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第19講 密教のはなし

1 まずはお礼から


「ファンタジー作家のためのネタ帳」は、この第19講を執筆する1年余り前にあたる、2017年7月に一度、完結と致しました。

 にもかかわらず、最近になってもレビューをいただいたり、少しずつブックマークが増え続けたりと、何だかんだで当方が「なろう」で公開している文章の中では、ダントツの長寿番組になっています。いかに作家のかたがたが、他者作品と差異化するネタを欲していらっしゃるかが窺い知れます。

 皆様からのご応援、骨身にしみてありがたく感じております。


 それを受けてではないのですが、「ネタ帳」に今回を含めて2講だけ、新しい文章を追加します。

 メインディッシュは次の「真言(マントラ)のはなし」で、今回の「密教のはなし」は、それを読む上でぜひ知っておいていただきたい、前情報となります。


 今後も「ネタ帳」は完結済み扱いとしますが、新たなネタを見つけたら、その度に更新するかもしれません。



2 導入


 近頃は「マギ」(注1)など中東風ファンタジーの陰にすっかり隠れてしまった感がありますが、かつて長きに渡って静かなブームが続いていたジャンルに、密教風ファンタジーがあります。「天空戦記シュラト」や「孔雀王」(注2)あたりが、代表的な作品として挙げられましょう。


 密教風ファンタジーの特徴は、袈裟(けさ)に身を包み錫杖をもった登場人物が、「オン・○○・××・ソワカ」などという呪文を唱えてふしぎな現象をおこし、悪霊などと対峙する点にあると思います。この「オン~ソワカ」が真言(マントラとも)なのですが、これについては次回で詳述します。


 皆様も、密教が仏教の宗派であることは、ご存知でしょう。では、密教はそれ以外の仏教と、何が違うのでしょうか。

 日本史を勉強されたかたならば、真言宗や天台宗が密教、と覚えていらっしゃるかもしれません。それは真実です。しかしこの説明だと、密教がインドや中国にも存在したことを説明できません。

 密教とは何かを一言で言い表すのはなかなか困難なのですが、当方でしたらこう答えます。インドで変化を続けた大乗仏教の最終形態、と。



3 沿革


 仏教の開祖である釈迦(注3)は、前6~4世紀ごろに生きたとされます。彼は悟りを開いた後、インドで教えを広め、王侯や富豪の庇護もあって巨大な教団を築きました。

 彼の入滅から100年ほど経った時、仏教の教団は教義の解釈の違いから2つに分裂します。1つは、釈迦の教えを厳格に守り、釈迦と同様に自らも修行によって悟りを得ようとする上座部仏教(注4)。もう1つは、教義の骨格さえ損なわなければ、細部は時代に合わせて改変してもよいとし、超人的な如来や菩薩による救いに期待する大乗仏教です。

 保守的・自力救済なのが上座部仏教、革新的・他力救済なのが大乗仏教、ともいえます。前者はスリランカを介して東南アジアに、後者は中央アジアを介して日本を含む東アジアに伝わりました。


 密教は、7世紀インドに出現した宗派で、サンスクリット語(注5)でヴァジュラヤーナといいます。

 他の宗派に対する際立った特徴として、呪術的・神秘主義的な点、煩悩もまた悟りを得るために必要だと説く点、ヒンドゥー教との接近などが挙げられます。思うにこれらのことが、密教を特にファンタジーなどの娯楽的な作品にとり入れやすくしているのでしょう。


 密教の「密」とは秘密結社という意味ではなく、言葉によっては感得できないことを指します。時に、ユダヤ教神秘主義カバラを、西洋における密教と表現することがあるのは、カバラもまた、言語ではなく神秘体験を通じた理解を不可欠とするからです。

 密教以外の宗派は、表された教えという意味で顕教といいます。



4 東アジアへの拡大とインドでの断絶


 密教は8世紀に中国に伝わり、日本には9世紀初頭、最澄と空海が中国からもち帰りました。

 現在は真言宗と天台宗が密教に属する宗派として知られますが、実は天台宗が密教化したのは、最澄の弟子である円仁と、孫弟子の円珍以降です。

 真言宗は純然たる密教ですが、最澄は中国で禅なども幅広く学び、天台宗だけで密教も禅も全てカバーする、仏教の総合大学のようなものを目指したのです。

 しかし貴族に歓迎されたのは、様々な現世利益を約束する密教と、それに特化した真言宗でした。最澄が伝えた天台宗は密教に関しては真言宗に遅れをとっていたため、のちの門徒はさらに中国へ留学生を送って密教の摂取に努め、同時に密教色を強めていったのでした。


 密教は成立後も変化を続け、時期的に前期・中期・後期に分けられます。日本に伝来したものは中期密教までですが、チベットには後期密教も伝わっています(注6)。

 先ほど、密教はインドにおける大乗仏教の最終形態と書きました。なぜそれ以降の変化がなかったかというと、単に、密教の段階まで達した時に、インドの仏教が壊滅状態になったからです。どうやら、インド仏教に致命傷を与えたのは、イスラームだったようです。



5 密教イコール魔法?


 出版されているものも含めて創作物などでしばしば、密教という言葉を、仙術などと対比されるべき魔法の体系のような意味で用いるものがあります。

 上記の通り、密教に呪術色が強いのは確かです。しかし、現実の真言宗や天台宗のお坊さんに、何やら魔法使いがやるような奇跡を期待するかたが現れかねないのも、心苦しいものです。


 SSS(注7)でも、主要な登場人物の1人が、インド神話に登場する魔法を使用します。そして彼女の行使する魔法を、作中では宿曜道と呼んでいます。

 あたかも陰陽道と対をなすかのような文字づら、実際に平安時代にそのような扱いをうけていた側面があることから、夢枕獏らによって確立された陰陽師のブランドイメージにあやかることを狙ったためです。ちなみにSSSには、陰陽師も主要キャラとして出てきます。

 宿曜道は空海が中国からもち帰った経典に基づいており、密教系の魔法を陰陽道とパラレルに扱うには、もってこいの用語だと思うのです(注8)。なお、宿曜道に関しては、第11講をご覧ください。



  ――脚注――


1 大高忍、小学館、2009-2018年


2 「天空戦記シュラト」はテレビ東京、1989-1990。「孔雀王」は荻野真、集英社、1985-継続。


3 正確には、ゴータマ・シッダールタ。


4 大乗仏教の立場から小乗仏教という呼びかたもありますが、現在は上座部仏教のほうが好まれます。


5 古代インドの言語で、ヒンディー語、ネパール語、ウルドゥー語などと近い関係にあります。『ラーマーヤナ』、『マハーバーラタ』や、大乗仏教の経典はこれで書かれました。なお、上座部仏教の経典はパーリ語です。


6 チベット仏教に関して、ラマ教という呼称があくまで俗称で学問的にはあまり好まれないことと、ポン教というチベットの民族宗教との混合もあることは、知っておいてよいかと思います。


7 SSSは『SSS――ソーサラス・シークレット・サービス』の略です。しかしこのお話は、すでに公開を終了しております。代わりに、リメイク版である『魔法少女3人寄ればかしましいなんてモンじゃない』をご覧になれます。この頁のいちばん下に、リンクを貼ってあります。


8 インド神話は本来、仏教ではなくヒンドゥー教の神話です。しかし大乗仏教、中でもとりわけ密教は、ヒンドゥー教の多くの神をそのパンテオンに迎え入れています。日本でもおなじみの大黒天や帝釈天は、実はそれぞれシヴァとインドラが起源です。あのドゥルガーまでも、真言宗では観音菩薩の化身として崇拝されます。

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