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第17講 謎の古代東北政権と大神アラハバキ

1 導入


 学研からかつて出ていた『神道の本』という書籍(注1)に、非常にセンセーショナルなことが書かれていました。

 曰く、日本神話の正伝とされる『古事記』や『日本書紀』には、故意に記載されなかった神々がいる。それらは朝廷に反発した「まつろわぬ民」の信仰したもので、ために皇祖神アマテラスを頂点とする神道のパンテオンから排除された、というのです。


 そのような存在の例として同書は、書紀にわずかな記載がある天津甕星(あまつみかほし)常世神(とこよのかみ)、『常陸国風土記(ひたちのくにふどき)』で言及される夜刀神(やとのかみ)、そして建御名方神(たけみなかたのかみ)に敗れた諏訪の旧支配者・洩矢神(もれやのかみ)を挙げます。

 上記の神々も、本エッセイで各別に論ずるに値する存在です。というか、『SSS』(このページの最下部にリンクを貼ってあります)には余さず登場させました。

 それら「まつろわぬ神々」の中でもひときわ存在感を放つのが、今回とり上げる荒覇吐(あらはばき)神です。



2 アラハバキ権現


 東北地方、中でも宮城県を中心に、全国に荒脛(あらはばき)権現という神を祀るほこらがあるそうです。

 記紀には登場せず、専ら民間信仰の中で生きており、道祖神や健脚の神として崇敬されている、といいます。判明していることは少なく、これはこれで興味を惹きます。

 アラハバキ権現と本稿のアラハバキ神は別物と考えたほうがよいと思います。アラハバキ神は戦後に創作された、いわばクトゥルー的な存在です。



3 東日流外三郡誌


 アラハバキ神を紹介するのは、『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』(以下、三郡誌)という古文書です。

 後述する理由により、現在は偽書(注2)だとほぼ決着がついています。(1)発表当時のオカルト・超古代史ブームにうまく便乗したこと、(2)内容があまりに荒唐無稽で大学の研究者のほとんどは当初から相手にせず、有効な批判が加えられなかったこと、(3)マスメディアが真実として報道したこと、などの要因が重なり、往時は非常に注目されたといいます。


 当方は読んでいません。非常に長いらしく、偽物と分かっている作品に時間や労力を割く気が起こらないからです。代わりに、これを代々伝えたと主張する和田喜八郎が著した『知られざる東日流日下王国』(注3)を読みました。


 彼が主張する三郡誌の成立の背景は、次のようなものです。

 19世紀前半、現在の福島県にあった三春(みはる)藩の意向により、日本全国を回って藩主・秋田氏に関する記述を集め、歴史書を編纂するという事業がおこなわれた。完成した書物は藩と、製作を主導した人物とが保管したが、前者は火事で焼失した。後者は代々うけつがれ、原本が傷んできたので明治時代に写本が製作された。その後、本の存在は戦後まで忘れられたが、あるとき和田邸の天井から落下した、と。


 以後も彼の家で「発見」が相次ぎ、三郡誌を含む一連の写本群は「和田家文書」と総称されるようになりました。



4 三郡誌の語る歴史


 三郡誌が語る古代史は、いわば「裏の記紀」とでもいうべき内容です。


 古事記によれば、邇邇芸命(ににぎのみこと)日向(ひむか)の国(宮崎県北部)に降臨し、その曾孫である神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)が東征し、大和(奈良県)に進入しました。しかし大和は既に那賀須泥毘古(ながすねびこ)という人物が支配しており、イワレビコの兄に致命傷を与えるなど、苦戦を強います。

 書紀によれば、ニニギよりも先に天下りナガスネビコの元に身を寄せていた饒速日命(にぎはやひのみこと)が彼を裏切り、殺害します。

 その後、イワレビコは神武天皇として即位しました。


 和田・上掲だと、この辺りの記述は次のようになっています。


 氷河期の終わり頃、沿海州・樺太・北海道・青森は地続きだった。このルートで本州に渡り津軽(青森県西部。対して東部は陸奥(むつ))に定住した集団が、日本列島に最初に住み着いた民族である。また、同地には中国の戦乱を逃れ渡来した者もいた。


 大和に耶馬台国があり、安日彦(あびひこ)と弟ナガスネビコが共同で統治した。また、九州には日向王国があり、佐怒(さぬ)王(イワレビコに相当)が治めた。

 日向は鉄器を携えて耶馬台国を攻め、後者は青銅器で反撃したが敗北、アビヒコとナガスネビコは数十万の民と共に津軽まで逃避した。

 アビヒコらは津軽の先住民や中国起源の人々と同化して荒覇吐(あらはばき)族を形成した。彼らは日高見(ひだかみ)国を興し、東北・関東・北陸を押さえた。日本という国号は本来、日高見国の別名であるチバンの転訛で、ヤマト王権ではなくアラハバキに由来する。


 アラハバキは石油を採掘して海戦に用いたり、アイヌや中国大陸と対等に交易するなど、ヤマト王権を凌ぐ先進技術と文化を擁した。

 ヤマト王権は彼らを蝦夷と呼び、アラハバキ討伐に倭建命(やまとたけるのみこと)安倍(・・)比羅夫(注4)を派遣したが、尽く返り討ちに遭った。


 安倍は降伏して捕虜になり、和睦の印に自身の姓をアラハバキ王家に与え、王家は以後、安倍姓を名乗った。

 平安時代に奥羽(現在の東北地方全域)を領したとされる安倍氏こそ、アラハバキの王家である。よって同国の滅亡は、安倍頼時(よりとき)貞任(さだとう)宗任(むねとう)源頼義(みなもとのよりよし)らが討った前九年の役といえる。

 安倍晋太郎(注5)は宗任の末裔である。



5 偽書説の根拠


 結論から言えば、三郡誌は和田自ら製作した偽書です。以下は『東日流外三郡誌「偽書」の証明』(注6)が挙げる理由の一部です。本稿では一般化して書いていますから、具体的な個々の事実については同書をご覧ください。


a 和田は若い頃より、経歴を偽ったり、邪馬台国の遺構を発見したと吹聴したりするなど、虚言癖があったと親族が証言している。


b 和田は津軽の農家だが、当事の青森県の農家は天井を張らない。また、彼の家は大正時代に建て替えられており、書物を蔵していればこの時に見つかるはずである。


c 筆跡鑑定の結果、筆跡や誤字の特徴が、写本と和田直筆の文書とで完全に一致した。


d 現代仮名遣いで書かれた箇所がある。また、字形は戦後のものである。


e 明治時代や戦後に行政区画の変更で新設された地名や、そのころ欧語の訳語として新たに生まれた学術用語が用いられている。よって江戸時代に書かれたとも、明治時代に書き写されたとも考え難い。


f 記事の署名に、署名者の出生前や没後の日付が書かれている場合がある。署名者の名前を間違っている箇所もある。


g 写本の紙に、水に漬けたり火であぶって穴を開けるなど、故意に古紙に見せる加工がされた跡がある。


h 以上の指摘にもかかわらず、和田は原本を所蔵していると主張しながら、公開を固く拒否した。


i 三郡誌の矛盾点や不可解な点を指摘された直後に、その批判にうまく反論できる文書が新たに「発見」される、ということが何度も起こった。新たな遺物が出土した場合も同様。


 歴史の捏造が大陸の専売特許だと思っていると、些かショックを受けるやも知れません。

 そもそも現在、神武天皇など初期の天皇は実在性が疑問視されています。彼がいなければナガスネビコが津軽に亡命する理由もありません。



6 社会的影響


 上記の事柄だけを見れば、なぜ三郡誌を真に受けた人が出て来たのか、首を傾げたくなります。安本・上掲ではこの点についての考察もなされています。いずれにせよ、現実には政治家・大学教授・芸術家を含む、多くの信奉者が現れました。


 のみならず、三郡誌はカルト宗教や左翼活動家を大いに鼓舞し、彼らがテロ活動に身を投ずる後押しをした、といいます。何でも、同書には少なからず、ヤマト王権やひいては日本が古代から異民族への侵略に明け暮れる害悪だという思想を含み、これが「彼らを地球上から掃討すべき」という考えに発展したというのです。

 さすがにテロの責任まで和田に負わせるのは酷な気が致しますが、笑えない話です。


 それにしても、和田本人は安倍晋太郎に対しかなり好意的な態度だったのに、その著書が左翼テロのバイブルになるとは皮肉なものです。もしも発表されたのが今日ならば、「ネトウヨの妄想」の一言で片付けられた気が致します。



7 アラハバキ神とは


 和田・上掲は「封印された東北の真の歴史に迫る」という趣旨の本で、ジャンルはあくまで歴史です。よって神話に関する記述はほとんどありません。

 辛うじてアラハバキ神について拾えた情報は、以下の程度です。


 アラハバキ神は正しくはアラハバキ・イシカ・ホノリ・ガコ・カムイという。津軽の先住民、中国からの渡来人、耶馬台国の遺民が持ち込んだ3柱の神々を単一の神に習合させたものである。正式名のうち、イシカは宇宙の、ホノリは大地の、ガコは水の神を指し、それぞれ中国の西王母、伏羲(ふっき)女媧(じょか)に対応する。

 遮光器土偶がアラハバキ神の神像である。以上。


 遮光器土偶、ご存知でしょうか?

 縄文時代に製作された土偶の一種で、主に東北地方で発見されます。異様にずんぐりした体型で手足が短く腰がくびれ、眼鏡のようなものを掛けています。ドラゴンクエストシリーズに登場するミステリドールやデジモンシリーズ(注7)のシャッコウモンはあれを元にしています。

 遮光器土偶はアラハバキ神との絡みを抜きにしても、オカルト畑では有名です。宇宙服のデザインに最適だとして、宇宙人が地球に降り立った根拠にも挙げられます。本当にミステリアスな人形(ドール)です。


 カムイはアイヌ語で神を指します。和田・上掲はアラハバキとアイヌは別の民族としていますが、何故かアイヌ語の単語が頻出します。



8 創作の元ネタとして


 いずれにせよ、偽書との評価が定まった書物について贋作だと叫んでも詮無きことです。第15講の古代核戦争説もそうですが、「小説家になろう」ユーザとしては、自分の創作に役立てられないか考えてみるのが有益と思われます。


 例えば、「アラハバキ王家の末裔は今も存続し、神武東征や前九年の役の復讐の機会を狙っている。彼らは政界に紛れ込み、政権を掌握した暁には日本を再び戦争に巻き込み破滅へ向かわせるだろう」などという風刺小説だって、書けなくもありません。

 他国のようにこれで名誉棄損罪に問われたりはしないと思います(注8)が、保証はできません。やるなら自己責任で。いや誰か本当にやりそう。



9 安倍・安東・秋田氏に関する補足


 安倍氏などについて、若干の補足を致します。広辞苑やブリタニカ国際大百科事典(注9)が情報源ですので、信用してよいと思います。


 安倍氏は平安後期、奥羽に勢力を持ちました。元は蝦夷(注10)の首長の子孫といいます。

 11世紀の前九年の役で頼時と貞任は戦死し、宗任は伊予(いよ)(愛媛県)に流されました。尚、源頼義を1代目として6代目に当たるのが頼朝(よりとも)です。


 貞任には高星(たかあき)という子がおり、彼は津軽に移り姓を安東(あんどう)としました。安東氏は鎌倉時代は津軽を治め、室町時代から江戸初期にかけ領地を転々とし、徳川家光の代に三春藩を与えられました。秋田氏を名乗ったのは戦国時代といいます。



  ――脚注――


1 大森崇・太田雅男・小向正司・編、1992・3・10


2 偽書とは誤った内容を伝える書ではなく、作者や成立年代を偽った書をいいます。いわば、虚偽記載ではなく偽造された書です。有名どころは、ローマ皇帝の名義で聖俗両面の支配権を教皇に献上するとした「コンスンティヌスの寄進状」です。


3 八幡書店、1989・5・12


4 阿部比羅夫(あべのひらふ)のことと思われます。比羅夫は奈良時代の武将です。書記では日本海を北上し蝦夷を討ったとされます。また、唐に滅ぼされたツングース系の国家の救援のため大陸に転戦し敗退。


5 安倍晋三の父。外務大臣や官房長官を務めました。彼が本当に宗任の後裔なのかにつき、当方が信を置く本で、是とするものも非とするものもありません。


6 安本美典・編、廣済堂出版、平成6・1・15


7 ドラゴンクエストシリーズはエニックス(現スクウェア・エニックス)、1986-継続。デジモンシリーズはバンダイ、1997-継続?


8 名誉棄損罪は「事実を摘示」しなければ成立しませんから、フィクションだと明言すれば解釈論上はまず大丈夫です。が、それでも非推奨です。


9 Britannica Japan Co. , Ltd / Encyclopaedia Britannica, Inc.、2007


10 ヤマト王権に服属しない異民族を指した語。えみし、えぞ等と読みます。当初は北海道・東北・関東・北陸の異民族を全て指しましたが、近世以降は専らアイヌに対して使われました。東北などの蝦夷と北海道のアイヌが同族であったかについては争いがあります。なお現在アイヌを蝦夷とは呼びません。

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