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寝る場所は聞いている。台所を出た場所からそこは幸いにもすぐ近くだった。台所を出た廊下の曲がり角を右、そこにある1室を寝室として宛がわれている。
寝る寸前のひよこを揺らして落としたりしないように慎重に歩いていけば部屋はすぐに見えてきて、ガチャリと音を立ててドアを開ければ真っ暗な部屋が出迎えてくれた。電気もまともになく、なにも見えない。若干、向かいにある窓らしきところから鈍い月明かりが入ってくるくらいだ。それも窓の周辺だけしか照らされておらず、俺のいるドアの方はまだ真っ暗だった。
「ひよこ、ベッドどこだ」
俺の問いに、ひよこは眠そうにピィ…と声を出すとそのまま黙ってしまう。うわまじか、寝たのかお前。そう思って頭を悩ませようとした直後、頭から何かが落ちた。あ、何かじゃない。ひよこだ、これ。
転がるように落ちたひよこは、首元まで落ちたところで羽をパタパタと動かして危なっかしいフラフラとした軌道で部屋の窓側へ飛んでいく。暗闇に消えていくひよこの後を付いていけば、足に何か硬いものがこつんと当たった。中腰になってそれに手を伸ばせば、手に柔らかい感触。あ、これかベッド。
「ピ、ピィ!ピ…ピオゲッ!?」
「なんだ今の声!?」
甲高い鳴き声から一瞬、3段階くらい低い野太い声が聞こえて思わず叫んだが、ここにいるのは俺とひよこしかいないわけで、俺が声を出していないとなれば犯人はひよこしかいない。手探りでベッドを触り、もふもふとした毛に触れてそれを掴みあげる。微かに見えたひよこの顔は、先ほど眠気で半分まで瞼が降りていた目が今ははっきりと開かれていた。
ひよこは、何事か分からずに俺の手の中で首を傾げる。いやいや、何?みたいな顔すんなよ、今の声何なんだよ。大丈夫か。
「お、おい、大丈夫か?」
見えないなりにポスポスと音をたてながら手探りでひよこを探していれば、すぐにふわふわとした感触が手に触れる。あ、いた、と思う前に「ピッ!」といつものひよこの鳴き声が聞こえた。…大丈夫、ってことでいいんだろうか?
「ピッ、ピィ!」
ツンツンと、ベッドに付いている右手を突かれてやっと大丈夫そうなことに納得がいく。ひよこには何もなさそうだし大丈夫かな。
「…変なもん食ってたりしないよな?」
「ピィ」
首を傾げる俺に、ひよこも首を傾げる。うん、大丈夫だな。…大丈夫だよな?まぁ、目も覚めたらしいし好都合か。できれば今日の夜のうちからやりたいことがあった。ひよこが疲れているなら…と思ったが、目が覚めたなら好都合。時間としてもかかって1時間程度のものだし、終わればすぐに眠りにつける。
何かと忙しくなり、ひよこに負担がかかるが…できる限り体に負担がかからないようにする他ない。そこで俺の力量が試されるわけだが…。正直言ってあまり自信はない。やれることはやる、試せることもする。ひよこの身体でどれだけ耐えられるのか、きちんとわかっているつもりだ。それでも、完璧に成功させる自信があるかと言われたら黙ってしまうのだ。俺がやることの恩恵はかなりでかい、だが同時にリスクも高い。いや、今考えたらキリがない。
「あー…、ひとまず置いておこう。ええと、寝る前にちょっとやりたいことがあるんだが…いいか?説明もちゃんとしてやるから」
「ピ?」
ひよこの声を確認して、1つ1つ今の状況を整理する。そして、新しく分かったことも。一応、兄貴とやらのことは伏せておくことにした。俺の予想の中での助けられないという決断であったし、もしかしたら…と考えるとひよこに言うなどできるはずもなかった。
それにこの時間だ、部屋の前にも誰もいないことは分かってる。正真正銘、ひよこと俺の秘密の作戦会議みたいなものだ。歩きながら話した作戦なんて所詮は没案でありフェイク、今から話すのが裏で行う本命の作戦だ…とは言ってもそこまで難しいものじゃない。本当ならかなりの時間を要するものだが、ひよこの存在が全部を帳消しにして簡単なものにしてくれる。
「お前の存在が鍵だ。生憎、その能力は敵に知られてるだろうが向こうだって限界くらいは知ってるだろう。そいつを逆手に取る…!」
「ピ!?」
驚くように甲高い鳴き声を上げるひよこを手招いて「来い」と、手のひらに乗せると月明かりがちょうど俺を照らした。照らされれば、当然ひよこの姿も俺の目に写る。上手くいけば喋ることもできるだろうが…まぁ、どれだけ底上げできたとしてもこれからのことを考えると話す分の魔力の余りなんてないだろう。
うまくいけばこの状況を打開どころか一発でおかしな2人組がどこにいるのかもわかる。この状況をどうにかすることができるのだ。やる他ないだろう。
戸惑うひよこに俺はニィッと笑ってみせれば、俺の顔を見てひよこは一瞬戸惑いを止めると、ジッと俺の顔を見て目を吊り上げる。
「ピッ!!」
「おっし、やるぞ!」
拳をギュッと握りしめた手をひよこは自分の羽を重ねる。その感触にふと、笑ってしまう。小さく頼りない羽が、今は何よりも頼りに思えた。




