第2講 南国の楽園ハワイ――その神話と魔法
1 導入
マイナーな神話に光を当てるエッセイ、第2弾はハワイです。――はい、そこ。「モアナと伝説の海」(注1)人気に便乗したとか言わない。
ハワイと言うと日本を代表する某長寿マンガの影響か、「富裕層のリゾート地」といったイメージが先行します。後述するマナの概念を除きあまりそのガジェットがライトノベルやテレビゲームで取り上げられないのは、南国の楽天的な雰囲気ばかりが連想され、シリアスな物語には合わないと判断されたからではないかと想像します。
しかしハワイは、神話に関しては相当量の情報が蓄積され、またある程度体系のしっかりした魔法が存在します。どうもアメリカで1960年代に盛んになったニューエイジ運動の流れで、中国やインドなど東洋の神話・宗教と共に再発見・再評価され、今日のアメリカにおける人気に繋がっていった(注2)ように思います。モアナで証明済みといえますが、ハワイ神話のみに基づく世界観の作品も十分に創作可能と思われます。
当方も、後述するカフナを『SSS』(このページの最下部にリンクを貼ってあります)の主役の1人に是非とも抜擢したいと思い、かなりの情報を集めました。しかし、著作権関係の理由からこの企みは断念し、登場人物の1人の思い出話で言及するだけにとどめました。今回とり上げる事項は、そのとき得たものがほとんどです。
実のところ、ハワイの神話についてはファンタジーよりもフラ(いわゆるフラダンス)の愛好者のほうがよっぽどよく知っているような気が致します。フラは本来宗教上の儀式で舞われるもので、神話や歴史を題材にしたものも多いと聞きます。
2 ハワイ入門
ハワイ諸島は、ハワイ、オアフ、カウアイなど8つの大島と128の小島から成ります。総面積は日本の四国ほど。西洋文明と初めて接触したのは1778年にクックが上陸したときです。
太平洋の島々は文化的にミクロネシア、メラネシア、ポリネシアの3つに大別され、ハワイはポリネシアに属します。ポリネシアはハワイ、ニュージーランド、イースター島を繋いだ三角形とその内側を指します。
太平洋の島々で使われる言語のほとんどはオーストロネシア語族(マレー・ポリネシア語族、南島語族とも。以下、南島語族)に属します。この言語は上記の他、台湾先住民の諸言語、タガログ語、マレー語、マラガシー語(注3)などを含みます。
南島諸語の話者は初め中国南部か台湾にいて、そこから太平洋に広がりました。
ハワイ諸島は元々、各島が更に複数の地域に分かれ、それぞれを首長が治めていました。15世紀ごろから彼らによる覇権争いの形で統一の動きが見え始め、1800年前後カメハメハ1世が全島を統一してカメハメハ朝ハワイ王国を興します。同朝は5代で断絶し、以後の王は選挙で選ばれました。第8代リリウオカラニ女王が1893年に米軍の力を借りた革命のため退位し、1898年アメリカに併合、1959年に州に昇格しました。
3 テキスト
ハワイは西洋文明と接触するまで文字を使いませんでした。よって神話もほとんどは口承で語り継がれたものです。当然、異版もかなりあります。文化英雄にして半神のマウイがどのように死んだか、などです。
これは書かれたテキストの有無に関わらず、世界中で普遍的な現象です。例えば、アプロディテの出生についてホメロスとヘシオドスは違うことを書いていますし、『古事記』と『日本書紀』もディテールが異なるばかりか、後者はそれ自体が「一書に曰く……」といくつもの異版を並記しています。
ハワイ神話のテキストで最も有名なのは、恐らく『クムリポ』です。これは、リリウオカラニとその兄で第7代国王カラーカウアの祖先にあたるロノ・イ・カ・マカヒキの誕生を祝う歌で、神々から彼に至る系譜などが書かれています。
邦訳はありませんが、『南島の神話』(注4)の著者・後藤明先生が意欲を示しておられます。
当方は英訳を取り寄せて読みましたが、他言語への翻訳が不可能な生物名の羅列ばかりで、全く理解できませんでした。
4 マナ
RPGなどでお馴染みのマナはメラネシアにおける文化人類学の研究で紹介されましたが、ハワイ語でもマナと言います。旧約聖書のマンナとは無関係です。
マナは意思や実体を持たない力で、人、生物、無生物、果ては霊魂などあらゆるものに取り付き、これに特別な力を与えると信じられました。マナの観念こそ宗教の最も原始的な姿だとする立場もあります。
5 カフナとチャント
ハワイ語の辞書で「魔法使い」を引くとカフナが出て来ます。しかし、カフナは本来、何らかの分野の専門家を指す言葉で、医者、大工、農夫もカフナです。とはいえ、一般にカフナと言えばまずは聖職者や魔術師が思い起こされるようです。
ハワイ語で魔法はハナ・カフナといいます。ハナは行為を指します。
ハワイではかつて、日常生活でも何かにつけて呪文が唱えられていました。種を蒔くとき、カヌーを造るとき、フラを踊るとき、などです。この呪文を英語でチャントといいますが、英語-ハワイ語辞典でchantを引くとmeleと出ました。チャントには自然現象をも左右する力があるとされました。
ハワイに伝承されていたチャントを収集し、これに英語の対訳を付した洋書もあります。
収録されている呪文の大半は日常生活に関するものですが、自然を動かそうとするものもいくつか掲載されています。雨を降らせる歌、風を起こす歌、波を起こす歌、溶岩の進行方向を変える歌などです。これらがそれぞれ、豊穣神ロノ、風の女神ラアマオマオ(注5)、同じくラアマオマオ、火の女神ペレに祈りを捧げる、言ってみれば祝詞のような文章であることも興味を惹きます。
風や波の呪文はいかにもラノベなどに応用できそうですね。当方も早速飛び付いたのですが、上記の書籍の著作権が切れているか否か分からず諦めました。
6 日本神話との関係
ハワイを含む南島語族の神話は、しばしば日本神話と対比されます。
ハワイでは、パパとワーケアという夫婦一対の神がハワイ諸島を生んだとしています。2神はその後離婚しますが、その際パパがワーケアの顔に唾を吐きかけます。これなどイザナギとイザナミの国生み神話にそっくりです。『日本書紀』にも唾にまつわるエピソードが収録されています。
先述の『クムリポ』も、初めて西洋で紹介された時、比較対象として書紀が言及されたといいます。
それもそのはず、南島諸語の話者の一部が日本に上陸し縄文人になったという説は、割と有力なようです。
人骨やDNAの研究もこれを支持するほか、言語にも共通点があります。日本語は1つの音節が母音1つか、子音1つと母音1つで構成されますが、これはハワイ語を含むポリネシア語派と共通です。ただし文法と語彙は似ません。
日本にも古代からマナの概念があったとする主張もありますが、当方は反対です。だって、漢語の「気」はマナにかなり近い概念ですが、これを表す大和言葉などありませんもの。
7 その他
上記のもののほか、ハワイ神話で面白そうなものを挙げます。
a キラウエア火山に住む火の女神ペレと、マウナケア山に住む雪の女神ポリアフの戦い
b ペレの妹ヒイアカ(注6)がペレの夫を迎えにハワイ島からカウアイ島へ旅をする話
c マウイの活躍。太陽に運行をもっと遅くするよう要求する、島を釣り上げる、火の起こしかたを見つける、など
――脚注――
1 ウォルト・ディズニー、2016。日本では翌年3月10日に公開。
2 ムー大陸との関連を主張する人もいるようですね。
3 タガログ語はフィリピンの、マレー語はマレーシア、インドネシアなどの、マラガシー語はマダガスカルの公用語。マレー語はインドネシアではインドネシア語と呼びます。
4 中央公論新社、2002・2・25
5 ラーマオマオではありません。ハワイ語には、日本語や欧語の話者には認識できない子音があります。独語のsehenを発音するとき、「ゼー」と「エン」の間で喉を一度きゅっと閉じますが、あれをハワイ語では1つの子音として扱います。後述するヒイアカも同様。また、ハワイはHawaiiと綴るように、正確にはハワイイです。
6 ペレやヒイアカの母をハウメアといいます。準惑星ハウメアやその衛星ヒイアカの名はここから取られました。