おやすみ
「さ、まずは右の部屋から見ましょ!」
そう言われたのでカイは先回りして厚い木造の扉を片手で開ける。
「ありがとうカイ兄ぃ。ほら、今度はフレデリクも一緒に行きましょ?」
「さっきも見て回ったんだけど...まぁ、一緒に回ってやるよ。」
(嬉しいなら素直に嬉しそうにすればいいのになぁ)
微笑ましくてカイは頬を緩ませる。
フレデリクに見つかるとまた何か言われそうなので、扉から手を離した後も二人の後ろを歩くことにした。
「部屋もすごく広いのね...。あ、こっちの扉で隣の部屋とも行き来できるようになっているのね。わぁ、バルコニーまであるわ!バルコニーは3部屋ともつながっているのね。ベットが大きいわ!こんなに大きかったら3人一緒でも寝られるわね。あ、あっちは......」
「はいストーップ。おまえ興奮しすぎだろ。」
フレデリクがエミーリエの腕を後ろから引く。
「ははっ、エミリの反応は見てて飽きないな。どう、ここの部屋気に入った?」
「うん、すごく!わたし今日はこの部屋で寝る!」
言うよりも早くエミーリエはベットに飛び込む。
ベットは大きく、シーツは洗ったばかりの匂いがする。
「ん?洗ったばかり....?」
「どうしたー?布団気に入らなかったか?」
急にぼんやりしだしたエミーリエの顔をフレデリクがのぞき込む。
カイも後ろから心配そうに見ている。
「この部屋、わたしたちが来る前に誰か使っていたのかしら?シーツが洗いたてなの。」
「いや、西の一角はしばらく誰も使っていなかったはずだけど?」
フレデリクも不思議に思って首をかしげる。
カイは何かを思いついたような顔をして苦笑いする。
「あー...。もしかして、全部ヴィルヘルム様の思い通り、って感じかな?」
その言葉を聞いてフレデリクが何か悟ったのか、顔を青ざめさせる。
ふたりの会話についていけないエミーリエは聞き返す。
「ヴィルヘルム様がどうしたの?」
「だから、フレデリクに修行を積ませることも、それで西の一角を使わせることもヴィルヘルム様が最初から決めていたんじゃないかってこと。そうじゃなかったら、こんなタイミング良くシーツが洗われてるなんてありえないからなぁ。」
「兄上...」
「ヴィルヘルム様にはいつまで経っても敵わないな。」
カイは開き直って笑って見せる。
ヴィルヘルムが何を考えてフレデリクに修行を積ませようとしているのかは分からない。
しかしカイは、ヴィルヘルムの考えていることなら悪いようにはならないだろうと、変に信頼しすぎているところがあった。
新しい部屋を見て回っているうちに、すっかり外は暗くなってしまっていた。
外ではランプを持ち歩いている衛兵が多くなっている。
「今日はもう疲れたし寝ないか?明日からやることはたくさんあるだろうしな。」
「賛成。今日はとにかく疲れた。」
カイの提案に、フレデリクは眠そうに答える。
そう言われるとエミーリエまでなんだか眠かったような気がしてくる。
「わたしも、今日はこのまま寝たいわ。」
エミーリエはベットの上で答えるとそのまま、横になった。
「お、おい!俺らがまだ部屋にいるんだから、少しは気にしろよな。ったく、俺らも部屋にもどろうぜカイ。」
動揺すると少し早口になる。
すぐに耳も赤くなる。
フレデリクの特徴だ。
「あぁ。エミリも女の子なんだから少しは気を付けてね、これから一緒に暮らしていくんだし。じゃ、おやすみ。」
「??はーい。カイ兄ぃ、フレデリクもおやすみなさい。」
気を付けての意味が分からなかったけれど、とりあえず返事だけしておく。
今まで仕事や勉強に忙しかったエミーリエは男女の関係について何の知識もなかった。
純粋すぎるエミーリエをまえに、フレデリクもカイもそれ以上は何も言えないのであった。