第5講 アグネヤストラ(アグネアの武器)とインド神話の超兵器
1 アグネアの武器
ミステリーを扱う本や番組などで、まれに古代核戦争説が取り上げられることがあります。その名の通り、人類は遥か昔、現在に匹敵する科学技術を有したが、核戦争を起こして滅亡しかけ、知識も失われた、というものです。これについては別の回で詳述します。
大昔、核戦争があった根拠として、『マハーバーラタ』がよく引用されます。中でもこれに登場するという「アグネアの武器」が。
曰く、アグネアの武器から全ての敵に向け一度に無数の燃える矢が発射され、当たった者は焼かれた木々のように倒れた。象までが焼け、強風が吹き荒れ、辺りは闇に包まれた、と。確かに核を連想させます。
2 マハーバーラタとラーマーヤナ
『マハーバーラタ』はインド神話の叙事詩です。『ラーマーヤナ』と共にインド2大叙事詩に数えられています。神々の血を引く5人兄弟の王子が、詐取された王国の返還を求め従兄弟たちに戦争を挑む物語です。
一方の『ラーマーヤナ』は、主神の1柱ヴィシュヌの化身である王子ラーマが、攫われた妃シーターを奪還すべく羅刹と戦争する話です。
どちらも戦争を主題とする英雄譚です。
3 アグネヤストラ
インド神話に登場するとされ、アグネアの武器とよく似た名前を持つものに、アグネヤストラがあります。グーグルで検索すると、「ペルソナ5」というゲーム(注1)に関する記事が大量にヒットします。恐らくゲーム内にアイテムか何かとして登場するのでしょう。
当方が知る限り、日本語で書かれた本でアグネヤストラという言葉が出て来るものは、『印度神話ラーマーヤナ』(注2)だけです。長大なラーマーヤナをたった1冊の本に凝縮したもので、太平洋戦争中に出版されました。
もしも「ペルソナ5」の開発者がこの本からアグネヤストラの存在を知ったのならば、大したものと思います。
結論から言えば、アグネヤストラと上記アグネアの武器は同一のものです。
サンスクリット語の辞書だと、『梵和大辞典』(注3)を見てもアグネヤストラという単語は見当たりません。しかし、アグネヤは「アグニに関する」という意味です。アグニは火の神です。そしてアストラは、辞書にも依りますが武器、矢、飛び道具などの訳語が載っています。
従って、アグネヤストラは「アグニの武器」(武器は武器でも飛び道具)という意味で、アグネアの武器はこれを部分的に意訳したものといえます。何故アグネヤがアグネアに転じたのかは不明です。
4 他の本に見られるアグネヤストラの訳語
ラーマーヤナやマハーバーラタの完訳、編訳、重訳などを出されたかたに、阿部知二氏、岩本裕氏、中村了昭氏、上村勝彦氏、山際素男氏らがいます。
アグネヤストラが登場すべき箇所を彼らの本で参照しますと、多くは「火箭」や「アグニ神の武器」という訳語が見られます。火箭は火矢のことです。アグニが火を表す一般名詞でもある(注4)こと、アストラが矢の意味も持つことを考えれば、可能な訳しかたです。
山際氏のマハーバーラタだけは独特で、アストラの部分を省略してアグネーヤと呼んでいます。
5 他にも続々、神々の武器
ラーマーヤナなどに登場する神器はこれだけではありません。両叙事詩とも、至る所で神々の武器が飛び交います。「ヴァーユ神の武器」、「インドラ神の武器」などなど。
山際訳のマハーバーラタにはヴァーヤヴィヤ、マヘーンドラという武器が出て来ます。ヴァーヤヴィヤは「ヴァーユの」という意味で、ヴァーユは風神です。マヘーンドラはインドラの尊称で、インドラは雷神です。
洋書だとこれらの武器は意訳ではなく、Agneyastra 、Vayvayastraなどと、あたかも固有名詞のように記載しています。山際氏のマハーバーラタは原典訳ではなく英訳からの重訳ですから、Agneyaなどの語がそのまま残ったのかも知れません。
まだまだ多くの武器がありますが、大抵は、神の名かその所有格のような単語(全てア段で終わる)の後ろにストラを付けた複合語です。多くの邦訳にあるように、まさに「○○神の武器」なのです。
ところはこれらを、叙事詩では人間も使用します。神の子や化身であるアルジュナ、ラーマはおろか、そういった属性を持たないドローナとアシュヴァッターマン、果ては羅刹(神々に敵する悪魔的な存在)であるラーヴァナやメーガナーダまでが。
当方の『SSS』(このページの最下部にリンクを貼ってあります)でも、アグネヤストラを筆頭に数々のインド神話の神器を使いこなす人間が、主人公サイドに1人、登場します。無論、設定上の攻撃力は全キャラ中ピカ1です。
彼女が扱う武器の名は全て、アグネヤストラのように原語からの音訳です。それらはアグネヤストラを除き、SSSを公開するまでグーグルで検索しても1件もヒットしませんでした。恐らくSSSが本邦初公開です。
6 アストラの性質
最後に、多くのアストラに共通する性質を挙げます。
a 呪文を唱えなければ起動できない。尚、上掲『梵和大辞典』には、アストラマントラという語が収録されています。「矢を放つとき唱える呪文」という意味です。
b 自動追尾機能つき。
c 発射後に威力を調節できる。ただしゼロは不可。
d 攻撃だけでなく、敵のアストラと相殺するという迎撃ミサイル的な使用も可能。
――脚注――
1 アトラス、2016
2 ボース・ラスビハリ、高田雄種、畝傍書房、昭和17・10・5
3 鈴木学術財団、講談社、1986・3・25
4 現在、インドでは自国の中距離弾道ミサイルもアグニといいます。