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第20講 真言(マントラ)のはなし

1 呼称


 私見ですが、密教系ファンタジーを他のジャンルから決定的に際立たせる最大の特徴こそ、真言だと思います。前回も申しましたが、「オン・○○・××・ソワカ」のような呪文が真言です。


 サンスクリット語|(以下、梵語)では、マントラといいます。

 これを真言と訳したのは空海です。彼以前は、明呪、神呪、密呪、密言などと呼ばれていました。

 広辞苑で呪文を引くと、こんにち我々が一般に用いるような意味は第2義で、第1義は密教や修験道で唱える文句とあります。真言を呪文と言い換えるのもOKです。

 長いものを陀羅尼(だらに)、短いものを真言と呼び分けることも多いですが、一方で特に区別なく真言や陀羅尼といった語を用いる立場もあります。


 マントラと混同されやすい言葉に、スートラがあります。

 これは、ヒンドゥー教や仏教などの経典を指します。我々が読んでいる般若心経や観音経といったお経は、れっきとした大乗仏教の経典で、これらも梵語ではスートラといいます。

 余談ですが、お経には真言のような魔術的な意義が全くないとされているかというと、そうでもありません。空海は、般若心経を読めば多くの現世利益を得られるとして、大絶賛しています。



2 発音の差異


 真言は意訳せず、梵語の発音になるべく忠実に唱えます。意味を理解することよりも、音自体が重要と考えられたからです。


 しかしその割に、掲載する本によって、同じ仏の真言が少なからず異なることがあります。

 例えば、お釈迦さまこと釈迦如来の真言。とりあえず便宜的に「ナウマク・サマンダ・ボダナン・バク」を基本とすると、ナウマクがナマやノウマク、サマンダがサンマンタやサーマンダーになったります。

 どうやら同じ梵語も、地域によって発音に差異があったようです。伝統的に、真言宗はインド中部の、天台宗はインド南部の流れを引き継いでいる、と言われます。

 今日のブラフマーやヴィシュヌなどと同様のやりかたで、上記の真言をカナ表記すると、「ナマフ・サマンタ・ブッダーナーン・バフ」となります。


 所詮、カナ文字で梵語の発音を正確に写しとるのは不可能です。あまり神経質になることはないと思います。



3 唱えるタイミング


 日本の仏教だと、仏の1尊1尊に真言が定められています(注1)。いくつか例示してみます。


a 薬師如来 オン・コロ・コロ・センダリ・マトウギ・ソワカ


b 地蔵菩薩 オン・カ・カ・カ・ビサンマエイ・ソワカ


c 帝釈天 オン・インダラヤ・ソワカ


 cのインダラヤは、上の「ナマフ・サマンタ……」と同じように音訳すると、インドラーヤとなります。一見して明白に、帝釈天の梵語における名、インドラの語形変化です。

 十二天すべてや多くの天部の真言は、このインダラヤ(インドラーヤ)を、それぞれの仏のサンスクリット名で置き換えたものです。焔魔(えんま)天(ヤマ)ならばエンマヤ(ヤマーヤ)、那羅延(ならえん)天(ヴィシュヌ)ならばビシネベイ(ヴィシュナヴェー)、といった具合。まさにコピペです。


 仏教の真言は、仏の徳を讃えるために唱えます。

 創作というよりは宗教的実践の話ですが、出家者のみならず在家信徒が口にしてもよく、また密教以外でも曹洞宗などの宗派では問題ありません。


 インドだと、ヴェーダ聖典の文句などもマントラといいます。

 また、『ラーマーヤナ』や『マハーバーラタ』では、戦士たちは神々の名を冠した武器を呼び寄せる際に呪文を詠唱するのですが、この呪文もマントラです。梵語には、「矢を放つとき唱える呪文」という意味の、アストラマントラという語彙まで存在するくらいです。



4 真言の語句の例


 多くの真言に共通して現れる語句について、日本における読みの例、インド神話ふうの読み、意味を紹介します。


a オン オーン 聖音(注2)。a、u、mの3つに分かれ、それぞれブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァを表すという。


b ナウマク ナマフ 帰命。神仏の教えに従うこと。


c バザラ ヴァジュラ 金剛。非常に硬いもの、あるいはインドラの武器である雷。


d アミリタ アムリタ 甘露。甘く、飲むと不死になれる薬。


e ハンドマ パドマ 蓮華。泥の中でも美しく咲くことから、汚れがないことの象徴。


f ソワカ スヴァーハー 成就。願いが叶うことを祈る語。元はアグニの妻の名で、彼女が儀式のたびその名を称えられる権利を得たことに由来。



5 創作における使いかたの提案


 今日みられる創作物では、真言は日本に伝わっている「ナウマク・サマンダ・ボダナン……」などの真言を、そのまま引用して使用することが多いように思います。

 他には、「ナマフ・サマンタ・ブッダーナーン……」のように、インド神話ふうに音訳するという手もあります。

 作中の固有名詞を、阿修羅(あしゅら)迦楼羅(かるら)のように、漢訳されたもので統一するならば、前者がよいと思います。対してアスラ、ガルダのように、インド神話と同じ表記でいくならば、後者が雰囲気的にマッチするでしょう。


『魔法少女3人寄ればかしましいなんてモンじゃない』では、音訳ではなく意訳しました。

 作中には登場しませんが、上記の「ナウマク・サマンダ・ボダナン」だと、「全てのみ仏の教えに従います」という意味になります。

 ほとんどの真言の冒頭に出るオン(オーン)という言葉に、とある理由から嫌悪感を示すかたもいらっしゃると考えたため、このような方法をとりました。また、『魔法少女3人~』は、インド神話色が非常に強いので、仏教の真言は使用せず、それよりもかなり長いバラモン教のマントラを引っ張ってきたからでもあります。

 作中での扱いかたは、ヒロインがアグニに捧げられたマントラを唱えて、「アグニの武器」という意味のアグネヤストラを起動する、などといった感じです。

 別に、「オン・インダラヤ・ソワカ」でインドラの矢(注3)を撃たせるのでも、問題ないと思います。誰かすでにやってるんじゃないかな?


 意訳の場合、真言は原音で読まなければ無意味、という問題が出てきます。

『魔法少女3人~』だと、実際に登場人物が日本語訳を口ずさんでいるのか、本当は梵語で発音しているが便宜的に日本語訳を掲載したのか、後者の場合「オン~ソワカ」なのか「オーン~スヴァーハー」なのか、あえて曖昧にしています。



  ――脚注――


1 神を1柱、2柱……、と数えるのと同様に、仏は1尊、2尊……、と数えます。また、同じ仏に何種類もの真言が伝わっていることは少なくありません。


2 アルファベットではom|(正確には、mの下に小さな点があります)と綴るため、オームと書かれることもあります。mの字を使ってはいますが、表す音は鼻母音です。日本人の耳には、鼻母音はンと聞こえます。


3 アグネヤストラやインドラの矢については、第5講を参照。

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