第18講 超速習・マンデーン占星術
1 導入
王宮にお抱えの占星術師がいて王に助言する、などといった場面を小説で描きたいかたもいらっしゃることでしょう。が、いざ占星術の本を開くと、ほぼ例外なく「あなたの性格はのんびり屋。金運は平均以上でしょう」のような個人の運勢に関する説明に終始し、戦争や政争には全く言及しません。
占星術には、ネータル、ホラリー、マンデーンという3つの分野があります。ネータルは個人の適職や幸運の巡る時期などを、ホラリーは探し物などの日常的な問題を守備範囲とします。よって、国内のほとんどの書籍はネータルだけを紹介している、ということになります。
そして、国家や社会を扱う分野がマンデーンです。占星術は元々、王など権力者が独占的に利用し、主目的は内乱や凶作などの大事件を予知することでした。すなわち、ネータルよりもマンデーンのほうが歴史が長いのです。ノストラダムスの予言も占星術によって行われたといいますが、であれば彼が駆使した技法はマンデーンに分類されます。今回はこれのメソッドを述べます。
2 占星術の思想的背景
多くの神話で、天体は神として認識されています。太陽と月は明白に人間や自然に絶大な影響を与えますが、全ての星々が彼を中心に動いているかに見える北極星や、航海の目印として船乗りを導いた参星(注1)も、信仰の対象になっても不思議はありません。
惑星を神と見なす発想はメソポタミアに始まり、イラン、ギリシア、ローマに伝わりました。エジプト、インド、中国、アステカにも同様の考えがあります。例えばこの8つの地域で金星はそれぞれ、イシュタル、アナーヒター、アフロディテ、ウェヌス、ハトホル、シュクラ、太白神、ケツァルコアトルと対応します(注2)。
これらの場所で共通して発達したのが占星術です。天体を神だと思うからこそ、その配置から神意を読み取ろうとしたのです。本連載でも既に、インドに興り日本にも伝わった宿曜占星術につき第11講で、マヤ族が現在も占いに用いるツォルキンにつき第12講で、取り上げました。
占星術ではありませんが、ルーンは魔法だけでなく占いにも利用されます。そして、1つ1つの文字が北欧神話の神々と対応します。この点はオガム文字(第8講参照)も同様。占いがかくも宗教色の強い行為と知った時は当方も驚きました。
3 占星術の法則
西洋占星術で、ある瞬間のある地点における天体の位置などを記した図を、その瞬間・場所のホロスコープまたはチャートといいます。ホロスコープに書き込む要素は、伝統的に天体、サイン、ハウス、アスペクトの4つに大別されます。
天体としては主に太陽、月、惑星を用います。冥王星は現在は準惑星ですが、占星術師の間では今も惑星として扱う者が支配的だといいます。また、補助的に小惑星を参照することがあります。
サインは12星座と通称されるものですが、厳密には星座とは位置が違います。サインはそこに存在する天体の象意を修正します。ふたご座生まれの人が話し好きと言われるのは、ネータル占星術において太陽が自我を、ふたご座がコミュニケーションを意味するためです。また、天体とサインには相性があり、相性のいいサインにいる天体は美点を、悪いサインだと欠点を発揮しやすくなります。
ハウスは、天体やサインがチャートの示す地点から見てお空のどの方向にあったかを表します。サインと同じくチャートを12に分割した区間として観念され、東の地平線付近を第1室として、東―北―西―南の順で配置されます。西の地平線付近は第7室、正午に太陽が南中する辺りは第10室となります。
アスペクトは離角、つまり地球から眺めた2つの天体がとる角度が特定の値になると発生します。一般に、離角が全円を3か5の倍数で等分する30度、60度、72度、120度の天体は良好な関係、2の倍数で分ける45度、90度、180度の天体は対立関係にあります。
4 天体の象意
天体の名称、対応するギリシア・ローマ神話の神、マンデーン占星術における象意、相性のいいサインの順に示します。相性の悪いサインは正反対のサイン、つまり半年後に太陽が巡るサインです。
a 太陽 予言と芸術の神アポロン/アポロ 元首 おひつじ、しし
b 月 狩猟の女神アルテミス/ディアナ 大衆 おうし、かに
c 水星 伝令の神ヘルメス/メルクリウス 情報、交通 ふたご、おとめ
d 金星 愛の女神アフロディテ/ウェヌス 経済 おうし、てんびん、うお
e 火星 軍神アレス/マルス 戦争、災害 おひつじ、さそり、やぎ
f 木星 最高神ゼウス/ユピテル 法 かに、いて、うお
g 土星 農耕の神クロノス/サトゥルヌス 政府、貧困 てんびん、やぎ、みずがめ
h 天王星 天空神ウラノス/カエルス 自然科学、革命 さそり、みずがめ
i 海王星 海神ポセイドン/ネプトゥヌス 海、石油 みずがめ、うお
j 冥王星 冥府の神ハデス/プルト 専制、原子力、民族 しし、さそり
k ケレス(準惑星) 穀物の女神デメテル/ケレス 農業 かに、おとめ
l パラス(小惑星) 戦争と技芸の女神アテナ/ミネルウァ フェミニズム しし、おとめ
m ジュノー(小惑星) 婚姻の女神ヘラ/ユノ 権利運動、紛争 おとめ、てんびん
n ベスタ(小惑星) かまどの女神ヘスティア/ウェスタ 奴隷、抑圧 おとめ、さそり
o エロス(小惑星) 性愛の神エロス/クピド (不明) (不明)
p エリス(準惑星) 不和の女神エリス/ディスコルディア 暴動、暴動の扇動 てんびん
天体の名前がギリシアかローマのいずれかの神話から取られていることが分かると思います。パラスはアテナの別名です。ケレスは、占星術の本ではセレスと表記することが多いのですが、どの言語の発音に依るものか不明です。ケレスは古典ラテン語の読みで、英語だとシリーズ。
エロスはネータルでは性欲と情熱を表しますが、占星術で取り上げられることは稀で、マンデーンにおける意味に言及した本は見たことがありません。エリスに関しては、発見からそれほど時間が経っておらず、上の記述は一説に過ぎません。
5 ハウスの象意
a 第1室 国民
b 第2室 経済
c 第3室 情報、物流、貿易
d 第4室 気候、地殻、野党
e 第5室 株式、機密漏洩
f 第6室 労働、軍事、食料事情
g 第7室 外交、同盟国
h 第8室 金融
i 第9室 宗教、学問
j 第10室 政府、与党
k 第11室 議会
l 第12室 テロ
6 ホロスコープの読みかた
占星術では上記の要素を駆使してチャートの意味を解読します。イメージとしては、地球という円卓を神々が囲み、卓上で生活する人間の運命について話し合っているような感覚です(注3)。
天体は議員たる神です。火星は戦争も辞さないタカ派。冥王星はもっと危なく、己の王国の民を増やすためならば、独裁も原発事故も民族浄化も躊躇しません。
サインは座席の色、素材、サイズなどです。議員の好みに合えば気持ち良く仕事をしてくれますが、合わないとイライラして八つ当たりです。
ハウスは常任委員会です。所属する議員は主にそのハウスが示す分野について話し合います。第6室は厚生労働委員会、第9室は文部科学委員会といったところ。
アスペクトを持つ天体同士は話し合っている最中です。話がうまくいっているか否かは、離角の値が示します。
以上を総合して最終的な答えを導きます。例えば、うお座・第3室に海王星、かに座・第7室に火星がいて、離角が120度だとします。この場合、ネプトゥヌスは国土交通委員会、マルスは外務委員会に属し、2人の関係が良好という意味です。さしずめ、対外関係が好調なため海運に支障は起こらないでしょう。ただ、うお座に着席した海王星はシーレーンをきちんと維持しますが、かに座の火星は多少他国と折り合わない面があります。
7 チャートの作成時期と表示地点
チャートの読みかたは分かったとして、いつ・どこのチャートを作成するか。マンデーンで最も多用されるのは、春分図というチャートです。春分の日におけるある国の首都のチャートで、その国の、その日から次の春分の日までの1年間の動向を示します。2017年春分の東京のものならば、同年度の日本国の政治・経済・対外関係などを表示します。
もっと短期間を表すものとして、夏至図や新月図などもあります。ただ、重要な出来事は全て春分図に表示され、夏至図などは細かな時期推定のみに使用し、春分図に書かれていないことをこれらから読み取ることはしません。
8 西洋占星術以外
以上は全て西洋占星術の技法です。この他、宿曜占星術にもマンデーンがあります。中国には紫微斗数や六壬神課など様々な占いがありますが、当方の知る限り、中国占法の本は全てネータルかホラリーにのみ言及し、マンデーンを説明するものは皆無です。マヤ暦も同様。
SSS(このページの最下部にリンクを貼ってあります)には、陰陽師と宿曜師が行方不明者の居場所を探知したり、オガムを併用するルーンマスターも加えた3人が日本を襲撃する式神の上陸地点と日付を特定したりする場面があります。前者はホラリーの、後者はマンデーンの考えかたを応用したものですが、実際には中国占星術のマンデーンやインド占星術のホラリーがどのようなものなのか、それ以前に存在するのか否かも、当方は存じません。3人、占い、東方ということで、マギと掛けた駄洒落だったりします。マギには、イエスの降誕を予知して東方よりベツレヘムを訪れた3人の占星術師(注4)という意味もあります。
――脚注――
1 オリオンのベルトに当たる3つの星。オリオン座δ、ε、ζ。
2 エジプトの神はハトホルでなくイシスとする本もありますが、そもそも両者は時に同一視されます。インドのシュクラは厳密には、神ではなく仙人です。彼の代わりにラリタを挙げる本もありますが、当方はインド神話でラリタという神や人を見たことがありません。
3 実際ギリシア・ローマ神話の原典にはそれを想起させる場面があります。
4 マタイによる福音書2章




