならば、まさかローマ神話を聞いたことが無い、ということは無いと思います。では、ローマ神話にはどんなエピソードがありますか? なかなか回答に困る質問です。
よく、「ギリシア・ローマ神話」という書名の本を見かけます。逆に、ローマ神話を単独で扱った本は見た覚えがありません。
今回はそんな、名前だけ有名で中身が謎のローマ神話を扱います。
2 ローマ入門
高校生くらいならばご存知でしょうけど、小中学生の読者もいらっしゃると信じ、最初にローマについて軽く説明します。
ローマは現在のイタリアの首都です。都市国家としてスタートし、最終的に地中海を取り巻く大帝国となりました。最盛期の版図は、東は現在のトルコ、西はイベリア半島、南はアフリカ地中海沿岸、北はグレートブリテン島の南部に及びました。
伝説では、前753年にロムルスが建国しました。当初は王制でしたが、その後共和制、次いで帝政に移行します。直後に東西に分裂し、西ローマは476年に、東ローマは1453年に滅亡しました。
カエサル(英語でシーザー)は共和制末期に権力を持った軍人・政治家で、その養子オクタウィアヌスが初代皇帝アウグストゥスとなりました。
使用された言語はラテン語です。イタリア語、仏語、スペイン語、ポルトガル語などはこれが変化したものです。
尚、帝国には皇帝が治める国の他に、複数の民族を支配する国という意味もあります。モンゴル帝国や大英帝国はこのニュアンスです。ローマが多数の植民地を得たのは共和制の頃ですから、ローマ帝国という言葉は何も帝政期のローマだけを指す訳ではありません。
3 ローマ神話とギリシア神話はほぼ同じ
結論は見出しの通りです。以上。
ローマはかなり早い段階からギリシアの文化を取り入れました。神話も例に漏れず、自分達の崇めた神々を、同じ役割を持つギリシアの神々と同一視しました。
主神のユピテルがゼウス、軍神のマルスがアレス、農耕の神サトゥルヌスがクロノス、といった感じです(注1)。
結果、ローマ神話はギリシア神話の固有名詞をラテン語に置き換えただけで、内容はほぼ同じになりました。それ以前は固有の神話がありましたが、ほとんどは既に失われています。
ローマで信仰され、ギリシアに対応するものがいない神も、若干います。門と始まりの神ヤヌス(注2)、果実の女神ポモナなどです。
4 ローマ建国神話
ローマ神話の独自性が最大限に発揮されるのは、何と言ってもローマ建国神話です。こればかりはギリシア人に語る動機がありません。
それが書かれているのが、ウェルギリウスの『アエネイス』とオウィディウスの『変身物語』です。どちらもローマ神話の代表的なテキストとされます。作者2人はどちらもアウグストゥス帝の時代の人です。
さて、ギリシア神話で最も重要な事件の1つに、トロイア戦争があります。
当時、ギリシアにはスパルタやミュケナイ(注3)といった都市国家があり、現在のトルコ西岸にも同じくトロイア(英語でトロイ)という国がありました。トロイア戦争は、スパルタなどギリシア本土の国々がトロイアを攻めた戦争で、10年の戦闘の末トロイアは陥落し、破壊されます。
ホメロスの『イリアス』はその最終局面を、『オデュッセイア』は後日談を歌います。
トロイアにアイネイアス(ラテン語でアエネアス)という武将がいました。母は女神アフロディテ(ラテン語でウェヌス)で、アイネイアスは同国で第2の英雄でした。トロイアが陥落した後、彼は父と子を連れて脱出したとされます。
これに直接、継ぎ木されたのが、ローマ建国神話です。曰く、アエネアスはその後、流浪の末イタリア半島に辿り着きます。そして彼の血を引き、マルスを父とする双子の兄弟ロムルスとレムスがローマを建国し、前者が王位につきます。
『変身物語』によれば、アエネアスもロムルスも神になり、後者はクィリヌスと名を変えます。
つまり、ローマ人は出自をトロイアに求めることで、由緒を高めようとしたのです。
今となっては立派な古典ですが、我々が似たようなものを書けば「原作○○プ」とか「メアリー・スー」と非難されかねません。
日本は違いますが、東アジアの建国神話にもしばしば、「自分達がいかに中国に近い民族であるか」という観点から語られるパターンがあります。
――脚注――
1 ユピテル、マルス、サトゥルヌスは英語のJupiter(木星)、Mars(火星)、Saturn(土星)の語源。
2 英語のJanuary(1月)の語源。
3 ミケーネがどの言語の発音なのか、調べましたが分かりませんでした。