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ミサさんはまゆにたくさんの話をしてくれました。教科書にのっているような物語とは違いますが、胸がわくわくするような物語でした。
ミサさんの住んでいた場所は遠い国の森の中。妖精やペガサス、おしゃべりする動物たち、小人などが住んでる場所でした。そんな森の奥、全くといって日の射さない場所にミサさんの家はありました。その家の軒の下ではいつもコウモリがぶら下がってミサさんの帰りを待っていたそうです。その時からくろちゃんは変なものを連れてくる天才だったそうで、何度となくミサさんを困らせていました。そして、気まぐれでミサさんはその人たちに薬をあげたり、からかってみたり……。からかう、と言っても毎日同じ人をからかっているのではなくて、ちょっとおどかしてやろうくらいな感じです。
せんたくものに色つき果物を投げつけてみたり、金貨を玄関に山盛りにしてみたり、そうじを勝手にやってみたり。みんなが驚く顔を見るのが大好きだったそうです。
それをよく思わない者もいました。もちろん、まゆも良いことだとは思いませんでしたが、その中でも偉大な魔女とされる白い魔女は、ミサさんのことを悪魔呼ばわりしていたそうでした。
そして、白い魔女がミサさんに向けてドラゴンを放ったのです。そのドラゴンは火を吐き、体の大きさは学校のプールくらい大きかったそうです。その口から吐かれる炎は、大地をも解かし、赤いマグマにしてしまう恐ろしいものでした。でも、ミサさんはものともせずに、ドラゴンとマグマを氷づけにしてしてしまったのです。
ミサさんはそのドラゴンとマグマを使ってかき氷を作り、森のみんなにふるまいました。それを食べたみんなの口からはしゃべる度に火が吹き出てしまい、笑い合ったそうです。
でも、ドラゴンの飼い主だった魔女が大いに怒りました。その魔女は偉大な魔女らしいので、ミサさんにドラゴンを倒されたことが気に食わなかったのです。「恐ろしい悪い魔女を退治しなければ」と慌てる王様と白い魔女は何千人もの兵隊と一緒にミサさんに戦いを挑みました。けれども、ミサさんは一人で、その兵隊たちを吹き飛ばし、王様をネズミに変え、白い魔女はゴキブリにしてしまったそうです。ミサさんはかわいそうなその人たちを見て、おかしくて仕方がなかったそうです。
「あわれなそやつらを見てな、おかしくて仕方なかったわぃ」
どうして、かわいそうなその人たちを見て、笑っていたのかもよく分かりません。だけど、まゆはミサさんみたいになりたいのです。
次の日まゆは職員室へと呼ばれました。
「音原さんは、毎日どこへ行っているの?」
担任の広瀬先生はやさしい顔でまゆにたずねました。しかし、まゆは答えません。だから、もう一度広瀬先生がたずねました。
「寄り道をしているって言う子がいてね。ちゃんとまっすぐお家へ帰ってる?」
「はい」
もちろん、それはウソでした。きっと、広瀬先生もそれを知っているのでしょう。
「帰っているのね。さいきんは怖い人がいるから、音原さんのことが心配なの。学童クラブもやめて、お家で一人でしょう? 今日は先生が一緒に帰るから、放課後少し待ってってね」
信じてくれていたのなら、こんな返事にはならなかったはずです。だから、広瀬先生はまゆを送っていくなんて言うのです。そして、まゆはミサさんのところへ先生を連れて行きたくない、と思いましたから、「はい」と素直に答えたのです。だから、まゆは先生を連れてグレース常盤503号室まで帰って行きました。まゆが内側から鍵を掛ける音を確かめてから、先生の足音が去っていきました。
そして、一週間。まゆは先生と一緒に帰り続けました。おかげで、みんなの注目を浴びるようになり、嫌な奴らが遠くでまゆを見ているような気がしてならなくなりました。来週から、あの嫌な奴らがまゆのそばに来るのかもしれません。考えるだけでつらくてつらくて仕方がありませんでした。そんなせいもあって、日曜日の夜にまゆは熱を出してしまいました。お母さんが言います。
「休んであげられれば良かったんだけど、会社も人が足りなくてね。ごめんね、まゆ。おかゆはチンして食べられるようにしてあるからね」
まゆはうなづきます。別に気にもしていません。こんなことは今に始まったことではないのですから。
だから、午前中はベッドにもぐり込んで眠るだけです。学校に行かなくてすんだと思うと、胸がすっと軽くなり、熱も下がったように感じます。念のため体温計をわきにはさんで体温を測ってみましたが、37.0という数字で止まりました。それでも、まゆは病気でいたくて、ベッドにもぐり込んだまま動きませんでした。