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第10講 ミスティルテインの本当の名前はハルムヴラウグ?

1 導入


 第1講では、北欧神話のスルトの剣の名前はレーヴァテインではなくスルタロギではないか、という話をしました。

 さて、国内では何故か、ミスティルテインという武器がレーヴァテインと対を成すものとして扱われているようですね。曰く、光の神バルドルを殺害した槍の名がミスティルテインであると。ミストルティンとの表記もあるようです。

 ですが、当方は個人的に、ハルムヴラウグこそ該当する武器の名前ではないかと思うのです。またも「定説」への挑戦です。



2 北欧神話


 北欧神話のミスティルテインに関する物語は次のようなものです。


 オーディンとフリッグの子バルドルが自身の死を夢で見、心配したフリッグは全ての生物と無生物に対し、バルドルを傷つけないと誓わせました。しかし唯一ヤドリギの若木だけは、あまりにも非力だという理由で、対象から除外されます。

 本当にバルドルが何によっても傷つかないことを知ると、神々は面白がって彼に武器などを投げつける遊戯を始めます。しかし、彼の兄弟であるヘズは、目が見えないため参加しませんでした。

 ロキはフリッグから上記の誓約やヤドリギのことを聞くと、ヤドリギを摘み、魔法で鋭い武器に変えます。そしてヘズに「俺がバルドルのいる方向を教えてやるよ」と言ってこれを持たせ、バルドルに向けて投げさせました。

 若木は狙い誤たず彼に命中し、バルドルは絶命します。


 その後、ヘズは復讐として、オーディンの子ヴァーリに殺されます(注1)。バルドルの葬儀で、妻ナンナも胸が裂けて死亡します。

 バルドルを生き返らせるため、神々は冥府に使者を遣わしたりしますが、ロキの妨害に遭い失敗します。ロキは逃亡するも捕まり、ラグナレクの日まで拘束されます。

 ラグナレクでほとんどの神は死に絶えますが、オーディンの子ヴィーザル、先述のヴァーリ、トールの子マグニとモージは生き延びます。バルドルとヘズは蘇り、彼らと共に新世界を統べるとされます。



3 ミスティルテインにまつわる記述


 バルドルを殺したヤドリギがミスティルテインだというそうです。そのように記す本に『聖剣伝説』(注2)があります。


 日本語版および英語版のウィキペディアの「ミスティルテイン」のページでは、『フロームンド・グリプスソンのサガ』なるサガ(注3)に登場する剣の名がミスティルテインだと書かれています。当方は未確認です。

 日本語版のほうにはバルドルに関する記述もありますが(出典は明記せず)、英語版では触れられていません(2017年3月現在)。



4 対抗馬:ハルムヴラウグ


 しかし、そもそもミスティルテイン(mistilteinn)は古アイスランド語(注4)でヤドリギを指す一般名詞です。同じゲルマン語派に属する英語ではヤドリギをmistletoe(ミスルトー)、独語ではMistel(ミステル)といい、同一の語源と思われます。


 ところで、『古エッダ』に「巫女の予言」という詩があります。世界の形成からラグナレクまでを概観する、北欧神話のダイジェストといえる雄編です。

 これの第32行(注5)にharmflaugという語が出て来ます。31行から35行はバルドルの死にまつわるエピソードに触れ、32行がまさにヘズが手を下す場面です。

 harmflaugは「命取りの矢」という意味で、ヤドリギを表すケニング(注6)としても使われる、とのことです。

 当方は『古エッダ』の完訳と抄訳を1冊ずつ所有しております。「巫女の予言」の該当か所には、「わざわいの矢」や「命とりの矢」という表現が見られます。インターネット上で英語訳も探しましたが、こちらにはharmful arrowとかharmful shaftとあります。


 ハルムヴラウグは一応、固有名詞ではなく一般名詞の扱いです。しかし、明確に矢の意味を持ち、バルドル殺害の場面で用いられた単語です。また、一般名詞なのはミスティルテインも同じことです。

 以上から、バルドルを殺したヤドリギに専用の名称を付するのならば、ハルムヴラウグのほうが適している気が致します。


 尚、ミスティルテインは国内では槍と認識されているのに対し、ハルムヴラウグは矢です。


 当方の『SSS』(このページの最下部にリンクを貼ってあります)でもハルムヴラウグに言及しました(注7)が、名前だけで、実際には出て来ません。ハルムヴラウグが活躍する小説やゲームは、当方の知る限り、国内皆無です。是非とも最初の1つを生み出してください。



  ――脚注――


1 現在の日本だと、ロキが殺人の間接正犯となり、ヘズは過失の有無に従って過失致死罪の適用の可否が決まる事案です。古代ゲルマン法の一端が垣間見えるくだりです。


2 佐藤俊之、稲葉義明、ファーイースト・アミューズメント・リサーチ、新紀元社、1997・12・24


3 12世紀から14世紀に北欧、特にアイスランドで書かれた散文の物語の総称。題材は伝説であったり、王やヴァイキングの伝記であったりします。


4 エッダが書かれた言語。詳しくは第4講をご覧ください。


5 本によって多少前後します。


6 北欧の文学で用いられる婉曲的な言い換え。海を「鯨の道」と呼ぶなど。


7 作中では「ハルム()ラウグ」。

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