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次の日、やっぱり熱は下がってしまい、学校へ行くこととなりました。お母さんはもう一週間で学校も終わるのだから、無理しなくていいといいましたが、まゆは首を横に振りました。
「行きたくないんなら、無理していかなくてもいいのよ」
朝ご飯を食べている時も、お母さんはもう一度まゆに言い、「いってきます」を言うときにも、同じ言葉を言いました。その度にまゆはランドセルの中にある白い毛糸玉を思い出して、首を横に振りました。ミサさんが付いていると思えば、大丈夫、だと言い聞かせることが出来たのです。
エレベーターで一階のボタンを押します。数字がへっていくのを見つめます。そして、扉が開きました。朝日がまゆを出迎えました。『グレース常盤』の字を見て、ぎゅっと手を握り、もう一度「いってきます」を言います。すると電柱の上にいたカラスが「かぁ」と返事をしました。
白い息を吐きながら、まゆは足に力を入れて学校へと向かいました。学校が近付くにつれて、同じ制服、同じランドセルの子たちがふえてきます。ランドセルの肩ひもをぎゅっとにぎったまゆの手に力が入ります。くつ箱でくつをぬぎます。毎日同じことを繰り返していたまゆですが、今日ほどきんちょうしたことはありませんでした。
教室の扉をくぐります。まゆはランドセルを下ろします。そして、白い毛糸玉を入れた巾着袋を手に持ったまま教科書を机に片付けて、ランドセルをロッカーに片付けてしまいました。
まゆの視線の先はもちろん窓ぎわ一番前です。窓の外にはカラスがいます。
「おはよう」
まゆのあいさつはとてもぎこちなかったかもしれません。そして、一条さんがおどろいた顔でまゆを見て、あわてて、「おはよ」と言いました。とても小さな声でした。まゆは巾着をぎゅっと両手でにぎりしめたまま、一条さんを見て続けます。
「あのね、指あみ教えて欲しいんだ。わたしもあげたい人がいるんだ」
一条さんはおどろいた顔を戻して、「いいよ」と笑ってくれました。
まゆは大きく息を吐き出して、窓の外を見ました。そのひとみにカラスが飛び発つ姿が見えました。
昼休み、二人は窓ぎわで指あみを長く長くしていきます。一条さんはサンタさんに、まゆはミサさんにあげるために一生けん命あんでいきます。じゃまが入りそうになると、二人は席を立って場所を変えます。
「束になればおそろしい力になる」本当にそうでした。まゆたちも二人になって、逃げる力を持てたのです。
ほどかれなくなった二人のマフラーはすっかり長くなりました。今度はおそろいの物をつくろう、と約束して、終業式を迎え、二人は別れました。
そして、クリスマスの日、まゆはミサさんに会いに行きました。しかし、いくら探してもミサさんの木の扉は見つかりませんでした。まゆはあきらめきれず冬休みの間、何度も探し回りましたが、どこにも見当たりませんでした。ミサさんはいったいどこへ行ったのだろう。不思議は増すばかりでしたが、さくらが咲き始める頃には四年生になるぞという気持ちでいっぱいになってしまい、ミサさんのことを思い出すことが少なくなってきていました。
さくらがちらちらと散り始めた始業式。まゆはいっぱいの笑顔で手を振ります。
「ゆりかちゃん、おはよう」
一条ゆりかちゃんも大きく手を振り返します。
「まゆちゃんおはよう」
二人の首には、おそろいのピンク色のマフラーが巻かれていました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
瑞月風花