第15講 あの巨匠にも影響!? 古代核戦争説
1 古代核戦争説とは
ミステリー番組などで稀に取り上げられるのが、古代核戦争説という珍説です。文字通り、人類は遥か昔、原子力をも運用し得る技術を有したが、核戦争で滅亡し、原始時代からやり直す羽目になった、というものです。
Amazon.comで検索したところ、主張する本は数点ありますが、恐らく最も広く読まれているのは、橋川卓也氏の『人類は核戦争で一度滅んだ』(注1)です。初版が出たのは1982年で、人気のため改訂されたらしく、当方が所有するのは1997年のものです。
同書は核戦争のあった時期を、前2000年ごろとします。
2 物証
大昔に核戦争が起こった根拠は、古代遺跡やオーパーツも若干ありますが、大部分は神話です。神話に見られる激しい火に関する記述の数々が、核戦争の記憶の名残りに他ならない、というのです。
先にオーパーツについて軽く触れますと、これは製作されたであろう時代・地域の技術では作ることができない工芸品を言います。有名どころは水晶ドクロとピリ・レイス地図です。それぞれ、マヤ人(第6講参照)が作成したという、水晶でできた頭蓋骨の模型、オスマン帝国で16世紀に描かれたが、氷で覆われているはずの南極大陸の海岸線を正確に写しとっているとされる世界地図です。
なお前者について、何かのテレビ番組(注2)で、実は騒ぎ立てた当人がこっそりドイツのマイスターに注文した、などと言っていたのを観たことがあります。
古代遺跡は、ヨーロッパ各地で見られる巨石記念物(注3)、トルコのカッパドキア、パキスタンのモヘンジョ・ダロが特に取り上げられます。
とりわけカッパドキアは、岩を掘って地下数層に分けて築かれた住居で、数十万人を収容できるといいます。核シェルターだと言われれば、確かに納得してしまいます。
3 硫黄と火と塩の柱
神話の中でも、旧約聖書でソドムとゴモラという2つの町に主が天から降らせた硫黄と火、北欧神話のスルト、インド神話に出て来る数々の超兵器が、ベスト・エヴィデンスであるようです。
創世記19章には、アブラハムの甥に当たるロトはソドムに住んでいたが、み使いの警告に従って妻と2人の娘を連れて脱出し、難を逃れたとあります。この時み使いは、「振り返ってはならない。低地で立ち止まってはならない。山に逃れなさい」と警告します。しかし、ロトの妻だけは後ろを振り向き、塩の柱と化します。
確かに、放射線を暗示しているとも取れます。
4 スルト
スルトとは北欧神話に登場する炎の巨人です。神々と巨人の最終戦争ラグナレクの時、火花を散らす剣を手に現れ、豊穣神フレイを倒し世界を炎上させます。
この剣の名が国内ではレーヴァテインとされているが、本当はスルタロギではないのかというのが、第1講のテーマでした。
さて、北欧神話のテキストを『エッダ』といいますが、これが書かれたのが9世紀以降のアイスランドであることは、留意すべきです。
アイスランドは火山活動の盛んな島です。噴火も起こります。溶岩や火砕流が見渡す限りの大地を飲み込む様も、目の当たりにできます。太古の核戦争を覚えていなくても、世界を焼き尽くす炎の描写は可能です。
また、前2000年とは時代が離れ過ぎです。
5 インド神話のテキスト
インド神話のテキストとして、当方は『リグ・ヴェーダ』、『ラーマーヤナ』、『マハーバーラタ』の3編の他に名前を聞きません。
『リグ・ヴェーダ』は神々に捧げる讃歌を集めたものです。全1028歌。儀式で神様を褒め称えるものですが、中には神話上の功績に触れるものがあり、その場合は神話にまつわる記述と見なせます。
『ラーマーヤナ』はインド2大叙事詩の1つです。羅刹の根城であるランカを舞台に、最高神の1柱ヴィシュヌの化身である王子ラーマ率いる軍勢と羅刹たちが激突します。
『マハーバーラタ』が2大叙事詩のもう一方で、これも戦争がテーマです。神々の血を引く5人兄弟の王子とその従兄弟たちが、王国の統治権を巡って戦います。『バガヴァッド・ギータ―』はその一部です。
6 アグネヤストラ
2大叙事詩には、度々アグネヤストラという武器が登場します。火箭、アグニ神の武器、アグネーヤなど様々に訳されることは、第5講で見た通りです。橋川・上掲は「アグネアの武器」とします。
アグネヤストラは割と頻繁に用いられますが、その中で『マハーバーラタ』における1か所が、核戦争の証拠として取り上げられます。
曰く、アシュヴァッターマンという戦士がヴィマーナ(注4)からアグネヤストラを放ったところ、全ての敵に対し燃える矢が飛んで行き、当たった者は焼かれた木々のように倒れた。象も焼け、強風が吹き荒れ、暗黒が周囲を包んだ。
この部分ばかりがやたら強調されますが、無論アグネヤストラが使われる度に惨劇が起こる訳ではありません。目標に到達する前に他の神器で迎撃されることもざらです。
アシュヴァッターマンの撃ったものがその後どうなったかと申しますと、5王子の1人アルジュナが対抗して放ったブラフマーストラによって、闇は吹き払われます。ブラフマーストラは「ブラフマーの武器」という意味で、ブラフマーはヴィシュヌと並びの最高神の1柱です。
7 ヴィマーナ
上述のヴィマーナも、核戦争の有力な根拠です。現代の戦闘機に対応するといいます。つまり、古代の技術は核のみならず飛行機も開発した、と。
ヴィマーナは、『梵和大辞典』(注5)によれば「神々の天上の戦車」という意味です。
例えばインド神話の太陽神スーリヤは、7頭の栗毛の馬に引かせた車で空を駆けます。そういうと当方は、ヴィマーナをギリシア神話のヘリオスが乗るチャリオットのような形状のものと想像します。それならば、宙に浮くのは魔法か、人知を超えた神の力のせいとなり、人類がむかし現実に飛行機械を有した根拠になりません。
が、橋川・上掲は、ヴィマーナを高さ・幅ともに約20メートルもあるドームのような形状で、あくまで化学的な原理で飛行するとします。
8 インドラの武器
『ラーマーヤナ』の戦場となったランカは、伝統的には現在のスリランカだと言われています。ランカは島という意味の普通名詞です。
これに対し、橋川・上掲は、先述のモヘンジョ・ダロこそランカとします。
根拠は、『リグ・ヴェーダ』のインドラ讃歌に、インドラの敵がインダス川をせき止めたところインドラがヴァジュラを行使して勝利したとするものと、その戦いでインドラが砦を破壊したとの記述があるからだそうです。
インドラは雷神で仏教の帝釈天に相当し、ヴァジュラは雷を象徴する武器で金剛杵と訳されます。
何故この2つの歌と『ラーマーヤナ』が同一の戦いを描いていると判断したのかは、当方には分かりません。ただ、2つの歌のうちヴァジュラ云々とするものは、『リグ・ヴェーダ讃歌』(注6)にも収録されています。おかげで全文を読むことができましたが、この歌はインドラとヴリトラの戦いに関するものでした。
ヴリトラは旱魃をもたらす竜で、インドラはこれを倒し雨を降らせます。ヴリトラは毎年復活し、二者は永遠に同じ戦いを繰り返します。乾季から雨季への移行を表現する神話です。
9 モヘンジョ・ダロ
モヘンジョ・ダロはインダス文明を代表する遺跡で、インド半島北西のインダス川流域、現在はパキスタン領に位置します。
前1000年代半ば騎馬民族の襲撃によって完全に廃墟になったが、それ以前から頻繁した洪水でスラム化していた、と言われています。インドラも罪なことをしたものです。
橋川・上掲によれば、モヘンジョ・ダロは核が投下され滅んだそうです。
その証拠に、遺跡の近くにはガラス化した鉱物が転がっている地帯がある、と。ガラスはごく短時間で高熱を浴び、その後急激に冷却されなければ生成されないが、その条件を満たせるのは核以外にないというのです。
前1000年代半ばと前2000年ごろではずれがありますが、それは放射線によって放射性炭素年代測定の結果に狂いが出たためとします。
これもテレビ番組(注7)からの情報ですが、以前、こんな話を聞いたことがあります。アメリカに天然ガラスが採れる場所があって、そこでは雷雨の時、雷に撃たれて加熱された鉱物を雨が直ちに冷やすことでガラスができる、と。
ガラス化の原因は本当にインドラだったんですね。古代インド人はそれも知っていたのでしょうか。
10 その他の武器
2大叙事詩では他にも無数の武器が飛び交います。その一部を当方の『SSS』(このページの最下部にリンクを貼ってあります)で、宿曜師(注8)に使用させています。
例えば『ラーマーヤナ』では、最終決戦でラーマと羅刹王の間で恐るべき武器の応酬がなされます。中には、様々な猛獣や猛禽の頭を持つ武器や、8個の鈴で飾られ大きな音を響かせる武器が出て来ます。宗教的・呪術的には有意義な意匠かも知れませんが、これと核を併用する戦争って……。
更に同作では序盤、ラーマはスバーフという羅刹との戦いに先立ち、ヴィシュヴァーミトラという仙人から無数の武器を譲られます。ブラフマ・シラス、ヴィシュヌ・チャクラ、ピナーカと、よりどりのラインナップです。そしてスバーフにとどめを刺した武器こそアグネヤストラです。
ところが橋川・上掲はこれを、別の場面でアガスティアという仙人がラーマにブラフマダッタという矢を与えるところと混同しています。さらに、『マハーバーラタ』でのアグネヤストラ使用場面をかなり詳しく説明しながら、ラーマとスバーフの戦いにはノータッチです。本当に『ラーマーヤナ』読んだのか……?
11 あの巨匠にも影響?
色々と否定的なことを書きましたが、創作のインスピレーションの源として利用する限りでは、この上なく有用と思います。特に反戦・反核のメッセージを込めた教育的な作品を創る上でなら。
実際、日本が世界に誇る某映画監督の作品からも、その影響が顕著です。
ひとたび戦場に現れるや世界を焼き払った巨人スルト。
人類は文明を放棄し、一からやり直す。
巨大建造物のような形で空をゆく乗り物ヴィマーナ。
そこから打ち出され高熱を発する武器。
創世記で主が降らせた硫黄と火。
雷神の力を秘めた武器ヴァジュラ。
その監督のあるアニメ映画は1984年、別の1本は1986年公開と、橋川・上掲の初版が出たのと時期的に近いです。つまり――?
――脚注――
1 学習研究社、1997・6・5
2 「世界ふしぎ発見!」(TBS、1986-継続)と記憶しています。
3 イギリスのストーンヘンジもその1つ。
4 橋川・上掲ではそれぞれアスワタマン、ヴィマナ。
5 鈴木学術財団、講談社、1986・3・25
6 辻直四郎・訳、岩波書店、1970・5・16。岩波文庫の1冊。『リグ・ヴェーダ』より171の讃歌が抜粋されています。
7 「奇跡体験アンビリバボー」(フジテレビ、1997-継続)だったと思います。
8 本来は、仏教と共に日本に伝わったインド由来の天文学や占星術の使い手を言います。詳細は第11講をご覧ください。