幼なじみの懸念
「カトリーヌ様、今日もありがとうございました!」
カトリーヌからのレディー学を終えて、絵画の間を出る。
今日のレディー学の内容は芸術についてだった。
絵画についての知識を身につけておくことは女性のたしなみだと、一から丁寧に教えていただいた。
庶民であるエミーリエは絵画についての知識など身につけたところで何の役にも立たないが、新しいことを覚えると心が躍る。
満足げに帰宅しようとして、昼の会話を思い出す。
(いけない、フレデリクに謁見の間の前まで来るよう言われていたんだった)
すぐさま謁見の間へと踵を返す。
この時期に謁見の間といえば、エミーリエでも思い当たる行事がある。
この時期というのは、この国の第四王子であるフレデリクの誕生日のことだ。
今年フレデリクは20歳になる。
誕生日は明日であるが、20歳になる前日に王族は国王の前で今後の誓いを立てなければならない。
エミーリエはフレデリクの目標を知っている。
他にこれを知っている人はカイしかいないと思う。
幼少期から、自分たちにだけは打ち明けてくれていたことを思い出す。
(いつも、「ヴィルヘルム兄上の役に立つために!」って言いながら勉強してたっけ)
思い出して笑みがこぼれる。
(謁見の間へわたしのことも呼んでくれたのはきっと、昔から夢を共有しあってきた私たちの前で誓いをたてるためね)
何年も幼なじみをやってると相手の考えが手に取るように分かる。
(今日、ヴィルヘルム様の前で参謀として補佐をさせていただくこと誓うのね...)
幼少期からのフレデリクの目標が実現すると思うと、自分のことのように嬉しくなる。
そんなことを考えながら、謁見の間へと向かう歩幅も大きくなっていった。
そのころフレデリクとカイは、、、
「カイ、この服装で大丈夫だろうか?どこかおかしいとこはないか?」
「少し襟の詰めすぎでは?苦しくない?」
「緩めすぎては兄上に対して失礼だろ。この程度の苦痛になら耐えられるぞ。」
「苦痛だと思ってる時点で不自然すぎるよ。ほら少し緩めるよ?」
カイがフレデリクの襟元を緩めるために後ろにまわる。
フレデリクがおとなしく従っているところを見ると、やはり苦しかったようだ。
他に正すところはないだろうかと思ってフレデリクの全身を上から下まで目を配る。
襟は今し方緩めたところだ。袖元の金ボタンは取れかけていないし、ジャケットに皴もない。
胸元には王家の紋章のピンバッジが堂々と輝いている。
「うん、大丈夫だ。」
カイが笑顔で言うと「そうか。」と少し安心したような表情を見せる。
今日の誓いの儀は形式的なものであるため、通例何事もなく無事に終わるものであった。
ましてや、王位を持たない王族が国王の補佐をする例など過去にいくらでもある。
そのためフレデリクの誓いの儀も何事もなく終わり、フレデリクは晴れてヴィルヘルム様の参謀となるであろう。
しかし、カイが懸念しているのはそのヴィルヘルム様のことだった。
若くして国王の座に就かれ、国民からの人望も厚いヴィルヘルムだが、時折突拍子もないことを言い出す癖がある。
まだ彼が王位に就いて間もないころ、突然ふらっとカイとフレデリクのもとへやってきたことがあった。
そして急にカイに「1日女装をしてみろ」と言ってのけたのである。
国王の命に背くわけにもいかないので、カイはその日1日女装をして過ごしたのだった。
今となってはあの女装事件がきっかけで城の中でカイの認知度は高まり、フレデリクの専属騎士にまでなることができたのだが...
(あれは相当恥ずかしかったな...)
今思い出しても顔から火が出そうだ。
当事者にとっては軽くトラウマである。
(ヴィルヘルム様は少しばかり変わっておられるから、今回の誓いの儀でまた突拍子もないことを言い出さなければいいんだけどなぁ)
まだ服装を気にしているフレデリクを横目に、専属騎士として、幼なじみとして誓いの儀がうまくいくことを祈るばかりであった。