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第11講 陰陽師の対抗勢力? 宿曜師とは何か

1 陰陽師と陰陽道


 夢枕獏の小説『陰陽師』は2度に渡り映画化(注1)され、一時期、空前の陰陽師ブームを巻き起こしました。陰陽師が登場するマンガやアニメの多くは、これよりも後に出たもののようです。

 当方、原作は未読ですが、映画版は確か、終盤で安倍晴明が道尊なるライバルの魔法使いと魔術戦を繰り広げていました。

 これの影響からか、後続するマンガなどでも陰陽師は、あたかも『指輪物語』のガンダルフかロールプレイングゲームの魔法使いのように、自ら戦う存在として描写されることが多いように感じます。


 現実の陰陽師は、陰陽寮という官庁に勤務する役人です。主な仕事は天体観測、暦の作成、占いによる日や方位の吉凶の判定などです。陰陽寮は明治時代まで存続しました。


 陰陽師が駆使した技術が陰陽道です。陰陽五行や干支など、中国の道教に由来する知識が中心ですが、日本古来の呪術なども混ざっています。

 なお、広辞苑によれば「陰陽」は「おんよう」と「おんみょう」のいずれと読んでも良いようです。ただし、「いんよう」だけは中国戦国時代の陰陽家を指し、日本の陰陽道の意味を失います。

 また、日本への陰陽道の伝来に関する記述で最古のものは、日本書紀の602年です。



2 宿曜師と宿曜道


 陰陽師関連の書籍でたびたび目にするのが宿曜道です。これを用いる者を宿曜師といいます。「宿曜」は、広辞苑によれば「すくよう」または「しゅくよう」と読みます。


 当方の抱いている印象によれば、宿曜は言葉を聞いたことのあるかたでも、漠然とした認識すら持っていない場合が多いようです。上記のように陰陽道さえイメージが共有されているとは言い難いのですが、宿曜道となるとそれ以下です。


 今回は、そのような宿曜道および宿曜師を扱います。

 最初にざっくり説明しますと、陰陽道が中国の道教に由来する体系であるのに対し、宿曜道はインドの仏教に由来する体系です。



3 平安時代、秘めやかな宗教冷戦


 現在では、宿曜道の知名度は陰陽道と比べ見る影もありません。しかし平安時代中期には、両勢力は拮抗していたといいます。何でも、陰陽師と宿曜師がパトロンとなる貴族を取り合っていたとか。仏教派の蘇我氏と神道派の物部氏のような、直接的な武力闘争に及んだという話は聞きませんが。


『源氏物語』に登場する多くのヒロインの1人に、空蝉がいます。彼女が光源氏と出会ったのは、両者が方違えでたまたま同じ家に泊まったことが発端です。

 方違えは陰陽道の技法で、目的地が凶方位に当たる時、いったん吉方位へ移動し、そこから更に目的地へ赴くことで、直接凶方位に向かうことを避けるというものです。

 一方、源氏は宿曜の占いで、3人の子が生まれ、それぞれ天皇、皇后、太政大臣になるとの予言を受けています。的中します。

 これなど、紫式部が生きていた時代、宿曜道が陰陽道に匹敵する信頼性を有していたことを想像させます。


 当方の『SSS』(このページの最下部にリンクを貼ってあります)では、第1話から陰陽師と宿曜師が登場します。女子高生をやるかたわら、かつての陰陽寮のような国家機関に属し、史実とは異なり親友という設定です。

 使用する魔法は現実の占いよりも、一般的イメージの陰陽師に近い戦闘的なものが主です。陰陽師は中国の民間伝承に現れる魔法を、宿曜師は第5講で扱ったアグネヤストラなどインド神話の武器(注2)を駆使します。そこはフィクションとしてお楽しみください。



4 技法


 では宿曜道はどんな技術だったのか。実はこれもまた、陰陽道と同じく天文・暦・占いの体系です。

 宿曜道はインド占星術のナクシャトラという技法が、中国を経由して日本に伝わったものです。


 地球は1年かけて太陽の周りを公転しますが、これを地球から見ると、太陽が地球の周りを巡るように見えます。この太陽の見かけ上の通り道が黄道です。

 1年12か月と考えれば、太陽が1か月の間に滞在する区間は、黄道を12に分割したものとなります。これが12サイン、いわゆる12星座です。

 同じ理屈を月に適用します。

 月が地球の周りを公転する周期は約27.32日です。月の軌道は白道といいます。尚、その間に太陽も少し動きますから、新月から次の新月までの期間すなわち朔望月はもう少し長い約29.53日です。

 とすると、月が1日の間に滞在する区間は、白道を27ないし28に分割したものになります。インドでは27とされ、これがナクシャトラ、すなわち27宿です。中国では28宿とされ、宿曜道よりも早く日本に伝わりました。

 27宿のそれぞれの名は、そこに存在する天体に因みます。有名な(すばる)もその1つです。

 12星座占いでは太陽のサインで人の性格や運勢を占います。宿曜占星術は同様に、生まれた日の27宿によって占います。


 27宿はインド固有の技法ですが、インドにはアレクサンドロス3世(いわゆるアレクサンダー大王)の東方遠征の際、ギリシアの占星術も流入しました。宿曜占星術でも12サインは使用します。

 現在は西洋占星術、インド占星術、宿曜占星術で12サインの位置はばらばらです。後二者の間で27宿の位置も違います。



5 日本への伝来


 インドの27宿の技法は「宿曜経」(注3)という仏典に書かれ、それが唐に伝わって漢訳されました。それを806年に空海が、他の多くの仏典と共に日本に持ち帰ります。これが宿曜道の伝来と見てよいでしょう。

 陰陽道のスターといえば安倍晴明ですが、宿曜道でこれに対応するのはかの空海なのです。当方は勝手に、これに鬼道の卑弥呼と修験道の役小角(えんのおづぬ)を加え、「日本四大魔法使い」と呼んでおります。勝手に。


 陰陽道は平安時代を過ぎると庶民にも普及します。一方、宿曜道は密教の僧の間で秘伝として受け継がれ、主に活用したのは戦国大名だったようです。

 宿曜占星術にはある宿の生まれの者と他のある宿の生まれの者の間の強弱関係を示す技法があり、これが武士に取り入れられたというのです。



6 実践


 宿曜道は現在も失われていません。書名に「宿曜占星術」を含む本は大概これを扱います。「インド占星術」だと現在のインドで用いられている占星術を紹介する場合もあります。


 一方、陰陽道で用いられた占いが今一つはっきりしません。ただ、六壬神課(りくじんしんか)がその1つであることは確実です。安倍晴明の著作として有名な『占事略決』は、これを説いたものだそうです(当方は未確認)。

 方位術としては奇門遁甲(きもんとんこう)が有名ですが、方違えがこれに依っているかは不明です。尚、一般に広く用いられる九星気学は、ベースとなる理論こそ中国に古くからありますが、今の姿になったのは大正時代の日本です。



  ――脚注――


1 小説は文藝春秋、1988-継続? 映画は東宝、2001・2003。


2 インド神話は仏教ではなくヒンドゥー教の神話です。仏教は輪廻転生や業といった考えかたを、密教など日本に伝わった宗派は加えて多くの神をヒンドゥー教と共有しますが、本来は別物です。


3 正確には「文殊師利菩薩及諸仙所説吉凶時日善悪宿曜経」。そのまま音読みすればいいのか、読み下せばいいのかは不明です。

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