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冬になりました。学校ではサンタクロースの話題がちらほら出ています。
サンタさんはいる派はだいぶ少なくなってきて、いない派が少し増えてきていました。まゆは、どちらかというといて欲しい派です。
教室の窓ぎわ、一番前。そこには一条さんがいます。一条さんはサンタクロースを信じている派です。そして、一条さんはそこで指あみをしているのです。赤い毛糸が毎日、同じ長さまで伸びていきます。きっと、明日も、明後日も同じ長さまで伸びて終わるのでしょう。
みんなは寒さのある窓ぎわよりも真ん中に集まってきて、冬休みの話をしていたり、プレゼントの話をしています。まゆは、国語の教科書を読みながら、物語の世界に入り込みます。そこには、図書室で見つけたとしてもきっと手にしようとしないけれど、面白い話があるのです。ちょうちょをのせたタクシーの運転手さんの話、ロボットの話。詩なんかも一節くらいなら何個か覚えています。ただ、まゆは題名を覚えておくことが苦手なので、友だちにすすめることはできません。それを残念に思います。
窓ぎわの一番前をもう一度見ます。一条さんの周りにいやな奴らが現れました。人をからかうのが大好きな男の子たちです。まゆはただ、早くチャイムが鳴ればいいのにと願うばかりです。そして、彼らは「サンタさんにあげるんだ」と一条さんが言ってから集まってくるようになった、いやな奴らなのです。あんな奴ら先生に叱られてしまえばいいんだとまゆは思います。
まゆは白い息を吐きながら木の扉の前で立ち止まりました。そして、大きく深呼吸すると、扉を開けて「こんにちは」と言います。ミサさんの声が奥から聞こえてきます。
「まゆか。まぁ、入りな」
ミサさんの声が聞こえてくると安心します。だから、まゆはにこにこしながらオレンジ色の光がある場所まで歩いていくのです。
まゆはミサさんの言うとおりに乾燥させた葉っぱのビンを棚から取ってきて、ミサさんに渡すということを繰り返していました。ミサさんは相変わらず無表情でしたが、きっと怒っていないのだろう、とまゆは思いました。
「ミサさん」
まゆがミサさんの名前を呼ぶと、少し手を止めて、ミサさんがまゆをちらりと見ました。
「ミサさんはサンタクロースって知ってる?」
そして、そのちらりと見た目がにやりと笑いました。
「私のいけ好かない奴だね。あやつは最初自分は妖精だからって、緑色の服しか着ないとかなんとか言っていたくせにさ、人間にこびへつらうために赤い服にしやがった。全くいけ好かないね」
そう言いながら、また手を動かし始めます。今日は『要人』という人の願いを叶えるために、魔法を使う準備をしているのだそうです。ミサさんのお仕事はよく分かりませんが、ミサさんならきっと魔法くらい使えるのだろうと、まゆは不思議と信じられるのです。
「ミサさんはサンタさんと知り合いなの?」
「あぁ、嫌いだがな」
サンタクロースが嫌いだというミサさんですが、ミサさんに「いる」と言われるとまゆはうれしくてにっこりしました。
「なんだい、気持ち悪い」
それでもまゆはにっこりします。一条さんは間違っていないのです。ミサさんが言うなら、きっと。
「あのね、でも、いないって子もいるよ」
「それは、そいつらのところには行ってないんだろうよ。信じてない奴らのところにまで行くほど気のいい奴じゃないしな」
「だから、お父さんやお母さんがくれるの?」
「……そうじゃなぁ。親としてはかわいそうだと思うんじゃろうな」
少しの間考えたミサさんが続けてたずねてきた。
「まゆはそいつらをどう思うんだ?」
「いやな奴らだと思う」
一条さんをからかっているあいつら。一条さんが一生懸命にあんでいる赤いマフラーを解くあいつら、それを笑っている奴ら。一条さんは学童くらぶにも行ってるから、よけいにかわいそうでした。
「この瓶にはねぇ。人間なんかすぐに殺してしまう毒が入ってるんだ。いるならいつでもお言い」
目を丸くしたまゆをミサさんがからかうようにして見ています。
「いらないよ。そんなもの」
すると、ミサさんが声をあげて笑いました。
「白い魔女と同じような子じゃなぁ、まゆは」
「白い魔女?」
聞いたことのない言葉をまゆはミサさんに聞き返していました。
「あぁ、そうじゃ、白い魔女じゃ。そいつは自分のことを偉大な魔女じゃと言っておってな、他人を幸せにする呪文を持っているんじゃと。私はそんなもん持っておらんから、偉大じゃないんじゃと」
くつくつと笑うミサさんに、まゆは答えられませんでした。でも、まゆはミサさんの傍が大好きでした。それは幸せではないのだろうか、と思ったのは確かです。
「わたしは、ミサさんみたいになりたい」
「はははは。じゃあ、偉大な魔女にはなれんな」
ミサさんは面白そうに笑っていました。
まゆは家に帰ってから辞書で『偉大』という言葉を引いてみました。
『非常に大きくすぐれていること。すばらしいこと』
ミサさんは偉大な魔女です。まゆは安心して辞書を閉じました。