わたしたち幼なじみ
キンッ、カキンッ
金属同士がぶつかり合う音が城の中庭に響き渡る
「てやぁっ!」
相手が振り下ろしてきた剣を真正面で受け止める。力ではかなわないとわかっているため相手の力を右に流しつつ、重心を下げて一歩左に踏み込む。相手が見せた一瞬の隙を見逃さずすばやく手元狙う。振り上げられた剣が勢いよく相手の手元に当てられ、はねられた剣は太陽の光を反射させながら乾いた地面へ突き刺さった。
パチパチパチ
「お見事」
拍手をしながら近づいてきたのは、キャメル色の髪にキャラメル色の瞳を持つ男。長身でがたいも良いが、どこか穏やかな印象を与える。
「カイ兄ぃ!」
少女が、先ほどまで自分よりも一回りほども体格が大きいであろう男を威圧していたものとは思えない、華憐な笑顔で振り向く。
「わたしの試合どうだった?今日は調子が良かったように思うのだけど。」
「まったく、エミリの成長速度には目を見張る。今日も、すばらしい試合だったよ。いつか俺もエミリに負けちゃうんじゃないかって心配になるな。」
「何言ってるの!カイ兄ぃに勝つにはあと五年は修行しないと!」
「五年か..意外とリアルで落ち込むな...。」
「ふふっ、冗談に決まってるじゃない。」
本気で想像したようで、苦笑いするカイを見てエミリがまた笑顔を見せる。
「おーい、そこのお二人さん、城の中庭で堂々といちゃつくのやめてもらえます?」
カイには劣るものの長身である男が飄々とこちらに近づいてくる。整った顔立ち、一点のくすみもないブロンドヘアーに、この国の首都を象徴している色であるコペンハーゲンブルーの瞳、ただ歩くという動作の中にすら育ちの良さが垣間見える。試合を見物していた騎士たちの空気が一瞬で変わったのが分かる。
「いちゃついてるって何よ。フレデリクったらおじさんっぽいわ。」
「なっ、おまえな...。この城でどころか、この国中でも俺にそんなこと言えるやつはおまえくらいだぞ。」
「え、ダメなの?怒った?」
「......別にダメじゃないし、怒ったわけでもない。」
本気で心配している純粋無垢な瞳を前にしたら何も言えないのがこの男である。
(くくっ)
「おい、カイ、笑うなよ。」
「んんっ、笑ってないだろ。」
「おまえ嘘下手すぎだろ...。ったく俺に対してこんな態度とれるのはお前ら二人だけだからな!」
フレデリク・フォンテーヌブロー
エミーリエとカイの幼馴染であり、このフォンテーヌブロー国の第四王子である。
この3人の出会いは今から12年前
当時エミーリエは5歳、フレデリクとカイは8歳であった。
王室専属の花屋であり、庭師でもある母に連れられて毎日フォンテーヌブロー城へと通っていたエミーリエ。庶民の生まれである彼女は学校などには通わず、母の仕事に付き添いながら直接花について教わっていた。
しかし好奇心旺盛、学習意欲の高いエミーリエは正直花のことしか教えてもらえない日々にうんざりしていた。本当はもっと様々なことを学び、身につけたいと思いながらも庶民という身分に邪魔されてその願いは叶えられずにいた。
そんなある日、母の休憩中にエミーリエは城の庭の探検をしていた。城の庭は広いため、すべて見て回るだけで5歳であるエミーリエならば1か月は要するであろう。
その日たまたまエミーリエが歩いている庭から城の部屋に中の様子がのぞけるところを見つけた。普段ならば特に気にすることなく素通りするところなのだが、部屋の中ではエミーリエより少しばかり大きいであろう男の子が家庭教師と思われる女性から地理について学んでいる最中であった。様々なことを学んでみたいと思っていたエミーリエは広げられた地図と教師の説明に心が奪われ、気が付けば窓から普通に授業を聞いてしまっていた。
「だ、誰だ!?」
ギクリとしたエミーリエはとっさに振り向いた。
声を発していたのは部屋の中の男のではなかった。
エミーリエの後ろに剣の鞘に手をかけたままエミーリエのことを警戒しているように構えている少年がいた。
(いつの間に...)
授業のほうに気を取られていたエミーリエは全く気が付かなかった。
「違うの、わたしは授業が聞いてみたくて、それで、えっと...」
警戒されていると思うとうまく言葉が出てこない。
「何の騒ぎだ?」
二人の会話が部屋の中まで聞こえたようで、授業を受けていた男の子が窓から声をかけてきた。
「!?フ、フレデリク様!!」
少年は剣にかけていた手を一瞬のうちにおろし、緊張したように直立状態になる。
「この者が怪しげに城の中をのぞいてたため理由を問うていたところであります。」
「だから違うって、わたしはただ授業が聞いてみたかっただけなの。驚かせてごめんなさい。」
言いながらエミーリエは初めて部屋の中の男の子を直視した。
(わぁ、なんてきれいな人...男の子、よね?)
庶民であるエミーリエは第四王子の顔までは全く把握していなかった。しかし幼いながらも圧倒的なオーラに目が奪われ、離せなくなった。
フレデリクはというと、こちらもエミーリエから目が離せなくなっていた。
エミーリエはこの国では珍しい黒髪の持ち主であった。艶やかでまっすぐに伸びている髪は持ち主の性格を表しているようであった。
しばらく見入ってしまっていたフレデリクが我に返った。
「俺はうんざりしていたというのに、授業に興味があるとは面白いやつだ。ちょうど俺はこれから休憩だ、復習がてらさっきの内容を教えてやろうか?おまえ、名はなんという?」
その言葉にエミーリエのラズベリー色の瞳が輝いた。
「エミーリエ!わたしは花屋の娘のエミーリエよ。ぜひさっきの内容を聞かせてほしいわ!」
「エミーリエか、ではエミリと呼ぶことにしよう。そっちのおまえは?見たところ騎士のようだが?」
「はっ!お、俺...じゃなかった、わたくしは騎士見習いであり、今日からフレデリク様の専属騎士候補になりました、カイ・クリストフェルセンと申します。」
「あぁ、おまえがそうだったか。俺のことはフレデリクで構わない。よろしくなカイ。どうだ、今から時間があるのなら一緒に話していかないか?」
「も、もちろんですフレデリク様!じゃなかった、フ、フレデリク...?」
フレデリクは満足げにうなずいた
「よかった、すぐに話せる場所とお茶を用意させよう。」
今ではお互いプライベートで敬語など使わなくなった。
エミリはフレデリクの授業に堂々と参加するようになった。カイも正式にフレデリクの専属騎士に任命されたため、自然と3人で過ごす時間は増した。